自動改札機をくぐり、新幹線のホームへ延びるエスカレーターに乗った美紀は、腕にはブランドもののバッグを提げ、長い髪を大判のストールにふわりと巻き込み、ウールのセンタープレスパンツをきれいに穿きこなしている。すっと背筋が伸びて隅から隅まで都会的な雰囲気をまとっていたが、それは美紀がこの十数年の間、少しずつ少しずつ、自分の手で獲得していったものだ。
新幹線に乗り込んだ美紀は、キャリーバッグと丸めたコートを荷物棚に上げた。通路側の席にはいかにも上京して間もない女子大生風の子が座り、スマホでしきりにLINEのやり取りをしている。座席の足元にはディズニーキャラクターがプリントされたビニール製のキャリーバッグがでんと置かれて塞がれ、美紀はそれを大股で跨ぎ、ようやく自分の席に腰を下ろした。シートを倒し、ストールを膝掛けにして休む体勢を手早く整える。それから車窓の景色などお構いなしに、すぐ目を閉じた。
隣の女子大生には、どこか遠足めいた非日常の楽しさが漂っているが、美紀にしてみれば正月の帰省は、飽き飽きするほど繰り返してきた年中行事である。年にたった一度。でもそれすら億劫で、この時期は気が滅入った。去年は東京駅まで行ったもののどうしても田舎に帰りたくなくて、土壇場で切符をキャンセルしてしまった。親にはひどい風邪をひいたと電話で噓をついた。
噓をついてまで東京に居残って一人で迎えた正月は、ひどく侘しかった。二回もピザを取ってHuluで大して面白くない海外ドラマを一気に見て、ネットで靴を二足買った。こんなことなら帰ってもよかったなとかすかに思いつつ、それでも地元の悲しくなるほど活気のない街や、完全に時間が止まった実家の居間で、なにをするでもなく箱根駅伝を見ているときのどうしようもなく倦んだ気分を思い出すだけで、いやいや自分の判断は間違ってなかったと美紀は思い直した。
去年のちょうどいまごろは、つき合っていた人と別れ、落ち込んでもいた。
二十代で恋人と別れるときは、寂しさを補って余りあるほど、前進や成長の手応えがあったものだけど、三十代の別れにそんなポジティブな要素はなかった。三十歳を過ぎて恋人と別れることが、こんなに堪えるものだとは知らなかった。そして美紀は気がついた。自分はもう、前進も成長もしようのないところにまで来ているのだと。恋人がいなくなった寂しさに耐えて、慣れて、それが平気になるまで待つしかないのだと。
彼氏と別れたことを、誰かにわーっと話して慰めてもらう気にもなれない。そんな一時的な気慰みは無意味だと知っているのだ。自分の心が平安を取り戻すのを、思いきり自堕落に過ごしながら、一人じっと待つことにした。少なくともそれは正しい判断だった。もしあの精神状態で実家に帰っていたらと思うと美紀はぞっとした。誰とも話の合わない場所で神経を参らせている自分も、存外居心地がよくてうっかり里心がつき、実家に戻ろうと勢いで決める自分も、どっちも想像できる。どんなに寂しくても構わなかった。東京に一人でいられる自由に美紀は感謝した。
そんなこともあって親の手前、今年は年末年始を実家で過ごすことにしたのだった。大晦日は母親の作った年越し蕎麦を食べながら、どうせ紅白歌合戦を最初から最後まで見ることになるのだろう。元日と二日はとくに予定もないが、初詣くらいは家族で行くかもしれない。
三日には高校の同窓会があった。美紀の母校は県でトップの進学校だ。同級生は県内中から集まった秀才ばかりで、みな国立大か有名私大を目指してひたすら勉強し、卒業後は多くが県外へとちらばって行く。クラスの半数とはフェイスブックで不可抗力的につながっていて近況などはだだ漏れ状態だが、会うのは十数年ぶりという人も多い。
