21世紀の「売茶翁」になりたい|丸若裕俊(丸若屋 代表)〈後編〉

日本文化の魅力を、伝統工芸の職人とのコラボレーションなどを通して、再編集・再定義している丸若裕俊さん。10年間伝統工芸に携わってきた丸若さんが、工芸品の未来について考えた時、たどり着いたのが「お茶」でした。茶師として類まれなる技術を持つ松尾俊一さんとの出会いにより、新たなお茶のシーンを創出する試みが始まります。そんな丸若さんが、人生で初めて見つけた「なりたい人」とは。

工芸品は使う場があるからこそ、必要とされる

 僕、伝統工芸の製造やプロデュースに10年近く携わってきて、気づいたことがあるんですよ。工芸品って基本的に道具だから、それを使うシチュエーションをつくれば自然と売れるんです。ゴルフクラブを売りたいならば、ゴルフを普及させればいいのと同じこと。そうすれば、ゴルフクラブにこだわる人も増えますよね。

 日本の工芸品は、いつのまにか工芸品が主役になってしまっていたんです。もし大皿を売りたいなら、大皿を売り込むよりもまず床の間を作らなければ。そうしたら、そこに置くために何かが欲しいなと思い始めるはずです。

—たしかにそうですね。

 そこで、僕がすごくカチッとはまったのが、「お茶」なんです。お茶はいろいろな道具を使います。器も活きてくる。自分がやってきたこと、これからやりたいことはお茶によってつながるとイメージできたんです。

 そもそも、僕はずっと物は適切な量以上作らないほうがいいと思っていました。アパレル業界で働いていた時から、それは痛切に感じていた。洋服は大量に作って、時期が来たらセールで安く売って、それでも余ったら廃棄処分するんです。これは明らかに資源の無駄だし、環境破壊にもなっている。

 焼き物も、石を砕いて作られるのですが、一度焼いてしまうともう石には戻らないんです。

—えっ、そうなんですか。

 だから、遺跡からそのままの形で発掘されるわけですよね。焼き物も服と同じく、作りすぎると環境破壊になる。しかも、これから日本の人口は減っていくのに、器をたくさん作って何を食べさせるんだろう、と。

 行き詰まりを感じていたところが、お茶によってモヤモヤが晴れたんです。お茶なら、新しい需要がつくれます。

—伝統工芸とお茶って、少し違う業界のようなイメージがします。

 そう思いきや、けっこう共通しているところがあるんです。まず、いい工芸の職人がいる地域には、大抵いいお茶があるんです。お茶についてはゼロから始めなければいけないと思っていたのですが、これまでに築いた200人くらいの職人さんのネットワークに声をかけたところ、いいお茶の情報がたくさん集まりました。そして、伝統工芸のように代々畑を受け継いでいるところが多いのです。ある種の伝統産業なんですよね。本質と今起きている事象がズレているところも、伝統工芸と共通しています。

—どうズレているのでしょうか。

 今、日本人にとって緑茶といえば、ペットボトルのお茶なんですよ。でも、ペットボトルの緑茶は、いい意味でも悪い意味でも、淹れた緑茶とは別物なんです。

 僕はお茶の事業をやると決めた時に、ルールを作って半年間、ペットボトルのお茶を飲まないようにしたんです。そうして半年後、久しぶりに飲んだら「お茶とは別物」という味がしました。

 いや、いいんですよ、ペットボトル。なんといっても便利だし。でも、それが日本人にとって一番ポピュラーなお茶であるという状況は、本質からズレていると感じます。

 もともとお茶は、ワインのようにその土地の土壌や標高、日照条件などの生育環境の違いから個性が生まれる。いわゆるテロワールを楽しむものなんです。

 お茶について知るにつれ、そういう文化をもっと広めていきたいと思うようになりました。

「一緒にお茶の概念を変えてみませんか」と誘った

—お茶の世界はお茶の世界で、ずっと受け継がれてきたものがあり、新参者が入り込むのは難しい業界のようにも見えます。

 そうなんですよね。そこも伝統工芸と近いかもしれません。でも、そのなかでもきっと本質的なことをやっている人がいるはずだ。そう考えていろいろな人に会っていたら、いたんですよ。すごい人が。

 茶師の松尾俊一さん。まだ30代で、お茶屋の6代目です。彼は、10年前に家業を継ぐまでは言語聴覚士として、言語障害や嚥下障害の人の社会復帰を手伝う仕事をしていました。そして茶園を継ぐにあたり、まずはお茶の市場を調べるために日本全国を歩いた。そうして、これは自分の思い描く本質的なお茶作りができると思ったんだそうです。

—なぜですか?

 どこの茶園も、研究開発の視点がまるでなかったから。彼はそこから何百種類ものお茶を毎日飲む生活を、数年間続けました。そうすると試算上、60歳くらいの茶師の人が人生で飲むお茶くらいの種類と量をカバーできるのだとか。そうして、満を持して4年目からお茶づくりに取り掛かった。土地の質や当たる光の角度を考え抜いて、ここだという畑でお茶を栽培し始めたんです。そうしてつくったお茶が、いきなり全国茶品評会で日本一になったんですよ。

—逸材とめぐりあいましたね。

 彼は、どんなお茶でもつくれると言うんです。育成時からさまざまな技法を用いて、味の微調整ができる。松尾さんとなら、お茶の本質をより深く探求し、その良さを広める活動ができると確信しました。そして僕には、工芸品に10年携わってきた経験から、茶器に関しては最適のものを手に入れられる自負がある。

 そこで、「一緒にお茶という概念を変えてみませんか」と誘ったんです。そうしたら、お茶のシーンをつくっていくことができるはずだ、と。

—それが丸若さんの新しい挑戦なんですね。

 僕、最近人生で初めて「なりたい人」ができたんですよ。

—おお、誰ですか?

「売茶翁(ばいさおう)」という江戸時代の人です。日本に煎茶を広めた人ですね。彼はもともと僧侶で、61歳の時から大通りで喫茶店のような席を設け、煎茶をふるまうようになりました。70歳で還俗し、その後は「売茶翁」と呼ばれながら、煎茶を売り続けた。そして81歳で茶を売るのをやめ、大事な茶道具も焼いてしまった。死後に世間の俗物の手に渡らないように、と。これって、形式にとらわれていた茶道に対してのアンチテーゼなんですよね。

—なかなかパンクなおじいさんですね(笑)。

 そう、だから同時代にもファンが多くて、彼の肖像画は伊藤若冲が描いているんですよ。この人がすごくいいなと思って。僕もたくさんの人にお茶を売りたい。そして、格式張った作法はいらないと思ってるんです。どういうスタイルで飲むかは、買った人が自分で決めればいい。

 ちょっとここでお茶、飲んでみませんか?

—えっ、いいんですか?

驚いて、楽しんで、一緒にやろうと言われたもの勝ち

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コメント

yaiask 丸若さんの、お茶の概念を変える挑戦。このとき飲ませてもらった水出し緑茶、めっちゃおいしかった… 11ヶ月前 replyretweetfavorite

Qreators 日本文化の再生者・丸若裕俊氏インタビュー後編。... https://t.co/3zhxJJnGi3 11ヶ月前 replyretweetfavorite

mdmyuchi7 日本にもともとあった文化や美意識、生活の豊かさみたいなものが、今の時代に融合していったらおもしろい↓ 11ヶ月前 replyretweetfavorite

Sinnichio 面白い!お茶をワインみたいな楽しみ方するってのは良いね 11ヶ月前 replyretweetfavorite