人生で何を受け入れるかは自分で選ぶ

田舎町の貧しい崩壊家庭に生まれたジム少年は、ある夏の日、ふらりと訪れた手品用品の店で不思議な女性と出会います。その女性は「何でも欲しいものを出せるマジック」を教えてあげるから毎日店に来るように言いました。半信半疑でジムは店に通い続け、そして自分が変わっていくことを実感しはじめます。そんなある日、いじめの現場に出くわしたジムがとった行動は……。

いじめっ子の痛みと悲しみが見えた

いつもより早めに家を出た。その日のランカスターは、40度近い記録的な暑さになるという予報だったからだ。自転車をこぎ、ちょうどいい調子になってきたところで、教会の隣の原っぱから怒鳴り声が聞こえてきた。

年上の男の子が誰かを殴りつけていた。その子は僕より二つ上の学年で、兄ちゃんも僕も突つかれたり、殴られたり、その相棒みたいなやつと一緒になってツバを吐きかけられたりしていた。ひとりが誰かを殴ったり蹴ったりしているあいだ、もうひとりは叫んだり笑ったりしていた。殴られている子供は地面に丸くなって顔を伏せていたので、誰だかわからなかった。

なぜ自転車を降りて、いじめっ子たちに怒鳴り始めたのかわからない。そいつらとかかわるつもりはまったくなかった。近づくにつれて地面に転がっている子へのパンチとキックを自分が受けているように感じ、心臓が高鳴りはじめた。深く息を吸って、二人組に怒鳴った。

「やめろよ!」

大柄の方が子供に覆いかぶさっていて、僕の声が聞こえると、立ち上がった。僕にニヤリと意地悪そうな笑いを向けて、地面に転がっている子の腹をもう一度蹴り上げた。僕は自分が腹を蹴られたように感じてビクっとした。

「俺に歯向かうってのか?」

二人が僕の方を向き、地面に転がっていた男の子が背中を丸めて起き上がろうとした。去年、家族の転勤でやってきた子だ。父親は基地で働いていた。顔が血だらけになっていて、メガネは土の中だった。体つきはみんなの半分くらいしかなかった。二人が僕の方に何歩か近寄った。口がカラカラに乾いて、耳鳴りがしはじめた。

「ヒーロー気取りかよ。頭おかしいんじゃねーの?」

僕は黙っていた。あの店で習ったみたいに足と手をリラックスさせようとした。足の親指のつけ根あたりに力を入れて跳ねることで、頭をすっきりさせた。闘わなくちゃいけないときには闘う。逃げるもんか。

「お前を叩きのめして、自転車を取るからな」

僕はまだ黙っていた。相棒の方が僕の後ろに少し動くのを感じたけれど、いじめっ子の方をまっすぐに見つめた。こいつが親玉だ。やつが顔を近づけてきたとき、口の端っこに白いカスみたいなものが見えた。気温はますます上がっていて、そいつの顔は汗と泥で汚れていた。

「いま俺の足を舐めれば許してやるけど」

マジックショップにいるルースとニールの姿を思い浮かべた。僕が来るのを待ってるはずだ。もし行かなかったらさぼったと思われるかな? ここで血を流していたら誰かが見つけてくれるかな? 誰かがあの子を助けてくれるだろうか? いろんなことが頭に浮かんだけれど、乾いた白い食べカスをただ見つめて、それをろうそくの炎だと思おうとした。

「足舐めな」

僕は視線を上げて、その子の目を見つめ、さっき「やめろ」と言ったあとで初めて口を開いた。

「いやだ」

そいつは手を伸ばして僕のTシャツをつかんだ。力があるんだと見せつけるみたいな顔でにやついていた。顔が近づいてきて、息がにおった。僕は一瞬目を閉じて、その瞬間何かが変わった。

目を開けてまっすぐそいつを見つめた。誰かを本当に理解しようとするときみたいに、そいつの目をじっとのぞき込んだ。

「好きなようにしろよ、でもおまえの足は舐めない」

そいつは笑って、横の相棒に目をやった。眉毛を上げて、また僕に視線を戻した。僕はまばたきせずにそいつを見つめ続けた。そいつは拳を振り上げて、耳の後ろで構えた。僕はビクともしなかった。そいつの目を見つめ続け、その瞬間、やつが僕より大きかろうが、拳にあの子の血がついていようが気にならなくなった。

僕たちの視線が一瞬がっちりと絡み合い、僕はやつを見て、やつも僕が見たことを知っていた。やつの痛みと恐れが僕には見えた。人をいじめることで隠そうとしている痛みと恐れを見た。