同窓会で出会いがあればと淡い期待もなくはないが、それ以上に憂鬱だし、緊張してもいた。多くは東京六大学か、関関同立や国立大にすべり込んで都会へ出るものの、堅実な女子は大学を卒業するとUターンして、地元企業に勤める人生を選ぶ。地元に戻った優秀な人材は大方、地方銀行か電力会社か県庁に入っていき、彼女たちは頃合いのタイミングで結婚し子供を産む。きっと実家の近所に新築の家を構えているころだろう。クラスメイトには地元企業の社長の息子や開業医の息子もいたが、都会で経験を積んだ彼らもそろそろ地元に戻って家業を継ぐころだから、いまも東京にいて独身の美紀は、ここでも立場がない。慶應大学に現役合格したものの、一年で中退してからは数年の空白期間があり、ベンチャーのIT企業に中途採用されたのは二十五歳を過ぎてから。会社が急成長したことでなんとか格好がついたけれど、それでも同級生に自分のことを話すのは気が重かった。
新幹線がトンネルを抜け、差し込む西日に目がくらみ、美紀は窓から顔をそむけた。となりで眠りこけている女の子の、幼い感じのする体つきや身のこなし、着ているものや持ち物のいちいちに、思いがけず郷愁をそそられる。自分にもこんなころがあったなぁと美紀は思った。短かった大学生活も、いつの間にかとてつもなく遠い過去になっている。
時岡美紀が生まれ育ったのは、漁港で知られた小さな街だ。新幹線を降り、さらに在来線に乗り換えて一時間と少し、そこから車で十分ほど走ると実家にたどり着く。
美紀が子供だったころは、まだ祖父も父も漁に出ていたし、街は漁業で賑わっていた。祖母も母も家事の傍ら、手さばきで魚を加工する仕事に忙しく、子供たちはほったらかしだが、それで誰かが困るということもない。美紀は学校が終わると弟とともに、商店街の駄菓子屋で買い食いしたり、おもちゃ屋の店先にある対戦ゲームで遊んで過ごした。
駅まで迎えに来てくれたのは、その弟だった。
弟の大輔は独身で、いまも実家暮らし。
「美紀ちゃん、またすごい格好して来たなぁ」
大輔は開口一番、美紀の都会風なファッションに目を剝き、せせら笑った。
「別に普通ですけど」
美紀はムッとして眉間にしわを寄せながら反論するが、たしかにブランドもののバッグはやり過ぎかもしれないと思う。今年は同窓会もあるから東京にいるときと変わらない格好で来たが、いつもの帰省はもっと加減して、努めてゆるい服を選んでいた。でないとここでは、悪い意味で浮いてしまうのだ。
「なんか恥ずかしいわ」
大輔が美紀の出で立ちを見て無神経に言い放ち、それが思いのほか胸に刺さる。
東京と地元の街とでは、常識やものの感じ方がくるりと反転しているところがあるが、東京に馴染む努力をした結果、自分は地元じゃ恥ずかしい女になってしまったのだと、美紀は自嘲気味に思った。ヤンキー気質で中学のころから髪を染めたりしていたこの弟にしてみれば、東京に行って弾けた美紀は大学デビューも甚だしく、ダサくてイタい存在なのだろう。思春期に固定した地元のカーストは絶対だ。嫌なら来世に期待するか、二度と帰らないよりほかにない。
ここへ帰ってくれば方言が戻るように、そういう地元の感覚にも自然とチューニングを合わせられた。だから大輔が、今日の自分の出で立ちを見て「恥ずかしい」と笑った気持ちも、美紀には理解できた。それで、
「同窓会あるから」
と付け足しておいた。
そう言っておけば、気張っておしゃれして来たんだと受け流してくれると思って。
「ああ、それでかぁ~」
大輔は素直に察したようだ。
「同窓会ってどっちの? 高校? 中学?」
「高校」
という返事を聞くなり、
「あー、はいはい」
ニヤニヤしている。大輔の感覚では、美紀がわざわざ遠くの進学校に通っていたということも、ちょっと嘲笑めいた反応になってしまうのだ。地元の中学から美紀と同じ高校に行ったのは、ほんの数人である。
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