23歳男性。生後一週間でマクローリン展開をする。四歳でハーヴァードに入学。六歳で数学の博士号を取る。二十歳で万物理論を完成させたのち、「コミュニケーション」の発明を行う古見宇発明研究所を設立する。
ニケ
32歳女性、千葉県出身。古見宇研究所助手。好きなものは竹輪とGINZA。嫌いなものはセリーヌ・ディオン。「宇宙の解」を知って絶望していた博士に「コミュニケーション」という難題を与え、結果的に古見宇研究所の設立に繋げる。
昼休みにつけていたラジオから、東京オリンピックの話題が聞こえてきた。
「オリンピック、楽しみだね」
椅子に座ってコーヒーを飲んでいた博士が言った。
「え? 博士ってスポーツに興味あるんですか?」
私はびっくりしてそう聞き返していた。博士とスポーツは、どう考えても交わらない気がする。
「もちろんだよ。ゴツい大人たちが全力疾走したり、小さな球を取り合ったりするんだ。とてもおもしろいよ」
「なんか普通と違う気もしますが……」
「そうなの? スポーツのおもしろさっていうのは、己を鍛え上げた者たちが、決められたルールに従って勝利するために人生をかけて戦うところにあるんじゃないの?」
「そう言われると、正しい気もしますね」
「そもそも、決められたルールに従って生きているのは僕たち一般人も同じなんだ。スポーツのプレイヤーは僕たちの日常を芸術の域まで高めているんだよ」
「ああ、そういう見方もありそうですね」
「ただ、オリンピックを見ていると、みんな一度は『あること』を考えるはずだ」
「なんですか?」
博士は「簡単な話だよ」と言った。
「『私も金メダルが取りたい!』という願望さ」
「えー?」
「ニケ君は考えたことないの?」
「いや、たしかに金メダルは欲しいですけど、無理ですよ。才能もないし、努力もしてないし」
「そうかな? 大工は家を建てるプロだし、コックは料理のプロだし、小学生はくだらないことで笑うプロだ。問題は、その才能を活かすオリンピックの種目がたまたま存在していないだけで、誰だって何かの才能はあるし、何かの努力はしていると思うけど。不公平な話じゃないか」
「そうですかね……」
「人生は人それぞれまったく異なるものなんだから、みんな何かで一番になれるのさ」
「『オンリーワン』ってやつですか?」
「違うよ。みんな何かの『ナンバーワン』なんだ」
「うーん、そういうもんですかねえ」
少し考えて見たけれど、どう考えても自分がオリンピックで優勝できるとは思えなかった。なんの取り柄もなかったし、何かに他の誰よりも努力したことだってなかった。
「そういうものなんだよ」
博士はそう言って、懐から透明のメダルのようなものを取りだして自分の首にかけた。
「なんですか、それ?」
「この『なんでもオリンピックあなた部門』を使えば、ニケ君だってオリンピックで戦えるってことがわかってもらえるはずさ」
「えええ!? 私がオリンピックですか?」
「人間ならば、誰しもオリンピックで優勝したいはず。でも、なかなかそうもいかない」
「そうですね」
「普通の人々が『オンリーワン』などという戯言に自尊心を満たしてもらう時代はもう終わったんだ。結局のところ人々は何かで『ナンバーワン』になりたいのさ」
「なれるんなら、もちろんなりたいですけど……」
「いいかい、どんな人だって、世界1位の要素を持っている。この『なんでもオリンピック』は、地球上のあらゆるデータから対象の人生を分析して、その人が優勝したり上位にランクインできるオリンピックの種目を考えだしてくれて、その種目のメダルに変身するんだ。この発明を使えば、誰だってオリンピックで金メダルが取れるよ」
「え? もしかして、私でも金メダルを取れるんですか?」
「ああ。もちろん。ニケ君だって、何かの分野では世界1位のはずだ。この発明品がその内容を教えてくれるのさ」
「すぐに使わせてください!」
私は立ち上がって博士のところへ向かい、首にかけてあった『なんでもオリンピック』の起動ボタンを押した。
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