あのこは貴族

女同士の義理

【第30回】
東京生まれの箱入り娘・華子は、20代後半で婚活にのめりこんだ挙句、
お見合いで出会ったハンサムな弁護士・青木幸一郎との婚約にこぎつけた。
しかし幸一郎に、他の恋人(美紀)がいることを、華子の友人の逸子が知ってしまって……。
アラサー女子の葛藤と解放を描く長編小説。(単行本『あのこは貴族』、好評発売中!)

「でもね、幸一郎は最初からあたしのこと、ラウンジで知り合った女って思ってるから。だからあたしのことはあくまで、そういう種類の女だと思ってるんだと思う」

「つまり……?」

「夜の女? ……違うな。なんて言えばいいんだろう。都合よく呼び出せる、気楽な女友達、みたいな? こないだのパーティーに幸一郎があたしを呼んだのだって、只でホステスやってくれるから声かけてるだけでしょ」

「あぁ! それわかる!」

 逸子は興奮気味に共感を寄せた。

「あたしもそういう扱いされることあります! 男同士で飲んでるところに、緩衝材役に呼ばれて、愛想振りまいたり、空気和ませるように仕向けられたこと。飲み会でも、音楽系のパーティーなんかでも、そんなのばっか!」

 逸子は美紀に、ホステス扱いされた体験談を熱く語ったのち、まじめな顔になって話を本筋に戻した。

「あたしは華子とつき合いの長い友達なんで、華子の味方をしなくちゃいけないし、そういう意味ではフェアな立場ではないかもしれないけど、でもだからって、時岡さんのことを一方的に敵視したり、責めたりする気にもなれないんです。だって明らかに華子の方があとから出てきたわけだし。それに、どう考えても悪いのは、そのあたりのモラルコードがゆるゆるな青木幸一郎の方なんで」

 美紀は思わずプスッと吹き出し、「モラルコードゆるゆる……」とくり返して、「その通りだ」と大きくうなずいた。

 逸子はその相槌に自信を得て、さらにこう続ける。

「ですよね!? だって、華子と婚約したのに、時岡さんとパーティー行ったりして、誤解されるような行動取ってる張本人だし。それに明らかに身辺整理する気ゼロじゃないですか。時岡さんにも華子のことなんにも言わずに、当たり前みたいに並行して会ってるのとか、それって人としてどうなんでしょうか」

 まぶしいほどだった午後の日差しが和らいで、窓の外に見えたはずの富士山がいつの間にか、霞がかった雲の彼方に姿を隠している。その代わりとでもいうように、手前のビル群の蛍光灯は爛々と光りはじめた。窓際の席に陣取っている人はみなその景色の変化を写真におさめようと、あちこちでスマホのシャッター音が鳴る。そんな周囲の浮わつきとは対照的に、逸子の顔はさらに真剣さを増していった。

「正直に言うと、華子、かなり焦って婚活してたみたいなんです。結婚考えてた人と別れてから、なんかちょっと自分を見失う勢いで焦っちゃって、いろんな人に会ったりしてて。ほんとはそんなに社交的な子じゃないのに、誰か紹介して~なんて言い出して。婚活ってほんと精神的に追い込まれるみたいで、華子もだいぶわけわかんなくなってて。そりゃまあ焦りますよね。あたしだって二十五歳過ぎてから、この先どうしようって不安になったりするし、先のことが見えな過ぎて、すごく怖いし」

「わかるよ。なんか突然、思春期に引き戻されたみたいになるんだよね」と美紀。

「そうなんです。でも、そんなの誰だって同じですよね。ある年齢を過ぎたら女の人って、一人で立ってることが急に心細くなるし、結婚してないことがなんとなくみじめに思えてくる。親にも周りにも、いつ結婚するのいつ結婚するのって、そればっか訊かれて、そういうのほんとうんざりするんだけど、でも誰より自分がいちばんそのことばっかり考えちゃって、ウジウジ悩んじゃうんです」

