あのこは貴族

女の人って、女同士で仲良くできないようにされてるんだよ」

【第31回】
東京生まれの箱入り娘・華子は、20代後半で婚活にのめりこんだ挙句、
お見合いで出会ったハンサムな弁護士・青木幸一郎との婚約にこぎつけた。
しかし幸一郎に他の恋人(美紀)がいることを、華子の友人・逸子が知り、なんと女三人で会うことに――。
アラサー女子の葛藤と解放を描く長編小説。(単行本『あのこは貴族』、好評発売中!)

「現実では、きれいな恋愛ってなかなか成立しないじゃないですか。こんなこと、ほぼ初対面みたいな時岡さんに言うことじゃないかもしれないけど、うちの父親、超ぉ~恋愛体質……っていうか好色な奴で、女いっぱい作って、外に子供まで作ったりして、しょっちゅううちの母親と生々しいケンカしまくってたんで、ちょっとアレルギーなんですよね、あたし。そういうのほんとキモいし、ただただ迷惑なんですよ。母親も、愛想尽かし切ってるのに、体面気にして絶対別れないっていう。だからあたし、もともと結婚にはあんまり期待してないっていうか、するとしても、すごくすごく慎重にしたいと思ってて。結婚に焦ってもいるけど、別に三十歳でもいいし、なんなら四十歳五十歳でもいいかなーくらいに思ってるんです。とにかく男の人に、経済的にも精神的にも依存したくない。依存って、弱み握られてるようなものだから、絶対そういうのは嫌なんです。だからあたしからすると、結婚に全然警戒してない華子のことが、なんか危なっかしくて」

「それでこの会をセッティングしたの?」

「はい」まっすぐに美紀を見据え、逸子はうなずいた。

 美紀は、マンダリンオリエンタルのラウンジに座る人々—多くは時間とお金に余裕のありそうな優雅なご婦人たち─を見渡してこう言う。

「女同士の義理か。言いたいことはわかる。それをきちんと通せる人は、かっこいいとも思う。けど、難しいと思うよ?」

 その言葉に、逸子は眉をピクリとさせた。

 美紀は続ける。

「女の人って、女同士で仲良くできないようにされてるんだよ」

「……え?」

 逸子は、傷ついたような目で首を傾げる。

 美紀はコーヒーを一口含み、それから堰を切ったように話しはじめた。

「いまあたし、ファッション系のアプリを作ってる会社にいるんだけど、一見するとオフィスには女性が多いのね。でもそれって非正規雇用の女性が多いってことで、正社員でいうと女性の数って実は少ないの。そうやって人件費浮かせてるわけ。数は女の方が多くても、雇用形態ですでに分断されてるんだよ、うちらは。男性社員はみんな正社員登用なのにおかしいって思うけど、でもそれが実状なの。大事なことを決めるのは社長であり、数人の男性役員で。言い方悪いけど、女性社員のことは、男よりも安価で動かしやすい〝駒〟みたいに思ってるんじゃないかな。まあ、仕方ないんだけどね。野心家の社長が、自分で作り出した世界があの会社なんだし、自分の好きにして当然と言えば当然なんだけど、それでも割り切れないことたくさんあって……」

 逸子は、粛々と耳を傾けている。

「女性が働きやすい職場を目指してますって、会社のホームページにでかでかと出してて、それを見たテレビ局が何年か前に取材に来て、輝く女性系の持ち上げた内容にして放送してたけど、実態はそんなんじゃないのにって、みんな冷めてたな。結局ベンチャーでも、女性社員はいつもきれいな格好して、ニコニコ愛想振りまいて、場を和ませたり、感じ良く電話取ったり、すすんで雑用してくれるような、昭和のOLみたいな存在を求められるんだよ。実際、社長は女性社員のこと、ひとまとめにして〝女の子〟って呼ぶしね。まだ五十代いってないのに、どっぷりオジサンなの。あたしはいまの会社しか知らないけど、なかには転職してきた人もいて、そういう人から前の会社の話を聞くと、ほんとぞっとする。上司に新入りの女の子の教育に手を焼いてるって言ったとするじゃん。そしたら、若くて可愛い子に嫉妬してるんだねって、本気で言われたんだって。いや、そういう話じゃないんですけどって呆れてるのに、言っても通じないの。嫌味でもなんでもなく、本気でそういうふうに受け取られる世界なんだってさ」

