23歳男性。生後一週間でマクローリン展開をする。四歳でハーヴァードに入学。六歳で数学の博士号を取る。二十歳で万物理論を完成させたのち、「コミュニケーション」の発明を行う古見宇発明研究所を設立する。
ニケ
32歳女性。古見宇研究所助手。好きなものは竹輪とGINZA。嫌いなものはセリーヌ・ディオン。「宇宙の解」を知って絶望していた博士に「コミュニケーション」という難題を与え、結果的に古見宇研究所の設立に繋げる。
その日の古見宇発明研究所は朝から静かだった。博士は先日から新たな発明で忙しかったようで、これといった仕事もなく私は暇を持て余していた。
退屈な午前が過ぎ、昼休みになると、私は休憩室でいつものようにSNSを巡回することにした。今朝「朝はパン派!」というコメントと一緒に、朝食の写真をアップしていたからだ。
SNSを同期させている都合上、その写真はインスタとフェイスブックとツイッターに同時にポストされている。
私の気がかりはツイッターだった。
博士の努力によって
先日朝食をアップしたときは、オシャレな食器を使ったせいで「高い食器を買える人はいいですね」というリプをもらった。あまりこんな言葉は使いたくないのだが、これがクソみたいなリプライ、いわゆるクソリプ……と震えた。
だから今日は万全の準備をしていた。食器は百均で買ったもので、写真に加工もしていない。盛りつけも雑だし、パンはスーパーのセールで買った量販品だ。これでもう、クソリプに怯えなくてすむ。
それなのに。それなのに。
ツイッターを開いた私は愕然とした。きちんとクソリプをもらっていたのだ。
「朝はパン派!」
なんの変哲もないの写真だった。もちろん「私も!」などの普通のリプもある。でも、「総入れ歯の人の気持ちも考えてください!」や「食べ物のないアフリカの子どもに失礼です」というクソリプがついていたのだ。
私があまりの精神的ショックでその場に固まっていると、研究室から出てきた博士が「クソリプをもらったような顔をしているね」と声をかけてきた。
「なんでわかったんですか!」
「SNSには自慢警察以外にも数多くのクソリプが存在しているからね」
「そうなんですよ。屁理屈みたいなリプが多くて。最近困ってるんです」
「別に困る必要も、悲しむ必要もないと思うよ。屁理屈型のクソリプがくるということは、ニケ君が立派に『メッセージ性のある主張』をした、とも言えるだろうし」
「朝食の写真をあげただけですよ。メッセージ性も何もないと思いますが」
「いや、おそらく意味はあるんだよ」
そう言って、博士は休憩室のホワイトボードに「ランニングは健康的である」と書いた。
「ニケ君、この文章に『メッセージ性』はあるかな?」
「ないですよ。単なる事実じゃないですか」
「いや、実はきちんとある種の『メッセージ性』を持っている」
「博士の言うメッセージ性って、いったいどういう意味なんですか?」
「そうだね。メッセージ性を『クソリプ可能性』と定義してみよう。
かつて科学哲学者カール・ポパーは科学的な仮説はすべて反証可能性を持つと主張した。つまり地球の自転公転や水の分子構造やフェルマーの最終定理などは反例を出すことで反証ができるが、神の存在や心霊現象は反例を出すことができず反証が不可能だからそもそも科学的ではないという主張で……」
「ストップ! 要するにどういうことですか?」
「つまり『メッセージ性のある文章は、屁理屈型のクソリプに対して隙を見せている』ということだね」
「でも『ランニングは健康的である』という文章に屁理屈を返すのは不可能だと思うのですが」
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