僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
図書室にて
テトラ「ユーリちゃんの気持ち、よくわかりますっ!」
僕「というと?」
テトラ「《すべて》や《任意の》が省略されているのは困るというお話ですよね。《実数を$2$乗したら$0$以上になるか?》と聞かれたとき、 正確には《任意の実数を$2$乗したら……》と聞かれているわけですから」
僕「そうだね。ユーリからも言われたよ。『省略するなー!』って。でも、話しているときにいちいち《任意の》を付けていると長くなってしまって、 何をいってるかわかりにくくなることもあるから……もちろん、 証明するときにはそこはきちんと理解しておかないとまずいけど」
テトラ「そういえば、あたしも《すべて》で迷ったことがありました。いつでしたか、$2$次方程式を学んだときのことです。 問題集にこんな問いがありました」
僕「これは、満たすよね。$x^2 - 3x + 2$の$x$に$1$を代入すれば、値は$0$になるから。$1^2 - 3\cdot1 + 2 = 1 - 3 + 2 = 0$で」
テトラ「はい。それはよかったんですが、その後、こんな問題が……」
僕「なるほど?」
テトラ「$x = 1$だ! とあたしは思いました。だって直前に$x = 1$はこの方程式を満たすことを確かめましたから。 でも解答を見ると、$x = 1, 2$と書いてあったんです」
僕「そうだね。$x = 1$も$x = 2$もこの方程式を満たす数だから」
テトラ「でも、それって、何だか引っ掛けられたような気がしました。《方程式$x^2 - 3x + 2 = 0$の解をすべて求めよ》 だったら気付いたんですけれど」
僕「うんうん、テトラちゃんの考えはもっともだと思うよ。『方程式$x^2 - 3x + 2 = 0$の解を求めよ』 って問題はまちがいとは言いにくいけど、不親切だよね。 もっとちゃんというなら、 『$x$に関する$2$次方程式$x^2 - 3x + 2 = 0$の解をすべて求めよ』 とする方がいいと思うなあ」
テトラ「はい……」
僕「別の問い方で『$x$に関する$2$次方程式$x^2 - 3x + 2 = 0$を解け』というのもあるよね。これも《すべて》という言葉は出てきていないけど、《解をすべて求めよ》の意味になる」
テトラ「はい。もっとも……あたしは、答えが一つだけ見つかったときに《他にはないかな?》と考えないのはまずかったと思いました。 《すべて》を問われているかどうかを意識するのは大事ですよね」
僕「そういえば、さっきテトラちゃんが言ってた『解は$x = 1,2$』というのも、省略した言い方だよ」
テトラ「といいますと?」
僕「$x = 1,2$のコンマ($,$)って何だろうという話。これは『$x = 1$または$x = 2$』という意味で使っていると思うんだけど」
テトラ「ああ、確かにそうですね。《または》の意味に……ええ? 《または》なんですか? だって、この方程式の解は$x = 1$と$x = 2$の両方ですよね。 両方だったら《かつ》ではないんでしょうか」
僕「ええと……ああ、いやいや、《または》でいいよ。$x = 1$と$x = 2$の両方が解なんだけど、その《両方》の意味は、 $x = 1$でもいいし、$x = 2$でもいいってことだよね。 だって、$x$に$1$を代入しても方程式を満たすし、 $x$に$2$を代入しても方程式を満たすんだから」
テトラ「ははあ」
僕「《かつ》にしてしまうと変なことになるよ。だって、$x = 1$と$x = 2$を同時に満たす$x$は存在しないから」
テトラ「ああ、確かにそうですね。納得です。《または》なんですね……なかなか難しいです」
僕「うん。だったら《論理》の世界から《集合》の世界に移ると、もっとわかりやすくなると思うよ」
集合の世界へ
テトラ「集合の……世界ですか」
僕「うん、そうだよ。話を簡単にするために《実数全体の集合》の範囲で考えることにするね」
テトラ「はい」
僕「それで、さっきの方程式を実数$x$に関する述語だと考えるんだよ。述語は条件ともいうけど」
$$ \begin{align*} x^2 - 3x + 2 &= 0 && \text{$x$に関する$2$次方程式} \\ x^2 - 3x + 2 &= 0 && \text{$x$に関する述語(条件といってもいい)} \\ \end{align*} $$
テトラ「はい……」
僕「それで、この述語に$P(x)$と名前を付ける」
テトラ「$P(x)$」
僕「ここで、$P(x)$の$x$に実数を何か代入すると、$P(x)$は真になったり偽になったりするわけだよね? たとえば、 $P(1)$は真になる」
テトラ「それはそうですね。$P(1)$は$x^2 - 3x + 2 = 0$の$x$に$1$を代入したわけですから。 真になります……それから、$P(2)$も真になります。 方程式を解いたのと同じですね?」
僕「《解いた》というよりも、$x = 1$や$x = 2$が《解であることを確かめた》 という方が正しいかな。$x = 1$や$x = 2$というのが与えられて、 $P(x)$の真偽を確かめたわけだから」
テトラ「ははあ」
僕「それで……たとえば円周率$\pi$を$x$に代入したら、$P(x)$は偽になる。つまり$P(\pi)$は偽」
テトラ「はい、わかります……あの、これは何をやっていらっしゃるんでしょうか」