「マンズ・マンズ・ワールド……」

 逸子はげんなりした顔でつぶやき、合いの手を入れた。

「うちの会社は女性のチームに男性が一人だけ入ってることもあるけど、その人の前の会社は、まるっきり逆だったって。四、五人のチームで動くとするじゃん。そこに入れてもらえる女はもちろん一人、戦隊モノでいうピンクで、やっぱり女子アナみたいなキャラが求められる。だから仕事がんばろうと思うと、女同士で椅子取りゲームになるって言ってたな。そんな状況で、女性同士が仲良くできるはずないよ」

「……たしかに」

 逸子は耐えるようにうなずいた。

「仕事ですごい成果をあげると、同僚の男から、女使ったんだろ? 色仕掛けで取り入ったんだろ? って嫌味言われたってさ。すごくない? それで、あまりに理不尽で先輩の女性社員に相談したら、わたしたちのころはもっと大変だったのよって、逆に𠮟られたって言うの。昔はあなたが想像できないくらい酷かったのよ、セクハラもこんなもんじゃなかったのよって、説教されたって。時代によって社会が女性をどんなふうに扱ってきたかでも、分断されてる」

 美紀はだんだん怒りがこみ上げてきた様子で、語気を強めた。

「それでなにか揉め事が起きると、関わった女性社員をとりあえず悪者にして、辞めるよう追い込んで、社内の平和を保とうとする。けっこう大手の会社がね。それ、つい数年前の話だよ? 若いうちは職場の華扱いだけど、年取ってその役目ができなくなったら、肩たたきして辞めさせるのが慣例だったとか、何時代の話かと思ってびっくりしたもん。うちの会社はその点逆で、育休を充実させてるところが福利厚生の売りなんだけど、でもそのせいで今度は、既婚か未婚か、子供がいるかいないかで分断されてるし。肩たたきはないけど、その代わり女性社員は、〝若い女の子〟と〝それ以外のおばさん〟にはっきり区別されてる感じ。あたしもあと二、三年もしたら、おばさん扱いを受け入れなきゃいけないのかーって思うと、辞表叩きつけたくなるよ」

 それを笑っていいこととは決して思っていないにもかかわらず、それでも逸子は、少しばかり笑ってしまう。女性の年齢差別に対する唯一のリアクションは笑うことだと、体に染みついてしまっている。

 美紀はその笑いに、ピクリと反応した。

「まだ二十代の子にこれを言うのは辛いけど、あたしも昔は、笑えてたの。でももう笑えないの。テレビでお笑い芸人が、若い女優さんを褒めそやして、三十歳を過ぎた女芸人を笑い者にしてると、本気で胸が痛む。全然笑えなくて、チャンネル替える。でも、そういう番組が、メッセージを発してるんだよ。おばちゃんのことは笑ってもいいって。未婚の女性のことは、結婚できないダメな女なんだから、笑い者にしてもいいっていう乱暴なメッセージを発してるの。だから相楽さんも、いまの話に笑っちゃうんだよ」

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あのこは貴族

山内マリコ

東京生まれの華子は、箱入り娘として何不自由なく育ったが、20代後半で彼氏に振られ、初めて人生の岐路に立たされた。焦ってお見合いを重ねた末に、イケメン弁護士「青木幸一郎」と出会う。 一方、東京で働く美紀は地方生まれ。大学時代に...もっと読む

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コメント

hellsee_summer わりとわかる。分断されたジェンダーの話について。 約1年前 replyretweetfavorite

nanashino "女の敵は女だって、みんな訳知り顔で言ったりするんだよ。(略)そうじゃない例だってあるはずなのに。男の人はみんな無意識に、女を分断するようなことばかり言う" 2年以上前 replyretweetfavorite

shthab https://t.co/dKa5bQWjJE 2年以上前 replyretweetfavorite

Koiorii |山内マリコ @maricofff |あのこは貴族 絶え間ない男女の分断メッセージについての会話が本当に細やかで共感(正確には共感による苦しさ)以外の感情を失った。 https://t.co/97hVZhl5xU 2年以上前 replyretweetfavorite