多重人格者たちと並走した19年

「恋人が惨殺され、そのショックから多重人格者となった元刑事が、次々と起こる猟奇殺人事件の謎を追う」というショッキング・サスペンス『多重人格探偵サイコ』。その過激な死体描写から、印刷所の輪転機が止められ、連載初回がいきなり休載になった逸話を持つ伝説の作品が19年の月日を経て完結しました。
白と黒の圧倒的な表現力で、比類ない存在感を誇る漫画家の田島昭宇さんに、多重人格探偵と並走した19年間をじっくりと聞きました。

現実と漫画がシンクロしていた最終巻

— 今年6月末に、『多重人格探偵サイコ』(以下、『サイコ』)最終巻の24巻が発売になりました。長い間、おつかれさまでした。

田島昭宇(以下、田島) ありがとうございます。

多重人格探偵サイコ(24)<多重人格探偵サイコ> (角川コミックス・エース)
『多重人格探偵サイコ』(24)

— 19年に渡って一つの作品に関わるということは、想像を絶するものがあります。

田島 まあ、時折休みながらやってたんで。でも、その都度きついことはありましたね。

— 11月12日から、『サイコ』のカラー原画展-LOVE GOD MURDER-が開催されます。今回の原画展で田島さんにとっても『サイコ』が完全に終わるという感じでしょうか?


© Sho-u TAJIMA,OTSUKA Eiji Jimusyo

田島 そうですね。漫画の連載が終わるといつも感無量な気持ちになります。しかし、今回は終わっても夏の原画展の準備があったり、今回は俺んちの家庭の事情も入っていていたりと、あんまり終わった〜という感じにはならずにずっと続いている感じですね。
※『HUMAN 1/2 BABY DAYS』:各週三期に分けて『サイコ』原画が展示されていた。

— 19年続いた作品が完結して、読者に届けられたことはやはりすごいことですよね。

田島 最終話に「THE END」って書けたので、ほんと最後まで描けてよかったです。家庭の事情っていうのは離婚したんです。今は息子と二人で暮らしてます。だから、『サイコ』と一緒に結婚生活も葬った感じもあって。

— 立ち入った話ですが、最近のことなのですか?

田島 8月の頭ですね。去年末ぐらいからそんな感じになっていて。『サイコ』も終わる頃だったから精神的にすごくきつかったです。

— 実生活と漫画がシンクロせざるをえなかった。

田島 最終巻である24巻の最後の数話を描いている時は凄まじかったです。

— 漫画はすごく優しい終わりかたでしたが。

田島 いや、でも、だいたいその頃の俺の心情が全部入ってますよ。

『サイコ』は漫画でやる予定ではなかった

— 『サイコ』の連載は『少年エース』で97年に始まっていますが、どういう風に始まったんですか?

田島 最初は大塚英志さんの事務所でやっていたゲームの企画でした。大塚さんにこういうネタをゲームでやりたいので、キャラクターデザインだけやってくれないかと言われて。

— そういう始まりだったんですね。

田島 いいですよ、キャラデザやりますよって。

— わりと軽い感じで。

田島 うん。その当時、『少年エース』の編集の方ともなんかやろうと話していたので、俺これで漫画描こうかなって伝えたら、これやりましょうって始まりました。

— 1巻(1997年当時)ぐらいの時のことって覚えてますか?

田島 おぼえてますよ。携帯電話が出始めた頃でした。漫画の中でも「携帯を置いてこいよ」とか、「持ってくんなよ」みたいな台詞があったりして。今だったら持ってないと「なんで?」って感じになりますよね。

— 2000年代に入ってからは登場する携帯電話もガラケーからスマホになりました。それまでは携帯のアンテナを伸ばすシーンがあったりと、読み返すと時代の流れを感じます。

田島 それは描かないと自分が楽しくなかったんでしょうね。

— 『サイコ』は、過激な死体描写が物議を醸して、いくつかの県では有害図書 に指定されたことも印象深いです。
※青少年保護育成条例に基づいて06年茨城県、07年に香川県、岩手県、08年に福島県、大分県、長崎県で有害図書指定された

田島 はいはいはい、されました(笑)。

— 発売当時に僕は高校生だったのですが、夢に出てきてフラッシュバックするぐらい強烈な作品でした。すごく美しい絵なのに猟奇殺人や死体描写といった刺激が強くて、とてつもない衝撃がありました。