僕「話が回りくどくなっちゃったね。$x$に関する述語$P(x)$を考えたとき、《$P(x)$を真にする実数全体の集合》というものを考えることができる、 っていいたかったんだ」
テトラ「$P(x)$を真にする実数……全体の集合」
僕「具体的に書くと、こういう集合」
$$ \SETL 1, 2 \SETR $$
テトラ「……」
僕「$1$と$2$だけを要素にする集合だね。こんなふうに、《与えられた述語を真にする要素全体の集合》のことを、 その述語の真理集合(しんりしゅうごう)っていうんだよ」
テトラ「ということは、$\SETL 1, 2 \SETR$は、$P(x)$の《真理集合》ということですか?」
僕「その通り。その確認はさすがテトラちゃんだね」
テトラ「は、はい。恐縮です……でも、これってSo what?(だから、なに?)ですよね。ち、違いますか?」
僕「そうだね。方程式の解を集合で表しただけの話だから。でも、これで集合の世界に移ったから、さっきの話の確認ができるよ」
テトラ「さっきの話……とは? すみません」
僕「ほら、方程式$x^2 - 3x + 2 = 0$の解は$x = 1 \LOR x = 2$であるという話。こんなふうに二つの式を並べてみれば《論理の世界》と《集合の世界》 に対応関係があることがよくわかるよね」
$$ \begin{array}{ccccc} x = 1 & \LOR & x = 2 \\ \vdots & \vdots & \vdots \\ \SETL 1 \SETR & \cup & \SETL 2 \SETR \\ \end{array} $$
テトラ「ははあ……わかってきました! $x = 1 \LOR x = 2$は論理の世界の言葉で、 $\SETL 1 \SETR \cup \SETL 2 \SETR$は集合の言葉ということですね!」
僕「そう! それでその両方がきれいに対応しているんだ。
- $x = 1$という述語は$\SETL 1 \SETR$という集合に、
- $x = 2$という述語は$\SETL 2 \SETR$という集合に、
- $\LOR$という論理演算は$\cup$という集合演算に、
テトラ「うわわっ……なんだかいろんなものが繋がりますっ!」
僕「だよね」
テトラ「ちょ、ちょっとすみません。いまさらですけれど、$\cup$というのは和集合……でいいんですよね?」
僕「うん、そうだよ。二つの集合の要素をすべて集めて作った集合になるね」
$$ \SETL 1 \SETR \cup \SETL 2 \SETR = \SETL 1, 2 \SETR $$テトラ「はい、わかりました」
同値変形
僕「$2$次方程式を因数分解で解くときには、こんな論理の流れを使って解いていることになるよ。 最初の条件を、 同値な別の条件にどんどん変形していくんだね」
$$ \begin{array}{llll} & x^2 - 3x + 2 = 0 && \text{与えられた$2$次方程式を条件だと思う} \\ \LRARROW & (x - 1)(x - 2) = 0 && \text{因数分解して同値な条件にする} \\ \LRARROW & x - 1 = 0 \LOR x - 2 = 0 && \text{実数$\HIRANO$性質を使って同値な条件にする} \\ \LRARROW & x = 1 \LOR x = 2 && \text{等式$\HIRANO$性質を使って同値な条件にする} \\ \end{array} $$
テトラ「同値な条件に……する」
僕「何か引っかかる? 同値変形ってよくやるよね?」
テトラ「いえ、はい、よくわかります。あのですね。引っかかっていたわけではなく、 同値変形というのをしっかりとは意識してなかったな、 と思っていたんです。たとえば、 $$ x - 1 = 0 $$ という式を $$ x = 1 $$ のようにするのはよくやります。 $1$を左辺から右辺に移項していますよね。 それは計算として無意識にやっていますけど、 《条件を同値変形させている》とは意識してなくて……」
僕「ああ、そこか。そうだね。計算としてささっとやるから、 確かに意識しないことは多いかも。 でも$x - 1 = 0$という条件が成り立てば、$x = 1$は成り立つし、 逆に$x = 1$が成り立つなら$x - 1 = 0$が成り立つわけだから、同値な条件を作っているんだね」
テトラ「そうですね」
僕「そこが気になるなら、$(x - 1)(x - 2) = 0$から$x - 1 = 0 \LOR x - 2 = 0$という 同値変形も意識するとおもしろいよ。 《$2$個の実数の積が$0$に等しかったら、 少なくともどちらか一方は$0$に等しい》というのを論理的に式で書いていることになるから」
テトラ「そうですね……因数分解して方程式を解くというのは、当たり前のように計算してますけど、 論理的に考えると、条件を同値変形していることになるんですね」
集合の言葉で
僕「さっき、条件$P(x)$を真にする要素の集合として、《真理集合》という話をしたけど、それって、こんなふうに書くことができるよ」
$$ \SETL x \SETM P(x) \SETR $$
テトラ「これは?」
この続きは有料会員の方のみ
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)