人に見下されないだけのお金がほしい

田舎町の貧しい崩壊家庭に生まれたジム少年は、ある夏の日、ふらりと訪れた手品用品の店で不思議な女性と出会います。その女性は「何でも欲しいものを出せるマジック」を教えてあげるから毎日店に来るように言いました。半信半疑でジムは店に通い続け、そして自分が変わっていくことを実感します。そしてついに、「最強のマジック」を教えてもらえる日がやってきました。

いくらあったら充分なのか

夏も終わりに近づき、ルースが約束してくれた、人生を変えてくれる門外不出の最強のマジックを教えてもらうのを、僕は待っていた。ルースがあと1週間でこの町から去ることになった。僕にはそれまでの6週間が永遠にも一瞬にも感じられた。

家ではあんまりうまくいっていなかった。母さんはますますふさぎ込んでいた。父さんは飲み歩いて仕事に行かなくなり、またしてもクビになって、いまは家でたばこを吸いながらテレビを見るだけの生活だ。僕には家賃を払うと約束してくれたし、心配するなとも言ってたけど、そんな約束はあまり意味がなかった。僕は心配だった。追い出されるんじゃないかと心配だった。母さんが薬を飲みすぎるんじゃないかと心配だった。父さんがまた酒を飲みはじめて、なけなしのお金を持っていくんじゃないかと心配だった。

家に帰る僕は、重いため息をつきながら、マジックショップのドアを出た。ニールがカウンターの後ろで僕に手を振った。その前の日、僕が店を出ようとすると、ニールがマジシャンだけの秘密の協会があることを教えてくれた。招待されないと入れなくて、マジシャン以外には秘密を明かしちゃいけないことになってるらしい。

「でも、君にはすごい秘密をひとつ教えてあげよう」とニールは言った。

「自分のマジックを信じるんだ。それが偉大なマジシャンの秘訣なんだ。偉大なマジシャンは自分が観客に見せるストーリーを信じてるし、自分自身を信じてる。自分を信じる力と、観客を信じさせる力が大切なんだ。観客を騙すのがトリックじゃない。本物のマジシャンは、なんでも可能で、すべてが本物で、信じられないことが信じられる世界に、観客を連れていくんだよ」

どうして僕にそんなことを教えてくれるのか、ニールに聞いた。僕は秘密のマジック協会の会員じゃないのに。

「ジム、君はそのうち偉大なマジックをやるようになる。僕は知ってるよ。母も知ってる。でも君自身がそれを知らなくちゃならない。心からそれを信じる必要があるんだ。それがいちばん大切だし、すべてのマジックのなかで何より大事な秘訣なんだ。明日、最後のトリックの練習を始めるときに思い出してほしい。母がいなくなっても、そのことを憶えておいて」

ルースは大きなキャンドルに火をともし、奥の部屋の真ん中にある、テレビ台みたいな小さな台の上にそれを置いた。初めて見るろうそくだ。背の高い赤いガラスの円筒の外側に、茶色とオレンジの渦巻模様がついていた。渦巻模様のせいでろうそくの炎が動いて踊っているように見えた。ルースは部屋の照明を消して、薄暗い中でいつもよりあやしい雰囲気になった。

「なんのにおい?」ルースに聞いた。

「サンダルウッドよ。夢を見るのにいいの」

降霊術か、コックリさんでもやるのかと思った。ここに来た最初の日に戻ったみたいで、僕は興奮と緊張でドキドキした。

「座って」

ルースは僕の向かいに座って、しばらく僕の目をじっと見つめた。

「ジム、人生でいちばん欲しいものを教えて」

なんて答えていいかわからなかった。お金が欲しいことはわかっていた。これから先ずっと何も心配しなくていいくらいのお金。いつでも欲しいものが買えるだけのお金。みんなが僕の成功を認めて僕を真剣に受け止めてくれるだけのお金。僕が幸せになれて、母さんがふさぎ込まなくて、父さんが飲まなくていいだけのお金。

「できるだけ詳しく」

口に出すのが少し恥ずかしかったけど、とりあえず言った。

「お金がたくさん欲しい」

ルースはにっこりした。

「どのくらい? 具体的に」

どのくらいのお金があれば、そうしたことが全部かなうのか考えたこともなかった。全然わからなかった。

「充分なお金が欲しい」

ルースは小さく声を出して笑った。

「ジム、いくらあったら充分なのか、声に出して教えてちょうだい」

僕は考えた。学校のそばでシルバーのポルシェ911タルガをよく見かけた。きっと近くで働いているか、あの辺に住んでるんだろう。すごくかっこよかった。いつかあんなふうになりたかった。父親が建設会社をやっている友だちが僕を家に呼んでくれたことを思い出した。広い裏庭のあるお屋敷で、バカでかいプールとテニスコートがあった。その友だちの父親はプールのそばに寝そべって、ダイヤモンドのついた金のロレックスを腕からはずしてテーブルの上に置いた。僕がそれを見ていたら、触っていいよと言われた。すごく重かった。純金だと言っていた。失礼な質問だとも知らずに、いくらですかと聞いた。その人はまばたきもせず、6000ドルだと言った。1968年当時には、ものすごい大金だ。いつかきっとあんな時計を持つようになるんだと自分に誓った。

テレビ番組の『ファンタジー・アイランド』を見たときは、島を持つのもいいなと思った。

夢見るだけならタダだ。捻れた前歯を直して、バカにされたり恥ずかしい思いをしなくすむようになりたかった。テレビで見た高級レストランにも行きたかった。自分の名前がついた場所ができるくらい、金持ちになりたかった。それが全部かなったら大丈夫だと思えるはずだ。そう、いちばん欲しいのはそれだった。これで大丈夫だ、と思いたかった。

「たくさん。なんでも欲しいものが持てるくらい充分なお金」

ルースはすぐにこう聞き返した。

「いくらなら充分なの?」

200万ドル、と言おうと思ったけれど、ルースに欲張りだと思われたくなかった。最後にこう言った。

「100万ドル。それだけあったら」

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スタンフォードの脳外科医が教わった、人生の扉を開く最強のマジック

ジェームズ・ドゥティ

スタンフォード大学の脳外科医、ジェームズ・ドゥティ氏は子供時代、アル中の父、鬱病の母の面倒をみながら生活保護で暮らしていました。大学進学など想像も出来なかった人生を変えたのは、手品用品店で出会った女性から教わった「マジック」でした。そ...もっと読む

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guriswest 『生徒に準備ができると、先生が現れる』 3年以上前 replyretweetfavorite