あとがき
「多重人格探偵サイコ」の連載開始時に本作品に於ける死体描写について掲載誌の版元である角川書店から若干の懸念が示されていたことがあり、今回初めてこの作品を目にする読者にこの点に関して私見を記しておく。
 版元の懸念は原作者である私がシナリオ及びシナリオに添付した設定書で指示した死体の表現が少年まんが誌にふさわしいか否かにある。作品の主題に関わることなので詳しくは記さないが、少年まんが誌であるからこそ私は『死体』をビジュアル上の表現の根幹に置く原作を書くことにした。ただの記号ではない身体をまんが表現はいかに回復すべきかという問いは、例えば評論家としての私が『戦後まんがの表現空間』等の著作で常に問題としてきたものである。不幸な事件が起きるたびにまんがやアニメやTVゲームは記号のように人の死を描くメディアとして批判の対象となる。私たちはただそれを理不尽なものとしていきどおるだけでやり過ごすが、例えばSFまんがで、地球上の何割か死んだはずの出来事が描かれながら、たった一つの死体も描かれないというのがまんが表現に於ける〈死〉の描かれ方とすれば、〈死〉はやはり記号でしかない。
 死体を描くことは直接の目的ではない。ただ、死体が死体として存在する世界をまず構築しなければ、私は私が意図することを表現できない、と考える。そのことを含め、作品が終わった時点で、私が作品に込めたものが批評されることを私は拒まない。そのことだけ述べておく。

大塚英志
(サイコ1巻あとがきより)

— 田島さんとしても、今まで漫画でやっていないようなことや、記号化してない死体を描くんだという強い思いはあったのでしょうか?

田島 死体感をしっかり出したいと思って描いていました。でも、そんなに新しいことをしてやるっていう気負いはなかったですね。映画の『セブン』とかが日本に入ってきたりしていたので、そういう流れとうまくかちあったんだと思います。
※セブン:1995年のデヴィッド・フィンチャーが監督したアメリカ映画。キリスト教の「七つの大罪」をモチーフにした連続猟奇殺人事件と、その事件を追う刑事たちの姿を描いたサイコ・サスペンス。

主人公「雨宮一彦」に対しての想い

— 19年の連載中にお子さんが生まれたことで変わられたことはありますか?

田島 うん、デカかったし、変わった部分はありますよ。それは漫画にもだいぶ出ました。

— 具体的にはどういうところでしょうか?

以降、終盤のネタバレあり。未読の方はご注意ください。

田島 やっぱり「雨宮一彦」を守るという部分ですね。まるで子供みたいになっていった。西園弖虎と伊園美和が彼を守るために動いていったことに大きく反映されましたね。
※雨宮一彦:『サイコ』の主人公で、戸籍上の小林洋介という肉体に「小林洋介」の人格が消滅してから主人格となる人格


© Sho-u TAJIMA,OTSUKA Eiji Jimusyo

— 確かに、作中では弖虎が『雨宮一彦は誰にも渡さねー』だったり、美和が弖虎に『雨宮一彦を無くさないって…』などのセリフがありました。お子さんが生まれてなかったらまったく違う台詞になっていたと思われますか?

田島 はい、「雨宮一彦」に対しての思い入れも全然違うものになっていましたね。

— 「雨宮一彦」というのはガクソという組織に作られたプログラム人格という設定でしたが、途中から田島さんの中では自分の子供のような存在になっていった?

田島 最初はあんまりそういう考えはなかったんですけどね。基本的には作品にそういう私情みたいなものはほとんど持ち込まないし考えないんだけど。

— でも振り返ってみればそういうところがあると。

田島 そうですね。

— 『サイコ』1巻、2巻は設定や時系列が複雑な印象がありました。そこは原作者である大塚さんから緻密に設定や展開が渡されていたのですか?

田島 設定は、大塚さんの方ではある程度は設定されていました。
 ただ、最初の方で出てこない部分だったり、未定になっている箇所については俺がこういうことかなとか、こうなっていくんだろうとか想像しながら漫画に落とし込みながら描いていきました。

— そうなると田島さんがそうやって漫画を描かれていく中で、当初はなかったような場面や展開を大塚さんが受けて、その都度、原作の部分を修正しながら進んでいく感じだったのでしょうか?

田島 本当にそんな感じでしたね。お互いが作ったものを受けて、それぞれのパーツをうまく使いながら話を回転させていきました。

「雨宮一彦」は消えるはずだった

— 連載時から気になっていたことなのですが、途中で西園弖虎の中に「雨宮一彦」の人格が保管されて、主人公が弖虎に変わって第2章みたいな感じになっていきましたが、あれは最初の時点で決まっていたのでしょうか?

田島 あれは当初の設定ではない展開でした。大塚さんが書いてきたシナリオだと「雨宮一彦」の保管はなかった。

— え、そうなんですか。つまり、大塚さんの原作だと「雨宮一彦」がいないエンディングが予定されていたということでしょうか?

