吉本ばななさんとはあちゅうさんの出会い
はあちゅう 初めて吉本ばななさんの小説に出会ったのは小学生の時です。たしか、叔母が『TUGUMI』を持っていて、「なんだかかわいい装丁の本だなあ」と思って読んだんです。そしたらすっごくひきこまれて。
吉本ばなな(以下、吉本) 小学生かあ。若い! いいなあ(笑)。
はあちゅう 子供のころ、親の仕事の都合でシンガポールに住んでいたんですけど、帰国する度にばななさんの本を探して数冊買って、次の帰国までに読んで、また新しいのを買う……というサイクルでずっと読んでいました。だから、今年になって、ばななさんとランチをご一緒させていただいた時、なんだか歴史上の人物に会っているような不思議な感覚になりました。
吉本 「本当にいるんだ!」みたいな(笑)。道を歩いているとよく言われます、「実在してるんだ!?」って。
はあちゅう 本当に、生きているうちに会えるとは思っていなかったので、お会いした時には感極まって泣いてしまったくらいです。それだけばななさんの存在が、私の中でファンタジーみたいになってました。
吉本 私がはあちゅうさんのご著書を手に取ったのは、たしか『半径5メートルの野望』がきっかけです。それを読んで「この人、すっげえな」と思ったんです。その後ネットでも見かけて、みんなが「これはちょっと……」と考えるようなことにまで冷静にチャレンジしているという印象です。本当に、すごいと思う。
はあちゅう わあ、ありがとうございます。うれしい…。
吉本 私もブログをやっていて、いろいろなことを経験したんですけど、本を読んで、なんだか救われる思いがしました。それに、はあちゅうさんの文には「すっきりさせるべきところをすっきりさせない」というところがあって、そういう部分を高く評価しています。なんだか先輩っぽくてイヤらしいけど(笑)。
はあちゅう えーっ、私の文章、そういう部分があるんですか。たしかに、ぼやかして逃げることはあると思います。ネットでずっと書いてきているからかも。
吉本 でも、「逃げてる」って感じでもなくて、同時に、とことんコミットしている感じもあるんだよね。そこがはあちゅうさんの強みだなと思いますよ。
はあちゅう noteの「月刊はあちゅう」では、ありがたいことに私のエッセイをおもしろいと思って買ってくださる方々が対象なので、ひとつひとつの問題を解決してから書くというよりは、自分の中でまだ答えが出ていないようなことまで書いています。だから、そういうイメージになるのかもしれませんね。
noteではブログで書けないことが書ける
吉本 あと、はあちゅうさんの文体って、なんだか詩情がありますよね。
はあちゅう わ、ありがとうございます。私、noteではポエムを書きたいんです。
吉本 それ、いいと思う。
はあちゅう 私は元々ブロガーなんですが、ブログのように開けている場所だと、なんでもはっきり書かないと伝わらないんです。公開の場だと、足を引っ張ろうとする人もいるし、なんとなく読んでいる人も多いから、繊細な表現の文章は向いていないと思っているんです。特に私の場合、ネットの中で独り歩きしがちな「はあちゅう」というキャラが、エッセイを邪魔するんです。
吉本 ふんふん。
はあちゅう でも、noteの「月刊はあちゅう」だと、お金を出して読んでくれている人達ばかりだから、文章で遊んでいるところも安心して出せる。有料で書いていてよかったと思うのはそこですね。「誤解されるかもしれない」と怯えずに、自分の考えを好きに書ける。ばななさんは、どうしてnoteで書こうと思われたんですか?
吉本 私はけっこう長い間、紙の本を出したり、雑誌で連載したりしてきてるんです。でも、最近、出版社の人と仕事していて、「それはちょっと」って思うことが増えてきた。だから、ネットを活用したり、自分でもできることはしていこうと思うようになったんですよね。
はあちゅう わかります。
吉本 で、はあちゅうさんや「シングルマザーのクッキー屋の話」のサクちゃんさん、かっぴーさんの記事を読んだり、あと、『岡崎に捧ぐ』に知り合いが出てたりして、「あ、全部noteだ、なんかいいかも…」と思って始めたんです。うちの事務所の人も使っていて、「noteはいいです」って言ってたし。
はあちゅう いろいろな巡り合わせが重なったんですね。
吉本 そう。初めは自分のサイトで、SEの友人に頼んで課金システムを新たに立ち上げようと思ったんだけど、細かい作業が双方にとって多すぎて、作家が作品以外のことをそこまで管理しなきゃいけないのもちょっとおかしいだろうと思って、やめました。
出版社の役割が変わってきている
はあちゅう 私も使い始めたきっかけは似ていますね。出版社の編集者さん、みなさんすごくいい方たちなんですけど、やっぱり会社でやっていることだから、できないことがあったりしますよね。私の場合でいうと、エッセイを出すのが難しいと言われました。今、エッセイって本当に売れないみたいで、なかなか本が出してもらえないんです。でも私は、読むのも書くのもいちばん好きなのがエッセイなので。書いていきたいし、それを仕事にしたいと強烈に思いました。
吉本 へえ。そうだったんですね。
はあちゅう それでnoteを使い始めました。
吉本 私がデビューしたてのころは、出版社にも余裕があったから、「いい文章を書くけど売れない作家」を養うために本を出させてあげるということがあったんですよね。でも、最近は余裕がなくなってきて、そこがカットされてきている。
はあちゅう 出版不況だから、新しい人を育てるというよりは、売れる人に書いてもらった方が売上を確実に確保できる、というのは自分も会社員だったから、わかるんですけどね。
吉本 そう。でも、それは本末転倒だなと。じゃあ本末転倒じゃないところ自分でやろうかなと思ったんですよね。もう、そういう時代になったんだと思います。
「本物の作家」に対するコンプレックス
はあちゅう でも私、本当は紙の本での実績がほしいんですよ。
吉本 えっ。どういうこと?
