ニュートンが発見した万有引力により、りんごだけでなくスカイツリーもわたしもパソコンも車も宙に浮かない。今日もしっかりと引力によって地球に、ひっぱられている。
メンヘラだった頃のわたしにとって、リストカットというのは万有引力並に相手を引っぱり続けられるものだと思っていた。深夜でも、相手が遠い場所にいても仕事中でも、「いま切った」と連絡したら絶対にかけつけてくれる、ものすごい引力があると思っていた。
ケプラーの法則により「引力」の大きさは惑星の質量に比例すると導き出されているらしいが、メンヘラ引力の大きさは「ツラさ」の質量に比例すると信じていた。
つまり。 わたしが、ツラければツラいほど、相手は離れていかない。わたしがツラければツラいほど、相手はわたしに引き寄せられるのだと。
あの頃の私にとって、それは切り札。最大レベルのツラみ印籠がリストカットだった。
リスカ初夜のこと
はじめて切った日は、ただただ抑えきれない衝動に駆られてのことだった。
なんだかそのころ数週間、地層のようにツラみが積もりに積もっており、ひとつのツラみ惑星と化していたわたしは、じぶんの宇宙内でビックバンを起こしたい衝動に駆られていた。 それは腸に重ね重ねたまった便を排泄したい気持ちとほとんど近く、たまりにためこんだすべてを解放したい、という気持ちだった。友人にリスカ常習者がいたからかその解放手段にリスカが適していると信じていた。
深夜ひとりの部屋で、頭が朦朧とするなか、数日前から用意していたカッターナイフでいざ手首からすこし下をじりじりと数センチ、カットしたわたしは、痛みの少なさに妙におどろき「こんなハードル低いんだ」と思った。 一方で心臓の音はドクンドクンとおおきく脳内に響き、頭の中全体がしびれて揺れていて、グラングランと船酔いしそうだった。体感したことのない緊張や興奮のなかにいた。
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