第177回 背理法をめぐって(前編)

「でも、どうして《互いに素》にしなくてはいけないんでしょうか」とテトラちゃんは尋ねてきた。 「論理と証明」第4章前編。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
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図書室にて

テトラ「先輩! お待ちしておりましたっ!」

「えっ? えっ? えっ?」

ここは放課後。いまは図書室。
……
違った、逆だ。
いまは放課後。ここは図書室。足を踏み入れたとたん、 後輩のテトラちゃんの前にすすすすっと現れた。

テトラ「図書室にいらっしゃるの、お待ちしていました。実はお聞きしたい問題がありまして……」

テトラちゃんに導かれるまま、は閲覧室の机に向かう。

「数学の問題?」

テトラ「はいっ、そうです。これです」

問題1
$\SQRT{2}$が無理数であることを証明せよ。

「ああ、これは有名な問題だよね。背理法を説明するときに必ず出てくる例題だよ。 でも、テトラちゃんならこの証明、できるんじゃない?」

テトラ「ええ……はい……まあ。先輩もすぐに『背理法』とおっしゃるんですね」

「そうだね。これはいろんな本で読むから、証明も暗記しているくらいだよ。 こんな感じになるよね」

解答1
$\SQRT{2}$が無理数であることを、背理法を使って証明する。
$\SQRT{2}$が有理数であると仮定すると、 $\SQRT{2}$は整数$a,b$を使って次のように表すことができる。
$$ \SQRT{2} = \dfrac{a}{b} $$
ただし、$a \GEQ 0, b \NEQ 0$で、$a$と$b$は互いに素である。
両辺に$b$を掛けて分母を払うと、
$$ \SQRT{2}b = a $$ になる。両辺を$2$乗して、 $$ 2b^2 = a^2 $$ が得られる。 左辺の$2b^2$は偶数なので、右辺の$a^2$も偶数である。 したがって、$a$も偶数となり、$a = 2a_1$と表すことができる($a_1$は整数)。 よって、
$$ 2b^2 = (2a_1)^2 $$ である。右辺を計算して、 $$ 2b^2 = 4a_1^2 $$ を得る。両辺を$2$で割って、 $$ b^2 = 2a_1^2 $$ となる。右辺は偶数なので、左辺の$b^2$も偶数である。 したがって、$b$も偶数となる。
以上のことから、$a$も$b$も偶数となるが、 これは$a$と$b$が互いに素であることに矛盾する。
したがって、$\SQRT{2}$は無理数である。
(証明終わり)

テトラ「……」

「それで、何に引っかかっているの?」

テトラ「はい……実は気になるところはたくさんあるのですが、あたし自身もどこから話せばいいのか」

「どこからでもいいよ。テトラちゃんの気になるところを何でもいいから言ってみてよ」

テトラ「ありがとうございます。では、基本的なことから……どうして、この問題を見たときに《背理法》を使おうとすぐに思いつけるんでしょうか?」

「おっと。それは基本的なところというより、とても大事なところだと思うなあ。この問題に関していえば、 僕の場合は『覚えているから』だと思うよ」

テトラ「えっ! 暗記?」

「暗記といえるかどうかわからないけれど……もしも僕が生まれて初めて、この問題を見たとするなら、絶対に背理法なんて思いつかないはず。 僕がいつ背理法のことを知ったかはもう忘れちゃったけど、 何かの本で読んで『こんな証明の方法があるんだ!』 とすごくびっくりして印象に残ったんだ。その本に載ってたのもたぶん《$\SQRT{2}$が無理数であることの証明》だったと思う。 その後、学校で背理法に再会して、そのときも$\SQRT{2}$の話だった。 数学読み物を読んでいて背理法の話が出てくるたびに$\SQRT{2}$の話が出てくるから、自然と覚えちゃったんだね」

テトラ「ああ、そうなんですね……あたしも背理法の話を聞いて、『あたし、こんな証明、絶対思いつけない!』と思いました。 クラスの友達に聞いたら、 わかっている人はみんな『背理法だよ』とすぐに言ってたので、 『どうしてみんなそんなにすぐわかるんだろう……』と思っていました」