はあちゅう 私、「本物の作家の道」を歩いてきた方にすごくコンプレックスがあるんです。
吉本 えー。別に、はあちゅうさんは、今のままでいいんじゃない? ネットですごいし、本だって出しているし。
はあちゅう でも紙の本で賞がとれたらどんなにいいかっていつも思います。ブログやnoteで書いたものをTwitterで褒めていただいた時に、とてもうれしいんですけど、自信がないせいか、どうしても「本当に心から褒めていただけてるんだろうか?」という気持ちがわいてくるんです。
吉本 そうかあ。
はあちゅう 代表作と言えるレベルの紙の部数での実績がないことがいつも心のどこかにどんよりと暗く影を落とすんです。私、SNSでよく「お前なんかが作家を名乗るな」とも言われるんです。
吉本 それはひどいね。
はあちゅう 編集者さんにエッセイ本を出したいという話をした時も「女優やテレビにバンバン出てる有名人ならともかく、はあちゅうさんはエッセイでは企画会議で通りません。ビジネスか自己啓発にしてください」と一蹴されたんです。でも「そうだよなぁ、作家っていえるほどちゃんと作家じゃないんだろうなあ」って自分自身も思っちゃって。
吉本 うーん、叩いてくる人は、はあちゅうさんの「『やなやつ』と思われてもいい」って姿勢が怖いんじゃないかな。でも私は、そこが一番の魅力だと思う。なんか、暗いセクシーさがあるんだよね。
はあちゅう 暗いセクシーさ!ありがとうございます。
吉本 私もデビュー当時、いろいろと悪しざまに言われていたけど、毎日打たれて打たれて強くなる……みたいなところがあった(笑)。だって、飲み屋で座ってるだけで、隣にいた女性から叩かれたこともあったんだよ。
はあちゅう えーっ!?
吉本 「あんたなんかに何が分かるの!?」みたいな感じで。
はあちゅう すごい……。その時は、辛かったですか?
吉本 自分の中に「辛く感じてる自分」と「ゲラゲラ笑ってる自分」がいたんですけど、その時は笑ってる自分が救ってくれたのかもしれません。
はあちゅう そうなんですね。私にもそういうところがあるかもしれません。酷い目に遭っても「いつか書いてやる!」と考えてしまいます。
吉本 そういうの、作家の視点だよね。
賞の特典は「お墨付き」
はあちゅう 文学賞をとれるとうらやましいのは、箔がつくことです。世の中って、人を判断するときに、「どこで認められた人なのか」で判断する人も多いんですよね。私、そういう人達の目にも止まりたいという気持ちが捨てきれないんです。
吉本 あー、なるほど。それはたしかに、賞のいいところだよね。うん。そういう野望があるのならがんばったほうがいいかも。私は、ある時からもういいやってなっちゃったんだよな。でも、たしかに、賞をもらうと、親戚が喜ぶ(笑)。
はあちゅう 大阪に住んでいる祖母も、私がテレビに出ると「活躍してるね!」と喜んでくれます。そういう分かりやすいものをほめてくれる人は多いし、周りを喜ばせたいと思う自分もいるんですよね。
吉本 そうかあ。そういえば私も、人から忘れられることには不安があるよ。たまに自分の職業を忘れそうになる。
はあちゅう 単行本とかで、執筆期間が長いと、特にそうですよね。表に出すまでに時間がかかるから。
吉本 以前、週刊誌の連載コラムとかを書かずに、書き下ろし中心にのびのび書いていたころ、バーで飲んでいたら、隣のオカマから「何で週刊誌に出てないのよ! 出なさいよ!」って怒られたことがあるんですよ(笑)。「別に仕事してるし!」ってこっちも言い返したんですけど。
はあちゅう ただ今の時代、表に出ると悩みは増えますよね。テレビに出るたびに「ブス」「顔が大きい」って言われるので、普通に傷つきます。作家ならテレビ出るな、とかも言われるし。まあ、何をやっても絶対に何かは言われるんでしょうけどね。
吉本 出るのもたいへんだ!
次回、「小説の未来と作家の未来」は11月17日(木)公開予定
構成:小泉ちはる 撮影:喜多村みか
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