あのこは貴族

お前ら貴族かって、内心突っ込んだもんね」

【第25回】
32歳の美紀は、お正月に地元の同窓会に出席しつつ、大学時代のことを思い出していた。
地方から上京して慶応義塾大学に入学し、初めて東京生まれの同級生たちと出会って、カルチャーショックを受けた。
ちょうど同じころ実家が経済的に困窮し、仕送り額を減らされて――。
気鋭の作家・山内マリコがアラサー女子の葛藤と解放を描く、渾身の長編小説。


 午後五時からはじまった同窓会は、思っていたものとはずいぶん違っていた。ホテルの宴会場、きらびやかなシャンデリアとビュッフェ形式の料理が並ぶ中、あちこちで小さな子供が走り回り、赤ちゃんが泣き、スマホで写真を撮るシャッター音がそこら中で響いている。百名ほどが出席しているそうだが、顔と名前が一致するのはごくごく少数だ。一人、仲良くしていた子を見つけて思わず声をかけたが、自分が彼女のことをどう呼んでいたかが思い出せなくて、ごまかすのに難儀してしまった。

「同窓会って、こういう感じなんだね」
 美紀が面食らいながら言うと、
「幹事がアレだからね」
 彼女はヒソヒソ声で言った。

「アレって?」

「ほら、あそこ。石井組って、土建屋の三代目」

 指差した先を見ると、こんがり日焼けして体つきのがっしりした、いかにも金回りのよさそうな男がひときわ大きな声で盛り上がっている。

「こういうところでパーティーやるのが好きなんでしょ。もう完全にオジサン文化に染まりきってるよ、ああいう人たちは」

 彼女は呆れ顔で男性陣を一蹴した。

 わらわらと女子が集まって、小さな輪ができる。

「すごいきれいになってるからびっくりした」

「最初誰だかわかんなかったよ」

 美紀にそう話しかける彼女たちもまた、高校時代とは様変わりしている。記憶の底に眠る同級生の姿と目の前にいる女性が一致するたびに、「ああ!」と大げさに声が漏れた。女性は外見をどう作り込んでいるかで、いろんなことがわかる。趣味嗜好も、パーソナリティも、おおよその金銭事情も、願望も、その全てが外見から発信される。だから彼女たち一人一人に結婚しているのかいないのかわざわざ訊かなくても、その情報はなんとなく伝わってくるのだった。それはもちろん美紀も同じで、その容姿からは都会で働いている女特有の、気の張りみたいなものが滲んでいるのだろう。加えてどこか堅気じゃないような色気も、染み付いて取れないのだった。

「ミキティ!」

 大学時代に一瞬だけ呼ばれていた懐かしいあだ名に振り返ると、そこには平田さんが立っていた。何年ぶりの再会だろう。

 美紀は頰を紅潮させ、抱きつかんばかりに彼女の両腕をつかんだ。

「ミキティ、どうしてた? 心配してたんだよ」

 そうだ、一方的に姿を消してしまったのは、美紀の方だった。平田さんの顔を見るなり、大学一年のときの、入学式の景色が脳裏に蘇る気がした。

 平田さんは卒業後、地元の旅行会社に就職して、いまもそこで働いているという。大学生活は楽しかったが東京で就職する元気はなく、地元を選んだのだと言った。

「あの四年間で燃え尽きちゃってさぁ」

 平田さんは仕事が楽しく、実家も居心地が良すぎて、婚期をすっかり逃してしまったと嘆く。

「あたしもだよ、婚期逃しまくり」と美紀も笑い合うが、
「なに言ってんの、田舎にいて三十過ぎて独身の方が肩身狭いに決まってる!」
 平田さんは大きな明るい笑顔で断言した。

 そうは言うものの、平田さんの毎日が充実しているのはひしひし伝わってくるのだった。いまは県庁から出向してきた人とともに、新たなお土産づくりに関わっていると言う。

「そのうち独立して、もっと地元を盛り上げる仕事したいんだよね。この街の人って放っておくと、誰もなにも新しいことはじめないじゃない。東京目線で地元のいいとこを見つけて、もの作ったりサービスしたりする仕事って、まだまだ伸びると思ってて」

