23歳男性。生後一週間でマクローリン展開をする。四歳でハーヴァードに入学。六歳で数学の博士号を取る。二十歳で万物理論を完成させたのち、「コミュニケーション」の発明を行う古見宇発明研究所を設立する。
ニケ
32歳女性。古見宇研究所助手。好きなものは竹輪とGINZA。嫌いなものはセリーヌ・ディオン。「宇宙の解」を知って絶望していた博士に「コミュニケーション」という難題を与え、結果的に古見宇研究所の設立に繋げる。
「ニケ君! 大変だよ!」
出勤すると同時に、珍しく博士がひどく慌てていた。
「朝からどうしたんですか?」
「僕の発明『イケメン力発電機』で、日本が滅びるかもしれないんだ!」
「そりゃ物騒な話ですね」
私がのんびりと事務机で朝食の竹輪をかじっていると、博士が「食事してる場合じゃないよ!」と声を張った。「日本が消滅してもいいの?」
「そりゃ嫌ですけど……どうしたんですか?」
博士は「ああ、どこから話せばいいんだろう」とつぶやいてから、「そうだね——」とひとりで頷いた。「——ニケ君は『質量保存の法則』って知ってる?」
「えーっと、たしか燃えたりしても重さが変わらない、みたいな感じでしたっけ」
「正確には物質を化学反応させても、前後で質量が変わらないってことだね。意外と知られていないのは、世の中には多くの保存則が存在している、という事実なんだ。たとえば『不便保存の法則』なんかがそう」
「不便?」
「たとえば大昔は、人類にとって徒歩が唯一の移動手段だった。しかしこれでは遠くへ移動するのに時間がかかって不便だということで、人類は馬に乗るようになったのさ。だが馬は生き物なので扱いが難しかったし、速度にも限界があった。やっぱり不便だ、ということで人類は自動車を開発した。でもその自動車にもやはり色々な不便が発見されて、オートマになったりカーナビが開発されたり、今では自動運転も検討されていたりする」
「つまり、不便をなくそうとして便利なものを作っても、そこに新たな不便が発生してしまう以上、不便は決してなくならない、という話ですね」
「まさしく。ポルトガル人科学者フーベンス・ホゾンタールは世の中の不便の総量が常に一定であることを証明し、『不便保存の法則』を明らかにした。同様に『暴力保存の法則』や『ゴミJ-POP曲保存の法則』などが次々と証明されている」
「そんなマイナーな保存則が……。それで、その話がイケメンとどう関係するんですか?」
「僕は数ヶ月前、カナダで開催された『国際オタサーの姫研究カンファレンス』にて、『イケメン保存の法則』についての発表を行ったんだ。化学反応の前後において、ある閉じた系、つまり特定のコミュニティ内に存在するイケメンの総量は常に一定だという説だよ」
「どういうことですか?」
「たとえば、学校に二百人の学年があったとする。男が百人、女が百人。百人の男のうち、イケメンが十人いたとして、そのイケメンの一人が何かのウイルスで死ぬ。すると、今まで普通だった男、つまりフツメンの一人がイケメンに昇格して、結果としてイケメンの総数は十人で変化しない、という話さ」
「わかるような、わからないような……」
「時間も限られていて、かなり大雑把に話しているので勘弁してくれ。もっとわかりやすい話なら、たとえばイケてない人の多い集団にもイケメン保存則は適用できて、その集団ではイケてない人でもイケメン扱いされる、という事例だよ」
「ああ、それはなんとなくわかります」
「もちろんこれは女性にも同じことが言えるんだ。サークルクラッシャーやオタサーの姫と呼ばれる人は、他集団でイケてなくても、イケメン保存の法則によって美女扱いされているんだ。当然、集団に新たなイケメンがやってきたことでイケメンの座を追われてしまう者もいる。イケメンとしての資格を奪われてしまうわけさ」