サラリーマンが人気マンガ家になれた理由

『ROLA』にてアラサー向け少女マンガ『彼女のいる彼氏』を連載中の矢島光さんと、cakesの人気連載『左ききのエレン』作者・かっぴーさんとの対談が実現しました。大学卒業後、会社員生活を経てマンガ家として活躍するおふたり。家族に対するコンプレックスの話から、マンガ家になる前に会社員生活を選択した理由、さらに現在発売中の著作『彼女のいる彼氏』『左ききのエレン』について語り合っていただきました。

左:矢島光さん、右:かっぴーさん

どちらのマンガも解像度が高いぶん、違いが目立つ

かっぴー 矢島さんの描いた『彼女のいる彼氏』、発売されている単行本と『ROLA』のアプリで最新話まで全部読みましたよ!

彼女のいる彼氏 1 (BUNCH COMICS)
彼女のいる彼氏 1 (BUNCH COMICS)

矢島光(以下、矢島) えー! ありがとうございます!

かっぴー めっちゃキュンキュンしました……。最近、少女マンガばっかり読んでて。もう自分は少女なんじゃないかってくらい。

矢島 『彼女のいる彼氏』は少女マンガといっても、アラサー向け少女マンガですけどね(笑)。しかも、アラサー向け少女マンガといっても設定はすごい現実的で。大手IT企業が舞台で、キラキラ女子とオラオラ男子だらけなのに、主人公の咲(小泉咲)はしょっちゅうこじらせて卑屈になって、仕事も恋もあんまりうまくいかなくて……ってリアルにいそうな感じの。

かっぴー そうそう。咲ちゃんが、同僚で友達のルミちゃん(藤田ルミ)から「女出さなくても王子様が勝手にノッてくれるのは、アラサー向けの少女マンガだけだよ」って言われる場面とかあるじゃないですか。あえて「読んで夢見られるような少女マンガじゃないんだ」って思わせるようなセリフが出てくるのが面白いと思いました。


(『彼氏のいる彼女』第3話より)

矢島 そうですね、やさしい少女マンガじゃないよって。

かっぴー 僕、以前、広告代理店に勤めてたんですけど、男性陣見てたら「ああ、こんな人いたな」ってすごい思って。たとえば職人気質のデザイナーの佐倉(佐倉直己)は「いるいる」って感じがしつつも、良い部分が持ち上げられているなとか。営業の徳様(徳永靖太郎)の方はもう、そっくりな人が友達にいる!(笑)

矢島 ほんとですか! 徳様は、私の友達をモデルにしてるんですよ。

かっぴー やっぱり。いるんですよねー、こういうやつ! 僕、徳様がもう、すごいうらやましいんですよ! すげえ、すげえうらやましい……(笑)。食事の誘い方とかが、いいじゃないですか。絶妙にクサくなくていい感じで、チャラすぎずギリギリ。「えっ、もしかして本気なのかな?」って思っちゃうくらいの……もう今、めちゃくちゃ女子目線で話してますけど。

矢島 わかります(笑)。私は『左ききのエレン』を読んでるときは、申し訳ない気持ちになってくるんですよ。私の作品もみんな恋に仕事に一生懸命なんですけど、誰かが支えてくれたり助けてくれたりして、なんとなく甘えているところがある。でも『左ききのエレン』は登場人物がみんな自分の夢を叶えるためにめちゃくちゃ一生懸命で、一方私のマンガはみんなフラフラしてて……自分の作品ながら「お前ら仕事もっとがんばれよ!」って思っちゃう(笑)。

かっぴー そうなんですね(笑)。

矢島 私自身、最後は誰かが助けてくれるような環境にいたので、主人公の光一くんみたいに歯を食いしばるようなこともせず、ぬくぬくと育っちゃったと思うんです。私もこれくらい厳しい環境を描きたいですけど、描けないです。やっぱり経験してないから。

かっぴー 僕は広告代理店、矢島さんはサイバーエージェントっていうお互い自分のいた会社を具体的にモデルにしてるから、「この文化はこの会社ならではなんだろうなあ」とか、それぞれ感じるところはあったと思うんですよね。解像度が高いぶん、違いが目立つというか。

矢島 「解像度が高いぶん、違いが目立つ」。なるほど……。

かっぴー だって実際、めっちゃ解像度高いですよね!