「くだらねえ」

やつは僕のTシャツから手を離して、少し押したので、僕は一歩後ろによろけたけれど、転ばなかった。その一瞬、僕の方を見ずにやつは向こうを向いた。

「暑いな。どっか行こうぜ」

僕は二人が立ち去るのを見ながら何度か深く呼吸して、自転車に戻った。何が起きたのか、どうしてそんなことをしたのか自分でもよくわからなかったけれど、気分はよかった。遅刻したことを急に思い出し、ルースが待っていることに気がついた。すっぽかしたと思わたくない。僕は店まで全力で自転車をこいだ。

息を切らし、あわててドアを抜けて店に入った僕は、ルースとニールに途中で何があったかをぜんぶ話すつもりだった。

「ルース! ニール! 来たよ」

返事はない。奥の小部屋に急ぐと、ルースとニールが言い争っていた。

「まだ子供じゃないか」

「一生記憶に残るのよ。きちんとしたほうがいいわ」

「もう遅いよ。傷つけてしまったんだ。あの子が大人になったら僕が説明するから」

「傷は治せるし、治すべきよ」ルースは怒っているようだった。

ルースの怒った声は聞いたことがなかったので、心配になった。僕が何かやらかしちゃったんだろうか? 遅刻したからあんなに怒ってるのかな?

「ニール、間違いは誰にでもあるわ。私だってあなたを傷つけたことがある。でも間違いを正すのに遅すぎるってことはないの。もしやらなかったら後悔するわ。絶対に」

店の前まで戻って、もう一度ドアを開け、二人の名前を呼んでみた。盗み聞きしてたことに気づかれませんように。ルースが奥の部屋から出てきた。その目は、僕の母さんみたいに赤かった。泣いていたとわかった。

「ジム、遅刻よ」

「ごめんなさい。来る途中でちょっといろいろあって」

ルースが僕の姿を上から下まで見た。

「シャツについてるのは血?」

「僕のじゃない。心配しないで」

ルースは笑った。

「それじゃもっと心配だわ。奥に行きましょう」

ニールの脇を通り過ぎるとき、ニールはもごもごとつぶやいたけれど、僕を見なかった。僕が何かやらかしたのか、ニールが何かやらかしたのかわからなかったけれど、悪いことに違いない。ニールは僕のこと嫌いになっちゃったのかな。

ルースは僕を椅子に座らせて、練習を始めたものの、さっき聞いた二人の会話が何度もよみがえってきた。ニールは僕にどんな間違いをしたんだろう? ルースが泣くほど悪いことってなんだろう? 耐えきれなくなって、考えを止めることなんてできそうになかった。

「僕が何かした? どうしてニールは怒ってるの?」

目を閉じたまま一気に口走って、それから目を開けると、ルースが戸惑った顔で僕を見ていた。

「どうして何かしたと思うの?」

「僕のことでニールと言い争ってるの聞いちゃったんだ。ドア越しに。ニールは僕のこと嫌ってる」

ルースは僕を見つめながら、うなずいた。

「ぜんぶ聞いたの?」

「うん」

僕はうなだれて答えた。店に来るのも今日が最後だと思った。

「そうなの? ニールはなんて言ってた?」

「えっと……」

思い出そうとしたけれど、正確な言葉は思い出せなかった。

「あなたの名前を言ってた?」

「ううん、それは言ってない」

僕の名前が出たかどうかは思い出せなかったけれど、絶対に僕のことだとわかっていた。ルースは嘘をつくつもりなんだろうか?

「ジム」ルースはやさしく言った。

「あなたのことじゃないの。わたしの孫息子のことを話してたのよ」

「孫?」

「そう、ニールには息子がいて、いろいろ複雑で悲しいんだけど、孫に会いたいの」

「その子、何歳?」

「あなたぐらい」

「どこにいるの?」

「彼のお母さんと一緒よ。でもそれは重要じゃない。重要なのは、どうしてあなたのことで言い争ってると思ったかよ。なぜニールがあなたを嫌ってると思ったの?」

なんて答えていいかわからなかった。僕のことだと思い込んでいた。

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ジェームズ・ドゥティ

スタンフォード大学の脳外科医、ジェームズ・ドゥティ氏は子供時代、アル中の父、鬱病の母の面倒をみながら生活保護で暮らしていました。大学進学など想像も出来なかった人生を変えたのは、手品用品店で出会った女性から教わった「マジック」でした。そ...もっと読む

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