注文を受けて、野菜を送りたい
8月上旬、ベランダでアズキの苗作りを開始した。品種は、「丹波大納言」だ。
煮ても皮が割れにくいことから、「切腹をしなくていい大納言のようだ」と、この名がついたらしい。タネのまき時は7月らしいが、多少遅れても、気合いでなんとかなるだろう。
アズキのタネはもちろんアズキ。ポットにまいた大納言は、数日後には発芽し、私はあることを思いついた。
「このアズキで、契約農家になろう!」
宅配農家のように、注文を受けて野菜を人に送ってみたかったのだ。
でも、タダというわけにはいかんよ。
私はさっそく友人にこうもちかけた。
「『丹波大納言の会』に入会しない? ひと口たったの100円。収穫時に、できたアズキを山分けだよ」
私の頭には、こんな未来が思い浮かんでおりました。
計画を知った夫は、あきれはてた。
「それって、契約農家じゃなくて、アズキの先物取引だよね」
「人聞きが悪いな。お正月に手作り大納言のおしるこが食べられるんだよ。そんな贅沢を、たったの100円で味わえるんだよ」
やや強引な勧誘によるという噂もあるが、「丹波大納言の会」には4名が仮入会した。
「アズキ色の紙で会員証を作って、それと引き換えに集金しよう」
会員様を楽しませることも、契約農家の大事な仕事だ。口コミで会員が増えるかもしれないし。
ところが。
「これって、きちんと育つの?」 苗を畑に運びながら、夫が聞く。
畝の準備に手間取っているあいだに、大納言の苗は、なぜだか間のびしてしまったのである。
24ポットも作った苗は、細くてヒョロヒョロ。植えつけまでに、さらに間のびしました。
「やっぱり8月のタネまきじゃ遅かったのかな……」
野菜には、それぞれ栽培適期がある。タネまきや苗の植えつけには適した期間があって、それより早すぎても遅すぎてもうまく育たないらしい。気合いじゃ、どうにもならないのだ。
とりあえず畑に植えてはみた。しかし、この先がひどく不安だ。
「早いとこ、お金を集めてしまったほうがいいな」
思わずつぶやいた私に、夫は言った。
「まるで悪徳商法だね」
隠していたが、思い切って告白しよう
大納言の結末はあとの楽しみにして、ついでに黒豆の話もしよう。
つい昨年のことだが、私は黒豆栽培に挑戦した。アズキと同じく“丹波の”黒豆だ。
べつに、丹波オシなわけじゃない。畑の隣のN村さんが、畝に入り切らなかった自家製の苗を、3ポットゆずってくれたのだ。
豆の栽培は、虫がつくので、やや手間がかかる。
腹立たしいのがカメムシの仲間で、花が散り、さやがつくぞ という段になると、そこにとりついて、チューチューと汁を吸うのである。
こうなると、さやはできない。難を逃れても、今度は膨らみ始めた豆にとりつき、チューチューとやるのだ。
「くーっ、カメムシめ! こんなについてる」
畑に行くたび、私はカメムシを駆除した。
幸い、カメムシは嫌いじゃない。変態じみているので隠しているが、思い切って告白しよう。
私はカメムシの臭いが好きなのだ。独特の清涼感がクセになるとでも言おうか。
だから、駆除も苦にならない。素手でつまんで地面に落とし、長靴でふみつけては、「あー うー」と香りに酔いしれていた。
しかし、カメムシは飛んでくる。週に一度駆除したくらいじゃ、追いつかない。
黒豆も、好き放題チューチューされ、私は半ばあきらめていた。しかし、どうにか息を吹き返し、わずかながら、できたさやが太ってきたのである。
「早く黒くならないかな。お正月に手作りの黒豆が食べられるなんて、贅沢だなぁ」
そんなある日、農園仲間のおじさんMさんがこう言い出した。
「テレビで見たんだけどさ、黒豆って、最初は緑で、そのあと、わずかな期間だけピンクになるんだって。それから黒くなるんだってよ」
「へ~」
「そのピンクの時期が、最高にうまいらしいよ。炊き込みごはんにするといいんだって。ちょっと1粒、見てみなよ」