矢島 私、会社勤めをしてたときはフロントエンジニアだったんですけど、デザインも多少していて。それこそUIデザイナーとして働く咲ちゃんが6話目でやってたみたいに、エンジニアさんのミスを雑に伝えたらその雑さを逆に指摘されちゃって、それに対してまた強めに言っちゃって……みたいなこともありました。そりゃあいい関係になるわけないよねって、今だからすごくわかるんですけど。

かっぴー 『左ききのエレン』だって、主人公の光一(朝倉光一)がピンチなときって、基本的に光一に原因がありますからね(笑)。僕も、会社勤めしてたときに自分の能力がまるで及ばなかった思い出があって、そのトラウマを中心に描いてるのが『左ききのエレン』なんです。光一が新人でデザイナーとして働いてて、アートディレクターの先輩とか営業とかから「段取りが悪い」とかどやされるじゃないですか。ああいうのはもう、自分の思い出。

矢島 光一の先輩のアートディレクターの神谷さん、かっこいですよね。


光一に厳しい言葉を投げかける上司・神谷(『左ききのエレン』第13話より)

かっぴー そうそう。あんな超優秀な先輩が身近にいたら甘えちゃうというか、自分が発言するイメージがどんどんなくなっていくんですよね。そういうことを描きたかった。

矢島 実際にそういう先輩がいたんですか?

かっぴー いました。というか、『左ききのエレン』の中で名前がついているキャラクターは、全員モデルになっている人がいます。

矢島 エレンちゃんみたいな子もいたんですか?

かっぴー いましたね。エレンのモデルとは高校のときに出会ったんです。圧倒的に絵が上手かったんですけど、勉強が本当に苦手な子で。美大とか芸大って意外と無視できないレベルの学力も必要だから、そこで挫折しちゃって。だからその子は、僕の中で“飛び立てなかったエレン”なんですよ。あの子が飛び立ててたらこうなってたかもしれない……っていう感じで描いてます。

天才というものへのコンプレックス

矢島 私は美大出身じゃないんですが、もし自分が美大に行ってたらマンガ描けなかったかもなって思うんですけど……。みんな上手いから、私が描かなくていいやって思っちゃいそう。

かっぴー それ、すごくわかりますよ。僕は絵が下手なのは自分でわかっていて、だから大丈夫なんですが、美大に行くと上手い人ってどこまでも上手いんですよね。で、僕はマンガというよりも、絵コンテを描いてるつもりなんです。代理店にいたときはCMの絵コンテを仕事で描いていたんですけど、ぼく、絵コンテは結構上手かったんですよ。展開を伝えるためにばーって描けばいいから。あ、絵コンテって、コマ数が少なければ少ないほどいいんですよ。少ないコマで状況がきちんと説明できてるといい絵コンテになる。

矢島 へー! 面白い。

かっぴー 最近、1話に1コマくらい大きな絵を入れてるんですけど、あれは「これで伝えたいこと、大体わかってくれないかなあ」って。だから26話で2人が手を挙げてるシーンを切り取って、「このシーンはさゆりの表情とエレンの表情が……」みたいにツイッターで語ってくれてる人とか見ると、よかったなあって思う。


『左ききのエレン』第26話より)

矢島 私、『左ききのエレン』を読んでて、エレンちゃんが父親を尊敬しているのが偉いなあと思ったんです。なんであの設定にしたんですか?

かっぴー 天才って、圧倒的に何かが足りないんですよね。たとえば、突き抜けてお金がないとか、常識がないとか。突き抜けて足りてない人が大成する。エレンもやっぱり足りてなくて、本来普通の人に備わってるものに対してすごいコンプレックスを感じていて。で、そのコンプレックスを光一と関連づけたかったんですよね。だから、あんまり直接的に見せてはいないんですけど、エレンは光一に自分の父親を重ねて見てるんです。

矢島 ああー……なるほど。

かっぴー 才能がなかったけど本当に絵を描くことが好きで、死ぬまで描き続けた父親が、最終的に絶望して死んだかもしれないっていうことがエレンにとってトラウマなんですよね。だから、僕のコンプレックスと紐づけるためにエレンの父親を出したっていう。

矢島 かっぴーさんのコンプレックスっていうのは、才能に対してですか?