「なるほどね。ただね。背理法を使うのによさそうだな、ということはよく考えてみるとわかるよ。 だって《$\SQRT2$が無理数である》ということは、 《任意の整数$a,b$に対して$\SQRT2 \NEQ \frac{a}{b}$》だといってるわけだから」

テトラ「え、それで……?」

「つまり、無数の$a,b$について成り立たないことを証明しなくちゃいけないよね。それはなかなかつらい。 それだったら、背理法を使って、 具体的な$\frac{a}{b}$を使って考えを進められたほうがいい。矛盾まで進めばいいんだから」

矛盾

テトラ「あ、その矛盾も気になります。背理法を使うときに、最後に必ず矛盾が出てきます。 そこもちょっと……わかってはいるんですが、わからない感じがしています」

「だよね。その話をする前に、背理法の証明の《形》を整理しておこうか。 背理法を使った証明はこんな形になる」

背理法の形
証明したい命題を$P$とする。
《$P$は成り立たない》と仮定する。
その仮定のもとで、論理的に正しい推論を続けて矛盾を導く。
これによって、命題$P$が成り立つことを示す。

テトラ「はい……」

「さっきの《$\SQRT{2}$は無理数》の証明もこういう形だったね」

テトラ「この背理法の形は、形としては覚えているんですが、どうしても《矛盾》を導くところでひっかかります」

「ここでいう《矛盾》というのは何かというと……?」

テトラ「矛盾とは何か……?」

「ここでいう矛盾というのは、故事成語に出てくる矛と盾の話とは直接の関係はなくて、命題$Q$に対して、

《$Q$である》と《$Q$でない》の両方が成り立つこと

なんだ」

テトラ「あっ、そうでした」

「さっきの$\SQRT{2}$の場合には、《$a$と$b$は互いに素である》と《$a$と$b$は互いに素ではない》の両方が成り立つことを示したことになるね」

テトラ「《$a$と$b$が互いに素である》というのは、《$a$と$b$の最大公約数が$1$である》ということですよね? たとえば、ええと、$2$と$3$のような……あるいは、ええと、$4$と$35$のような」

「そうだね」

テトラ「それは、$\frac{a}{b}$という分数を約分し尽くした……というものを考えているんですよね?」

「そうだよ。さっきの証明(解答1)では『$a$と$b$の両方が偶数である。だから、$a$と$b$が互いに素であることに矛盾する』とすぐにいっちゃった。でも、もう少していねいにいうなら、 『$a$と$b$の両方が偶数である。だから、$a$と$b$の両方を割り切る整数$2$が存在する。 したがって、$a$と$b$は互いに素ではない。しかし、$a$と$b$はもともと互いに素である。したがって矛盾』となるかな」

テトラ「《$Q$である》と《$Q$でない》の両方がいえれば矛盾になるのですね」

「そうそう」

既約分数

テトラ「ところで、その《互いに素》という条件なんですが、あたし、背理法の証明を書くときに、そういう条件がささっと出せる自信がありません……」

「うーん、これは慣れの部分もあると思うよ。背理法を使った証明に限らないけど、

《$p$は有理数である》

という条件が出てきたら、

《$p$は整数$a,b$を使って$p = \dfrac{a}{b}$と表せる》

と言い換えるね。 そして、$a \GEQ 0, b \NEQ 0$で、$a,b$は互いに素という条件を付ける。 ……こういう言い換えはよく出てくるよ。 《$a$と$b$は互いに素》といっても《$\frac{a}{b}$は既約分数》といってもいいけど」

テトラ「既約分数……」

「さっきテトラちゃんが言った《約分し尽くした分数》だね」

テトラ「し、しつこい質問ばかりで申し訳ありません。そもそも、どうして《有理数》を《既約分数》の形にしなくてはいけないのでしょう。 つまり$a,b$を互いに素にする理由……は?」

