あのこは貴族

会わせたい子がいるんです」

【第27回】
32歳の美紀は、大学時代のことを思い出していた。
地方から上京して慶応義塾大学に入学し、東京生まれの同級生たちと出会ってカルチャーショックを受けた。
その後、実家が経済的に困窮して夜の仕事をはじめ、同級生・青木幸一郎とのだらだらした関係が続き――。
アラサー女子の葛藤と解放を描く長編小説。ついに単行本が発売! 

 正月休暇も残りわずかとなった日曜の夜。美紀は黒いウールのワンピースをまとい、シャンパングラスのステムを軽くつまんで持ちながら、六本木のパーティー会場をほろ酔いで眺めていた。高い天井、凝りに凝ったモダンな照明が等間隔にぶら下がり、一面の壁がワインセラーになって、ワインボトルがスポットライトでうやうやしく照らされている。白シャツを纏った長身のウエイターがグラスの載った銀のトレーを優雅に掲げ、ご丁寧にもピアノとヴァイオリンの生演奏まで付いている。がんばって〝東京〟を演出しているかのような、くすりと鼻で笑いたくなるラグジュアリーさ。限定百名の選ばれし粋人に招待状が送られたというが、正月早々ということもあってそんな人数が集まっているようにはとても見えなかった。それでも参加者は誰もがそれなりに着飾って、自分は場違いじゃありませんという顔をして楽しげに談笑している。東京にはバブルのころの夢が忘れられず、まだいける、まだやれると、パーティーを続けようとしている人種がたくさんいるのだ。

 幸一郎はこの手のパーティーに呼ばれることが多いから、見栄えもして座持ちもうまい美紀を重宝がってよく声をかけてきた。幸一郎は決して社交家ではないが、人脈づくりに余念がない。美紀は決して「自分は彼の恋人です」なんて雰囲気は出さずにそつなく立ち回るので、幸一郎からすれば同伴するには最適の相手なのだろう。美紀もまたこういったパーティーに顔を出すうちに少しずつ知り合いが増えていくことを、まんざらでもなく思っているのだった。

 実際に仕事につながることも多いため、クローズドコミュニティで交流して培われるコネクションはあなどれない。しかし同時に、パーティーというのは名ばかり、あちこちで名刺交換が繰り広げられるだけの薄っぺらい異業種交流会という感じで、誰も本気で楽しんでいるようには見えなかった。どこぞの企業の社長たちを相手に名刺交換に忙しい幸一郎を、美紀はぼんやり眺めていた。

 つい数時間前までいた地元の街と東京との、この温度差はなんだ。普段ならスルーしてしまえるこの巨大なギャップを、今日に限って美紀はなかなか咀嚼できない。赤錆びしたシャッターが道の両脇に連なる商店街、セフレのいるショッピングモールへと一直線に走って行く弟の赤いスポーツカー、魚が減って、漁師も減った海。ついさっきまで見ていた景色が脳裏にフラッシュバックして、美紀を大いに混乱させた。

 あの街の、どうしようもない感じ。寂しさ、人のいなさ。なにもなさ、気が抜けきって、極限まで緩んだ感じ。美紀はあそこにいるだけで、倦怠感の大波に飲み込まれそうになる。不満だらけで、怒りをぶつけるように勉強机に向かっていた高校生に逆戻りしてしまう。

 けれどおかしなことだった。家族や同級生はあの街で充足して、なんの疑問もなく、あんなに居心地よさそうにしているのに、自分一人だけがなぜだか、あそこになじめなくて、あそこにいたいとは思えないのだ。

 それはいつからだろう。

 一体いつ、あたしは外に出たいと思ったのだろう。

 美紀は、輪の真ん中で品よく歓談する幸一郎を無表情に眺めながら思う。

 東京でも地元でも、美紀だけが輪の外側に、ぽつんと立っている。

「お二人はどういう関係なんですか?」

 いきなり後ろから、さっき少し話したヴァイオリニストの女の子が、ひょっこりと顔を出して美紀にたずねた。

「びっくりしたぁ」

 不意を衝かれ、美紀は笑いながら彼女の方を向く。

「さっき名刺出してくれたあの男性」
 と言いながら、彼女は幸一郎の方に視線を投げ、
「彼氏さんですか?」
 いたずらっぽい顔で美紀にたずねた。

「あーううん、違うよ。彼氏とかじゃない」

「えーでもすごくお似合いでしたよ?」

「違う違う。なんていうか……大学の同級生?」

「ふぅん」彼女はまったく信じてないのがバレバレの声で、「同級生かぁ~」と復唱した。

「うらやましいなぁ」

「え、どうして? ただの同級生だよ?」

「あたしずっと女子校だったんで。しかも大学は留学したから、日本人の男の同級生って、一人もいないんですよね。だからよくわからなくて」

「そお?」

「はい。『ドラえもん』ののび太としずかちゃんの関係とか、あんまりピンとこない」

「えーッ!?」

 世の中にはそういう人もいるのかと、美紀は感心して、笑ってしまった。

「あのぅ、やっぱりLINE交換してもらっていいですか?」

 そういえばさっき美紀から話しかけたときは、結局名前すら訊かずじまいだった。

 パーティーではこういうことばかりだ。それなりに会話をしても、顔と名前が一致しないまま行き過ぎて、次につながらない関係で終わってしまう。けれどどうせ、この手の会に呼ばれるのは狭い世界の内側にいる人だから、またどこか別のパーティーで顔を合わせることもあるだろうし、そのうちに顔見知りになって、徐々に人脈は広がっていくものだった。

「相楽さんって言うんだ。よろしくね」

 スマホをクラッチバッグに仕舞いながら美紀が言うと、
「大学の同級生ってことは、大学のときからずっと友達なんですか?」
 相楽さんはなおも幸一郎との関係を掘り下げてきた。

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あのこは貴族

山内マリコ

東京生まれの華子は、箱入り娘として何不自由なく育ったが、20代後半で彼氏に振られ、初めて人生の岐路に立たされた。焦ってお見合いを重ねた末に、イケメン弁護士「青木幸一郎」と出会う。 一方、東京で働く美紀は地方生まれ。大学時代に...もっと読む

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