かっぴー そう。天才へのコンプレックスです。

矢島 実は、私の父親は俳優で、家があんまり豊かじゃなかったんですよ。「お金がないのはお父さんが役者なんかやってるからだ!」って思って、父親の仕事を認められないころもあったんです。だからエレンは偉いなと思って。私はこんなふうに尊敬なんてできなかったって。

かっぴー エレンの場合は、自分と父親の好きなものが共通していたから尊敬できたんだと思います。あれが違うジャンルだったらもっと違っていたはず。

矢島 たしかにそうかもしれないです。理解に苦しみつつも、父親を見ていて「ああ、私は凡人だな」ってコンプレックスを感じてたんですよね。だから、学歴さえあれば凡人じゃなくなるかもしれないと思って、大学受験をがんばったんです。エレンと形は違えど、がんばりの根源が父親にあって。かっぴーさんもそういう家族コンプレックスみたいなのあるのかな、って思いながら読んでたんですけど……ないですか?

かっぴー ありますよ。僕の父親は写真家で、僕は街の写真館で生まれ育って。

矢島 へー! そうだったんですね!

かっぴー それで母親は華道の資格を持っていて、おじいちゃんは呉服屋で、おばあちゃんが美容師で……って感じで、周りにサラリーマンがいなかったんです。それで子供のころの夢が、「サラリーマンになりたい」で(笑)。なんか……ちゃんとしたかったんですよね。

矢島 すごくわかります。私は大学生のころマンガで新人賞をとったことで、そのままマンガ家になることもできたんです。でも一度就職をしたのは、親を見ていて、いちど会社でちゃんと働いてお金を稼いでみたかったから。ちなみに会社員のときは、平日に仕事が終わってから自分のマンガを描いて、土日は『宇宙兄弟』の小山宙哉先生のアシスタントとして働いてたんです。

かっぴー え、そうだったんですか! めちゃくちゃハードじゃないですか。休みないでしょ。

矢島 そうなんですよ、今じゃもう考えられないような生活してました(笑)。で、そんな中でなんとか自分のマンガを2本描き上げてマンガ雑誌の編集者の方に見ていただいたんですけど、最終的に両方ボツって言われちゃって。しかもそのタイミングで担当編集者が交代になって、「もう一度描き直して」って言われたんですよ。それはもう、さすがに心がポキッと折れちゃって。

かっぴー うわ、きっつい。そりゃあ折れますよ。

矢島 それでもうマンガ雑誌で描くのは無理だなあと思っていたんですけど、半年くらい経って、ふと見ていたツイッターにギャグの4コママンガが流れてきたのが目にとまって。「こういう感じのマンガなら描けるかもしれない」と思ったんです。ナメてますよね(笑)。それで今連載してる『ROLA』の編集部にマンガを持ち込んだんです。

後編「マンガで元気づけたい、肯定したい—人気マンガ家たちが作品に込める想い」は、11月21日(月)更新予定

構成:鈴木 梢


Kindle版「左ききのエレン」3・4巻 発売中!

左ききのエレン(3): 不夜城の兵隊
左ききのエレン(3): 不夜城の兵隊

左ききのエレン(4): 対岸の二人
左ききのエレン(4): 対岸の二人

この連載について

ウェブマンガ家の頭のなか—矢島光×かっぴー

矢島光 /かっぴー

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コメント

ponyko よい。https://t.co/6wI0JnvDpq 10ヶ月前 replyretweetfavorite

r1ccha 面白かった!すっきりして読みやすい! 10ヶ月前 replyretweetfavorite

karinrin_chu 私も家族コンプレックスがあるから、今こういう夢を持ってこの状況で生きているんじゃないか?と、ちょっと不安になった(笑)。 10ヶ月前 replyretweetfavorite

7as30_bbb どっちの漫画も本当に好き https://t.co/56VanV7dQP 10ヶ月前 replyretweetfavorite