「へぇー、それ楽しそう」

 美紀は顔をパァッと輝かせた。

「たった四年だけど東京に行ってたのって、こっちでは結構大きいことでさぁ」

「ああ、そうかもね。外に出てない人の方が圧倒的に多いもんね」

「そうなの。いまもちょくちょく東京遊びに行くけど、住んでたときの感覚とか、忘れないようにときどき思い出してる」

「日吉キャンパスの景色とか?」
 美紀が水を向けると、
「日吉キャンパスの景色とか!」 平田さんは手を叩いて大ウケした。

 自然と大学時代の話になったが、平田さんとの共通の思い出は思いのほか少なかった。唯一、平田さんと美紀の両方にとって忘れがたい記憶になっているのは、内部生の女の子に連れられて行った、パークハイアット東京でのアフタヌーンティーだ。

「あたしも一年生のころはイキッて東京に馴染もうとして、なにを見ても驚かないふりしてたけど、あれだけは本気で衝撃だった」と平田さん。

 同い年の子が当たり前みたいな顔でタクシーに乗って高級ホテルに行き、英国式の三段ケーキスタンドいっぱいに盛られたスイーツをつまみつつ紅茶を飲みながら、午後いっぱいだらだらとお喋りに興じて、それで会計のときに四、五千円ぽんと払うのだから、まさにカルチャーショックである。

「アフタヌーンティーっていう概念からして、まったく意味不明だった」と平田さん。

「ほんとほんと。お前ら貴族かって、内心突っ込んだもんね」

「あはは。たしかに」

 平田さんも手を叩いて笑っている。

 美紀はしみじみと語った。

「そういうこと、よくあったよね。なんとなく友達に連れられて行くんだけど、よくわかってないの。自分がどこにいるのかもわからないまま、連れ回されることもけっこうあった」

「東京行った最初のころって、なんかいろいろ大変だったよね」

「ほんと」

 美紀は薄く微笑みながら、うんうんと気持ちを込めてうなずく。

「ミキティ、どこに住んでたっけ」

「新丸子」

「そうだそうだ、新丸子!」

 平田さんはその地名がツボに入ったらしく、ケタケタ笑う。

「たしか一回遊びに行ったよね。あのアパート」

「うん、来てくれた。憶えてる」

「あたしだって綱島に住んでたからね」

「全然東京じゃないんだよね」

「多摩川越えるもんね」

「上京じゃないじゃん、ってね」

「ね。わかんないよね、土地勘ないから」

 あのころに味わったいくつかの気持ちを思い出すと、記憶の蓋が突然開いたみたいになって、いろんな気持ちが次々に蘇った。

 四月のキャンパスのあまりの混雑具合に凹んだこと。アパートの寒くて小さなお風呂場で、一人悠々半身浴しているとき、惨めさと同時に自由と幸せを感じたこと。高校時代に愛用していたOUTDOORのリュックとプーマのスニーカーじゃ、どうにも格好がつかなかったこと。あまりにダサい自分が嫌で、どんな服を着れば垢抜けるのかファッション雑誌を真剣に読み込むが、載っている服の値段を見て絶望したこと。秋に真っ黄色に染まった銀杏並木からぷぅんと漂ってきた、銀杏の匂い。

 でもそれも、たった一年で終わってしまった。

 いまはすべてが、ただ懐かしい。

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あのこは貴族

山内マリコ

東京生まれの華子は、箱入り娘として何不自由なく育ったが、20代後半で彼氏に振られ、初めて人生の岐路に立たされた。焦ってお見合いを重ねた末に、イケメン弁護士「青木幸一郎」と出会う。 一方、東京で働く美紀は地方生まれ。大学時代に...もっと読む

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almostsilver 同窓会での外見のくだり、なんか分かりすぎる 3年弱前 replyretweetfavorite