貧乏のどん底から始まる、バンドのあの感じ。それを今も、あの時の感じを取り戻したい。
—— 今回、みなさんには「藍坊主」をテーマに本をセレクトして頂きました。雑なフリ……というわけではなく、新しいアルバムでも感じた「原点回帰」というところに焦点を当てて、藍坊主というバンドの根底にはどんな本があるのかを聞いてみたいと思っています。
藤森 僕は『考えるノート』という本を選びました。この本に出会って、曲作りももちろんですけど、バンドの、メンバー間のことでもすごく楽になったんです。僕って、(自分の想いを)曲にするのは好きだけど、人に伝えるのがあまりうまくない。言葉にうまくできないから。しゃべっていて、例えば曲以外でもそうですけど、自分が思っていることを人に伝えるのってめちゃくちゃ大変じゃないですか。特に、このバンドの中では俺が一番下手かなと思っていて。
藤森 自分の思っていたことは違う方向へ話が進んでいくこともよくあったし、どうやったらちゃんと伝えることができるのかなって考えていました。でも、この本に出会ってから、バンドというものがすごく楽に考えられるようになった。内容は思考の整理術で、自分が何を考えているかを書き出してみようというもの。以前連載しているコラムでも触れた「テーゼ」「アンチテーゼ」「ジンテーゼ」の弁証法を自分でやっていくみたいなものなんですけど、思っていることを書くと「お前本当にそう思っているの?」となり、議論が自分の中で1枚のノートになっていく。そうすると曲も作れるけど、曲以外のことでもすごく頭の中が整理できて楽になるんです。
—— この本に出会ったのはいつ頃?
藤森 2012年頃かなあ。僕はこれが、藍坊主の活動の中ではすごく重要な1冊になったと思います。ノートをいつも持ち歩いてるし、何か思うことがあると喫茶店とかに入って、自分の考えをまとめています。だからこれ、落としたら最悪(笑)。
—— 連載でもそうなんですけど、藤森さんが小説をあまり選ばないのは意外だなあと思っていました。アーティストさんは文学作品から何かを得る、といったイメージが強かったからかもしれないんですけど。
藤森 うーん、小説はほとんど読まないですね。
hozzy 実用書とかでしょ、新書とか。
藤森 そうだね、あと図鑑とかも読んでる。あっ、でも村上春樹は一通り読みました。春樹も紹介したいんだけど、hozzyと一緒に連載しているコラムで、僕が最初に出すのもなあと(苦笑)。
hozzy まあ……俺が好きな春樹は初期だよ。『1Q84』も、何回も読もうと思ったんですけど、ハードカバーを開いて最初のページからどうしてもその先に進めない。2002年に出た『海辺のカフカ』あたりから、世界的に人気を得たじゃないですか。そのあたりから春樹が鋭くなっちゃったんです、前よりも。前はもっと柔らかかったんですよ。文章表現もそうだし、もちろんストーリーも。俺は柔らかいイメージが好きだったんだけど、『海辺のカフカ』から、過度に複雑なストーリーになったり、スタイリッシュになっていった。シティ派小説と言われていつつも、実際にはそうでない、あの独特な雰囲気が好きだったのに……。
—— 春樹を偏愛していながらも、hozzyさんが今回セレクトしたのは、同じくらい好きな辻仁成の『音楽が終わった夜に』。アルバムの中にも「すべてが終わった夜に」というタイトルの曲がありますよね。
hozzy ちょうどその曲を書いている時に本を読み返していたんです。そうしたらやっぱり、超面白いと思った。辻さんの小説はよく読むんですけど、高校1年の時に音楽関連の小説やエッセイをとにかく読み漁っていて、作者が誰かも知らずにたまたま読んだら、すげえ面白いと思ったのが最初の出会い。『音楽が終わった夜に』は辻さんのエッセイ集なんですけど、バンドをやり始めたばかりですごく貧乏、大学も途中でいくのをやめてしまって……ということが書いてある。
hozzy その中に「玉ねぎ」の話があるんです。昔の辻さんはあまりにも貧しすぎてお金が無かったから、当時のバンドメンバーの家を訪ねていって、「頼むから何か食べ物を分けてくれ」と言った。そうすると、相手は「俺も持ってない、悪いけど帰ってくれ」と言う。それでも何かあるだろうと押し問答をしていると、やがて相手は無言でドアを開け、中に入れてくれた。それで、そいつが押し入れの中でゴソゴソやっていると思ったら、玉ねぎを一つ持ってきて、「これは本当に俺の最後の食糧だから、半分ずつ食べよう」と言って、茹でるんですね。そして二人で食べる。それを読んで、単純だけどすごく旨そうだなと思った。
今までそんなに玉ねぎって食べたことがなかったんだけど、半分にして二人で分け合って、醤油だけをたらして食べるシーン。それがすごく好きで、ずっとイメージに残っていたんです。バンドって最初はこういう感じだよねって。実際に俺も、青葉台っていう場所で穀潰しみたいな生活をしていた時に(笑)、あまりにもお金がなさ過ぎて「金がないってこんなに怖いことなんだ」ということと、「貧乏な時に感じる独特の空気」を経験したんです。貧乏のどん底から始まる、バンドのあの感じ。それを今も、あの時の感じを取り戻したい。生活は戻りたくないけど、あの空気感を正当化できる気持ちっていうのは持っていないとダメなんです。というところで、俺たちのバンド活動と関連している本だと思った。たぶん、拓郎も玉ねぎが出てくる本だよね。
渡辺 俺はそっちじゃないね。『深い河』の方じゃない(笑)。遠藤周作の『沈黙』です。恥ずかしながら今まで本は全然読んでこなかったんですけど……。
—— 本を読まないのに遠藤周作って、結構ハードルが高いような気もしますが、なにかきっかけが?
渡辺 大学一年生の時に宗教の授業があったんですけど、たまたま『沈黙』が題材で、レポートを書くために読んでいたらめちゃくちゃ面白かった。繰り返し読んだのはこの本くらいでした。ひたすら読んだ後は『深い河』を読み、次に『海と毒薬』とか、遠藤さんの作品はいくつか買ったんです。周りに本を読む友達がいたから、ほかの作家さんも教えてもらったんですけど、なんか、遠藤周作以外は読めなかったなあ。
hozzy 文章の流れとかテンポって、作家によって絶対に合う、合わないがあるからね。
—— その遠藤周作の作品の中でも『沈黙』を選んだわけですけど、魅力はどこに?
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