 美紀はうんうんと、激しく同意しながら耳を傾けている。

 逸子はさらに思いの丈をぶちまけた。

「あたしなんて二十五歳になるまで百%自分のことばっかり考えて生きてきて、親も好きなことやれって言ってくれてたし、自分でも一度も結婚したいとか、結婚こそが幸せだとか、そんなこと微塵も思ったことないけど、それでもやっぱり適齢期なのに結婚する気配もないっていうのは、かなりのダメージを食らうんですよ。あたしですらそうなんだから、華子が焦っちゃうのも、無理はないっていうか。それで、華子が幸一郎さんっていう人とやっと出会えて、よかったね~って、あたしも思ってたんです。華子みたいなおっとりした子には、ちょうどいい感じの人だと思ったし。でも、同時にその展開の早さはちょっと怖いなーって、引っかかってもいて。だって客観的に見てその進め方、芸能人がよく失敗してるやつじゃん! って。華子にはおめでとうって言いつつ、心の奥ではなんかヤバくないか? って、モヤモヤもしてて。いや、もちろんわかってますよ、そんなのあたしが口挟むようなことじゃないってこと。でも、焦って結婚して、うまくいってる人なんていないと思うんです」

 調子が出てきた逸子は、力が入って唇をいっそう尖らせる。

「もちろん、華子にちゃんとした相手が見つかって、よかったねーっていう気持ちもあるんです。友達が結婚相手を見つけたんだから、お祝いしたいって心底思います。でも華子、焦ってるだけじゃなくて、元からちょっと、現実から逃げるために結婚しようとしてるところがあったから……。華子本人は認めたくないかもしれないし、あたしもあのこに、そこまで突っ込んだことはなかなか言えないけど、でも華子がしようとしてる結婚は、間違いなく危険なタイプの結婚な気がしてるんです、あたし」

 ここで美紀は「あのね」と、少し年上ぶった顔つきで言葉を挟んだ。

「相楽さんが心配する気持ちもわかるけど、あんまり友達の結婚に口を出すと、友情の方にヒビが入ることになっちゃうよ」

 逸子はその忠告を、「わかってます」と撥ねつける。

「きっと華子も結婚したら、あたしのことなんてプライオリティのすごく下の方に追いやられて、すぐ疎遠になっちゃうのは、わかってるんです。みんなそうだし、そうだったし、そういうもんだし……。でもだったら尚更、友達のことに、首突っ込めるうちに突っ込んでおいても、いいんじゃないかって思ったんです。だって結婚しちゃったら、あたしが首突っ込む余地なんか全然なくなっちゃうんですよ、きっと。でもだからこそあたしは華子に、華子本人にも、全然関係ないあたし自身にも、わだかまりなんて一つもないような結婚をしてほしいんです。そういう気持ち、わかってもらえますか……?」

「わかるよ。うん、わかる」

逸子のスピーチに、美紀の心は揺さぶられた。たしかにその通りだった。結婚によって、疎遠になっていった友達は数知れない。

「わかってもらえてうれしい」逸子は胸をなでおろしつつ、さらにこう付け加えた。

「もし時岡さんが、男が絡むとまったく話が通じなくなるようなタイプの女性だったら、あたしだってなにも言わないです。っていうか、三角関係怖ぁ~ってビビりながら遠巻きに引いてるだけだけど、なんか時岡さん、話せばわかってもらえそうな感じがしたんです。ちょっと会って、目を見て軽く話しただけで、そういうのって、だいたいわかるもんですよね。腹を割って女の子同士で話したことがある人と、そうでない人の違いっていうか。あたし女子校育ちなんですけど、女子校特有の仲間意識っていうのかなぁ。女をむやみに敵視しない女子は、初対面で目を見ただけですぐわかる。時岡さんも、なんかこの人は、話がちゃんとできる人に違いないって、思ったんです。いい意味で、あんまりメスっぽくないっていうか……。女同士の義理がちゃんとわかってる人なんじゃないかなぁって。そういう人、あんまりいないけど」

「女同士の義理?」

 美紀はその聞き慣れない言葉の並びに、不思議そうな顔を見せた。

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この連載について

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あのこは貴族

山内マリコ

東京生まれの華子は、箱入り娘として何不自由なく育ったが、20代後半で彼氏に振られ、初めて人生の岐路に立たされた。焦ってお見合いを重ねた末に、イケメン弁護士「青木幸一郎」と出会う。 一方、東京で働く美紀は地方生まれ。大学時代に...もっと読む

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コメント

hanae_kiryuin 浄瑠璃の面白さをこんなに分かりやすく身にしみる形で解説してくださるなんて…! 2年以上前 replyretweetfavorite

Singulith >|あのこは貴族|山内マリコ  https://t.co/9cD7q1sx8L 2年以上前 replyretweetfavorite

moxcha 次の「女の人って、 2年以上前 replyretweetfavorite

ryuzo_takahashi 浄瑠璃なんて全然知らなかったけど、近松門左衛門の『心中天網島』そんな感じなんだ。めちゃ面白い! 2年以上前 replyretweetfavorite