生きる理由を探してる人へ

アイデンティティ・クライシスを乗り越える方法

「自殺=悪」の決めつけが遺族を苦しめることもある。それでも自殺は「しないほうがいい」。 追いつめられていても、現状から脱出して「違うかたちで生きる」という道を提示できないか。 変えられるのは未来だけじゃない。
芸人・大谷ノブ彦さんと作家・平野啓一郎さんがおくる異色対談を収めた新書『生きる理由を探してる人へ』の「第四章 アイデンティティ・クライシスを乗り越える方法」より、一部抜粋した特別版です。

■ 「マジメ」であることのリスク

大谷ノブ彦(以下:大谷) アベノミクスで経済的理由の自殺は減ったといわれますよね。


  警察庁の自殺統計によれば、一五年の自殺者数は二万四〇二五人(男性=一万六六八一人、女性=七三四四人)。

  九八年以降十四年連続して三万人を超える状態が続いていたが、一二年に十五年ぶりに三万人を下回り、その後は四年連続三万人を下回る状態が続いている。

  自殺者は九〇年代前半は二万人台前半で推移しており、九七年は二万四三九一人だったが、九八年に三万二八六三人となり、〇三年には、統計を取り始めて以降最多の三万四四二七人になっていた。そこから横ばいで推移していったあと、減少傾向がみられはじめ、一五年にはついに急増前の九七年以来の水準に戻ったわけである。

  一五年の自殺者の原因・動機を見ていくと、最も多いのが「健康問題」(精神疾患を含む)で一万二一四五人。「不詳(原因不明)」が六〇四四人。「経済・生活問題」が四〇八二人。「家庭問題」が三六四一人。「勤務問題」が二一五九人。「男女問題」が八〇一人。「学校問題」が三八四人とされている。

 ただ、最近また中小企業の社長の自殺などが増えている兆候が見られるというようなことを新聞で読んだんです。

 経営事情や仕事上の問題のために自殺をしてしまう人たちはすごくマジメなんだと思うんです。というよりも、自分のことをマジメだと思い込んでる。自らの死によって責任を取ることが正しいとする観念というか道徳観みたいなものを持ってる人だと思うんです。すごく強制的に持たされているというほうが近いかもしれませんけどね。

 それに対して、自分はそんなに正しくないと思ってる人は、そういうところで追いつめられても、思いとどまるんじゃないかなという気がします。

 借金苦というわけではなく自殺されてしまった落語家さんには、桂枝雀師匠や桂三木助師匠がいます。このお二人は、作品をつくることに対してすごくストイックだったようです。やっぱり、ある種の正しさ、美しさみたいなことを追求していた人たちが死んでいってしまう感じがするんですね。

 だけど、そもそも芸人になってるヤツなんて、大抵はろくなもんじゃなくて(笑)。「自分なんてろくなもんじゃねえから芸人やってるんだ」と思ってる人間は、簡単には死なねえんじゃないのかなって。自分はべつに正しくないよって姿勢でいることもすごく大切な気はしますね。

平野啓一郎(以下:平野) それはあるでしょうね。


■ 自分がこの社会にいる意味

大谷 平野さんは社会貢献とか社会との触れ合いみたいなところで何かやりたいと思ったりすることはありますか?

平野 ああ、だんだん思うようになってきましたね。

大谷 僕もなんです。年を重ねると、そういうのって、ありますよね。社会のために何かやりたいっていうか、自分がこの社会にいる意味みたいなことを考えるようになってきました。二十代のときなんかはそういう感覚がまるでなくて、自分さえよければ、という考え方でしたから、変わってきたんでしょうね。

 だけど、自分は全然マジメでもなんでもなくて、そういう気持ちが出てきたのも、正義とはまたちょっと違う感じなんです。社会貢献することが面白いというか、「誰かのために生きるのって超絶面白いんだけど」って感覚が四十歳を越えた頃から出てきたんですね。またそこで、「人のために生きるようなことをすると、あとで笑えるんだよな」ってふうにネタとして考えているところもあるんですよね。人のために生きれば損もするから絶対に笑い話になるって。僕たちとしては、儲けるとかいうことよりも、そっちのほうが大事な部分ですからね。

平野 でも、そのちょっと損して笑えるっていうのは、なんていうか……。笑いを「いい笑い」と「悪い笑い」に分けていいのかわかんないですけど、いい笑いですよね。

大谷 被害者になるってことでね。

平野 いいことをしたためにちょっと損してるっていうような部分への共感っていうのはありますよね。

大谷 そうだと思います。


■ 社会と笑い

平野 いまは、昔のお笑いとかもユーチューブなんかで見られるから、漫才ブームの頃の漫才を見ることもあるんですけど、「いまだったら厳しいだろうな」って笑いも多い。なんていうのか、今の感覚だと差別的だったり。クラスのちょっと変わってる子をバカにしているようなものもあって……。

大谷 多いですよね。

平野 そういうネタがいっぱいあって。いま見ると笑えない。でも当時は、それがバカウケしてたんですよね。社会の風潮の変化の中で笑い自体もすごく変わってきた感じがします。

大谷 変わってきたところはありますよね。

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生きる理由を探してる人へ

大谷ノブ彦 /平野啓一郎

「自殺=悪」の決めつけが遺族を苦しめることもある。それでも自殺は「しないほうがいい」。 追いつめられていても、現状から脱出して「違うかたちで生きる」という道を提示できないか。 変えられるのは未来だけじゃない。芸人と作家が語り合う異色対...もっと読む

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コメント

raichi_sasabi 笑いから発達障害の話が出るとは意外!何をネタにするかって難しいね。笑わせるのは好き,笑われるのは嫌い 8ヶ月前 replyretweetfavorite