「いやいや、しつこくなんかないよ。《有理数である》という条件を使って、そのままテトラちゃんが考えを進めることができるなら、 それでもまったくかまわない。 だから《既約分数》の形にしなくてはいけないなんてことはないんだよ。 そんな約束もルールもない」

テトラ「では、どうして……」

「うん、そうだなあ……問題1の証明の場合には、《有理数か無理数かという問題》を 《整数の問題》に移し替えたといえるかもね」

テトラ「?」

「つまりね。背理法を使って証明をするなら、《$\SQRT{2}$は有理数である》という仮定からスタートして矛盾を導きたい。 背理法が使えるかどうかは最初はわからないけど、背理法で証明できるんじゃないかと思って考えを進める。 矛盾にたどり着ければ大成功」

テトラ「はい」

「でも、《$\SQRT{2}$は有理数である》という条件から、話をどう進めていいかすぐにはわからない。 そこでいったん《有理数》という用語を分解したわけだよ。 《$\SQRT{2} = \frac{a}{b}$と表せる》といったとたん、 有理数という用語は消えるよね?」

テトラ「確かに消えています」

「有理数という用語の代わりに、$a,b$という整数が現れた」

テトラ「分数の形で」

「そうそう。分数の形で。そして$a,b$は整数だけど、ただの整数じゃない。$a \GEQ 0, b \NEQ 0$で、しかも$a$と$b$は互いに素。 そういう条件を持った二つの整数が登場したことになる。 登場したというか、僕たちが登場させたんだけどね。証明の道を探っていくために」

テトラ「既約分数というのは、たとえば、$\frac{4}{8}$や$\frac{3}{6}$じゃなくて$\frac{1}{2}$のような形になっているという意味ですよね? それ以上約分できない」

「そうそう、そういうこと。そうしたら、$$ \SQRT{2} = \dfrac{a}{b} $$ という式が作れた。式が作れたというのは大きな一歩だよ。 《$\SQRT{2}$は有理数》ではどう考えていいかわからなかったのに、 《$\SQRT{2} = \dfrac{a}{b}$》という式を作れたなら、 この等式を変形していくことで、いろんな主張を作り出すことができることになる。 つまり考えを進められる」

テトラ「なるほど……」

「実際、さっきの証明でも、この等式を使って、式変形を繰り返して、最終的に矛盾を導いたわけだね」

テトラ「はい……《$a,b$は互いに素である》と《$a,b$は互いに素でない》がいえました」

「その通り、その通り。だから《有理数》を《互いに素》を使って$a,b$という二整数に置き換えたことによって、 僕たちは、

  • 議論を先に進めるための数式を得たし、
  • 矛盾を作り出す二つの命題を作れた。
といえるんだよ。 とにかく、式を作れるようになるのは大きな一歩だと思うよ」

既約分数?

テトラ「先輩のお話はとてもよくわかりました。《有理数》をうまく言い換えて、$a,b$という二整数の話にしたときに《互いに素》が出てきた……と」

「そうだね。《有理数》を《既約分数》で表したから」

テトラ「あの……またまた疑問が出てきたのですが、いいでしょうか」

「どうぞどうぞ、いくらでも」

テトラ「有理数というのは、既約分数でなくてもいいですよね?」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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hyuki 金曜日は『数学ガールの秘密ノート』の日。最新回はお休み。無料リンク2個をツイート。公式 「論理と証明」第4章(前編) 【01/06 13:35まで無料 】 https://t.co/r6lbNGOt08 2年弱前 replyretweetfavorite

hyuki Web連載「数学ガールの秘密ノート」は毎週金曜日に更新。最新回は一週間無料で読めます。公式 「論理と証明」 https://t.co/z6Dcgo6acE 約2年前 replyretweetfavorite

fumuplus 土日でじっくり読めるのでうれしい https://t.co/hsafqBrTuJ 約2年前 replyretweetfavorite

hyuki ちなみに今シーズンのWeb連載「数学ガールの秘密ノート」は、最新回を1週間無料にしていきますので、みなさんぜひお読みください。 https://t.co/qaaGo0bYd2 約2年前 replyretweetfavorite