「昔のツテでね、北新地でいま女の子を教育してるの。その手伝いをやってくれない?」
アキにそう言われたユウカは快諾した。もともと、こんな豪邸にタダで住まわせてもらっているのだ。何かお返しをしないと居心地が悪いと思っていたところだ。
お昼になるのを待って、アキの運転する車に乗って、大阪に向かうことになった。白いセダンタイプの車が颯爽と六甲の山を下る。一切飾り気のない無骨な車でも、アキが運転していると樣になる。助手席に乗っているユウカは、アキの馴れたハンドルさばきに安心して身を委ねていた。アキは運転しながら、ユウカの職歴を聞いた。そういえば、話したことなかったことにユウカも話しながら気づいた。
「ユウカは東京ではどんな仕事をしてたの?」
「どうって、普通のOLですよ。毎朝、7:00に家を出て8:00ごろに会社について、皆が着く前に色々準備するんです。その日の会議の資料とか、前日に言われていた事務作業とか」
「へぇ。仕事は真面目にやってたんだ」
「普通ですよ。それで午前中の仕事が終わるとランチ休憩に入ってました。時間が決まってるから11:45から12:45の間に、食事を済ませるんです」
「そんなきっちり決められているんだ。さすが東京のOLさんだね」
「それで午後は会議と営業報告のまとめかな。前の会社はメーカーだったから全国の工場への発注伝票の作成とか」
「ふーん、以前勤めてた会社は何を作ってたの?」
「よくわからない(笑)多分、半導体とかそういうのだったと思うんですけど、最後までよくわからなかったなぁ。でも私の周りのOLもそんなもんですよ」
「それで、年収はいくらだったの?」
「年収ですか? 450万円くらいだったかな」
「そんな真面目に働いてても、そんなもんだったんだ。あんたの顔だったら、もっと稼げるでしょう」
「え〜。OLとしては多い方ですよ。それに無理ですよ。いくらお金稼ぐためだからって、夜の女として働きたくないし……。あ、ごめんなさい! これはアキさんのことじゃなくて……」
「んん、いいのよ。そういうこと言われ慣れてるから。でもね、あなたの言う通りよ。あなたみたいに鈍くて堅くて、思い込みが激しくて、面倒臭くて、おっぱいの小さい女には……無理ね」
「……すいません。怒ってます?」
その質問にアキは答えない。無表情で車を運転している。ユウカはいたたまれなくなって話を続ける。
「……でも、私って34にもなって自分が世間知らずだなって思うんです。東京にいる頃はOLの世界が全てで、そこしか世界がないって思ってて、海外旅行にも何度も行ったけどいつも南の島だったし。アキさんがいたような世界なんて、全然想像がつかない」
それを聞いてアキが噴き出す。突然の笑い声に戸惑うユウカ。
「あはは。世間知らずって今頃気づいたの? でもね、あなたがいた世界と私がいた世界は別世界ではないわ。地続きなのよ。女として生まれたからには覗いてみることに損はないわ」
走ってるうちに高速の入り口にさしかかった。白いセダンは、ETC専用入口にスムーズに入り込んでいく。
2人の間の話は終わり、車内が静けさを保つ中、カーラジオからは関西弁のディスクジョッキーが話し続けていた。どこが話しの途切れ目なのかわからないくらい、すごいスピードで話している。ユウカには何を言ってるのかわからないが、アキはカーラジオを聞いて時折大きな声を出して笑っていた。
流れる雲。波のように右に左にうねる都市高速。ガタンガタンと道路の節目がリズムよく二人の身体を揺らす。冬の太陽は低く車に乗っていても目に入ってくる。煌びやかな薄黄色の光は、やや初冬に入って硬くなった空気を和ませていた。
「ふんふん、あ、そうだユウカ、今日行く店はね、昔ある有名なママがやってたんだ。引退するからって売り出されたんだけど、買い手がつかなくてね。カリスマ性のあるママさんだったからお店の女の子も移籍しちゃうっていうのが買い手がつかなかった理由ね。それで、三ヶ月前、場所と看板だけ引き継ぐ形である実業家が買って、そこから新しくママを雇ってやってるの。その新しいママもホステス時代は人気があったんだけど、まだママとしての経験も足りないから、女の子の教育にまでは手が回らなくてね。そこで白羽の矢が立ったのが私というわけ」
「すごいですね」
「全然っ!昔取った杵柄よ。他にできる人がいないだけ。昔働いていた同僚で夜の世界でまだやってる子はいないし。なかなか厳しい世界だからね。経験が一番大事なんだけど、経験貯めてる人が少ないというのが、夜の世界のジレンマね」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。