田島 ええ。大塚さんは「雨宮一彦」をあそこで切って、物語を大きく変えて終わらそうという筋だった。それに対して俺は「雨宮一彦」で最後までいって終わりたいって想いが強くあったので、絶対にあそこで「雨宮一彦」っていうキャラクターを切りたくなかったんです。

— 田島さんの中では「雨宮一彦」が西園伸二の人格になっている時に殺されてはいけなかった?

田島 うん、あそこで「雨宮一彦」の肉体が消滅してしまうと中にいるその人格も消えてしまう。
 だから「雨宮一彦」が生き延びるっていうのは、大塚さんのシナリオにはなかったんだけど、あそこで俺は弖虎に「雨宮一彦」という人格を保管させて受け入れさせた。それが最後まで彼で物語を描きたかった俺の伏線というか突き通した部分になっていきました。

— 大塚さんの原作ではどういうシナリオになっていたんですか?

田島 たしか最後は笹山徹が主人公になってひと事件解決するんだけど、最後は笹山も多重人格者になってしまうという終わりだったんです。
 でも、俺が「雨宮一彦」を消滅させたくなくて、弖虎の方に保管する流れを作ったから大塚さんが書いてくれていたシナリオとの大きな乖離ができてしまった。それ以降は大塚さんのシナリオは「雨宮一彦」がいない話として書かれていたので、使えるパーツや物語の一部を、取り込んでまとめていきました。

— 聞いていると漫画に出てきた多重人格者のように、物語の上で漫画家と原作者の乖離が本当に起きていたんだという印象を受けますね。

田島 そうですね。それがあったので大塚さんが連載当初のように『サイコ』に関わらなくなっていくことにもなってしまったんだけど、それでも漫画はやっていかないといけなかったから。

— 夏に開催されていた展示では数冊の田島さんのネタ帳『StROLL IN THE BRAIN WORLD』※も自由に見ることができました。ネタだしやセリフだったりコマ割りなどを、田島さんがほとんどそこに書かれていて、大塚さんの原作とはどういう風な役割分担なのだろうかと思っていたのですが、腑に落ちた気がします。
※『StROLL IN THE BRAIN WORLD』:通称サイコノート。11/12からのカラー原画展-LOVE GOD MURDER-で販売予定

田島 あれは大塚さんのシナリオと乖離する前から描いていたんですが、弖虎が活躍しだした以降を自分のネタ帳をメインにしながら漫画を描いていきました。

— 主人公が途中で交代するマンガも珍しいですよね。
『サイコ』という物語の冒頭は、「俺はダレなんだ」という問いかけから始まりました。「多重人格」と「殺人」によるサスペンスながら、人間の精神とは何か、自分とは何かと問いかけるような主題があったように思います。

田島 幼い時にあんたは川で拾ってきた子供みたいなことを、お母さんに言われたりしませんでしたか。俺は言われた記憶があるんですけど、そういうのが残っていて、俺って一体なんなんだろうみたいな。俺の精神年齢が低いままだからかもしれないですけど、そういう作品になった気がしますね。

— 次回は原作である大塚さんとの関係性や役割についてお話伺えればと思います。

次回「原作者と漫画家という2つのオリジナルの間で」へつづく

聞き手:中島洋一・碇本学 構成:碇本学


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田島昭宇カラー原画展 -LOVE GOD MURDER-
2016年11月12日(土)~11月28日(月)

『多重人格探偵サイコ』のカラーイラストを1冊にまとめた豪華画集

多重人格探偵サイコ画集 LOVE GOD MURDER
『多重人格探偵サイコ画集 LOVE GOD MURDER』

この連載について

田島昭宇と『多重人格探偵サイコ』の19年

田島昭宇

漫画表現において、圧倒的な白と黒の表現力で見る者の心を掴んで離さない漫画家・田島昭宇さん。画業30周年の今年、1997年から連載が開始した『多重人格探偵サイコ』が19年の月日を経て完結しました。 「恋人が猟奇殺人犯の被害に遭い、そのシ...もっと読む

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コメント

yanohiroyuki0 #田島昭宇 #大塚英志 # 3ヶ月前 replyretweetfavorite

yanohiroyuki0 #田島昭宇 # 4ヶ月前 replyretweetfavorite

papanoju_neo https://t.co/gI61OKbmz5 9ヶ月前 replyretweetfavorite

volvo_aniki @zuccina 僕も3巻くらいで止まってたんですが、気になってググってみたら近年まで連載されてたんすね。 グロいとわかりつつ懐かしさも相俟って読みたくなってますわ今w https://t.co/OdUHQzen76 10ヶ月前 replyretweetfavorite