ヒットマンはどういうときに「走る」のか
——山之内さんはこれまでに数々のヒットマンの刑事弁護をしてきました。ヒットマンになるのはどういう人なんでしょうか。
山之内幸夫(元弁護士。以下、山之内) 相手への憎しみや組への仁義だけで「走る」人間はいません。やりに行く人間にはそれなりの打算がある。たとえば、渡世が下手でこれまでに親分や組にさんざん迷惑をかけて、その恩返しで借金を返すために走る。あるいは、妻子を泣かせてきた人間が、その家族に安定した生活をプレゼントするために走る。計算がないところに犠牲はないですよ。
——一回「走る」とどれくらいもらえるんですか?
山之内 家を買ってもらえるとか、家族の生活費をずっと保証するとかですね。でも今は暴対法で「賞与禁止」が定められているから、どうかな。この賞与禁止が厳格に適用されたら暴力団はつぶれますね。
——賞与はそれほど重要なものなんですね。
山之内 たとえば五代目体制のときは、抗争で功労をあげたものは「金の勲章」……金メダルがもらえたんですよ。抗争で走った人の功績をそこまで露骨にたたえていた。
斎藤三雄(以下、斎藤) 直参たちが並んでいるところで組長から直にメダルの授与があったと聞いています。ただ「賞与禁止」が定められてからはなくなりましたね。私たちにとっては絶好の取材のチャンスで。日頃写真の撮れていない直参を見つけては一生懸命撮ってました。
山之内 その人のおかげで親分の地位が保たれ、若い衆も食っていけるから、功労者をねぎらうのは本当に大切なことなんですよ。とくに六代目である司さんの出身である弘道会は、そのための金の徴収はすっごくきついですね。そのかわり福利厚生はしっかりする。
——「福利厚生」ってどういうものがあるんですか?
山之内 さっき言ったような、走った人間の家族のバックアップがメインですね。本人は塀の中に入っちゃうけれど、残った組員はみんな見てるから。口で言うだけじゃなくて日頃から親方が姿勢を見せていれば、誰でも「走る」んですよ。そもそもが、家族の愛情に触れることなく、寂しい子供時代を過ごした人間の集まりですから。
——ということは、口だけの組もあるんですか?
山之内 えーと、それはノーコメントで(笑)。ただ、ヒットマンの扱いに限らず、若衆を奴隷のように思っているひどい親分もいますね。保険をかけて殺して金にしようとたくらんでいたり、すぐに入れ墨を入れさせたり指を詰めさせたりしてカタギに戻れなくさせたりするのが。そういった現実があるのは否定しません。
警察官が傍聴席を埋め尽くした、組長の裁判
——実は今日、山之内さんと一緒に直参の人に会ってきたんですよね。刑務所にいらっしゃる方で。
山之内 小西一家二代目の組長、落合勇治さん。落合さんは組員が起こした射殺事件について、1年ちょっと経ってから引っ張られて、「お前知ってるだろ」ということで無期懲役になった。でも、事件にかかわった元組員たちが「落合さんを首謀者にしてほしいと検事に頼まれた」と証言しているんですよ。
——それなのに判決も無期懲役。
山之内 ヤクザの裁判は、裁判所がいらないも同然ですからね。たしかに暴力団は反社会的勢力かもしれないですが、だからといって司法の運用がゆがませられていいものではないと私は思っています。
斎藤三雄(実話誌記者。以下、斎藤) 落合さんは本当に精神力の強い人ですね。自分が無罪だという確信があるからここまで耐えていらっしゃるなと感じます。
山之内 親分になるような人たちはみんな強いですね。だから頑固でなかなかわかってもらえないところもあるんだけど……。
斎藤 落合さんの裁判は、私も取材しようとしたんです。裁判員裁判だったんですが、初公判から警察が5人もついていて、裁判員から見ても「ものすごい悪者」感があったでしょうね。そして傍聴席も警察官が埋めているんです。本来なら外部の記者の席も何席か確保されてるものなんだけど、席はあるみたいだけどガラガラなんですよ。明らかにほかの人間をいれないようにしている。検察、警察、記者クラブの人間で埋まっていて、最初実話誌系の人間は一切入れませんでした。
ちょっと外からのぞいたら、傍聴席がガラガラなのが見えたので、ぼくはおかしいと裁判所に文句を言ったんですけど、結局その日はダメでしたね。3回目の公判でやっと入れました。
山之内 しかもその日、警察官には日当が出たんですよ。
斎藤 とんでもないことですよね。公判の後に裁判員のみなさんが会見をやっていて、「公判中に傍聴席からにらまれてこわかった」とか言ってたんですが、法廷に組の人間なんか入ってないから、たぶん記者か警察官なんですよ(笑)。その「こわかった」が判決にどれだけの影響があったかはわかりませんが。
——ドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』でも描かれていましたが、日本国憲法において保証されている「法の下の平等」が、ヤクザに対しては全く適用されていないんですよね。
山之内 立法されている事項ならともかく、法の執行、運用という面においても、明らかに不平等なことが平然と行われていますからね。それに対して明確な反対の声もない。僕は、そうした運用は、憲法に完全に反していると思いますよ。
ヤクザが「絶滅」するかどうかは、国民にかかっている
——山之内先生は、暴力団全体の今後について、かなり悲観的なんでしょうか。
山之内 警察がだいぶ締め付けに乗り出してきていますからね。今現在、僕はヤクザを「絶滅危惧種」だと思っていますけど、このままだと「絶滅種」になるんじゃないかと。でもそれは本当に絶滅するわけじゃなくて潜在化するんですよ。
それで、今は自主規制をしている犯罪に乗り出すことになるでしょうね。
——「絶滅」しないとしたら、それはどういうときでしょう?
山之内 そのカギはひとつです。国民から嫌われるのか、許してもらえるのかだけです。その差だけですよ。それこそ賭博、売春、覚醒剤という基本的な3つのシノギをやっているぶんには、一般的な国民からはそこまで嫌われることはないと思うんですが、やはり抗争が頻発するとダメでしょうね。
日本は民間人のなかから「暴力」を徹底的に奪っている政治体制をとっていますので、暴力が一番嫌われる。私ね、この話を六代目の司さんとしたことあるんですよ。
——そうなんですか。
山之内 「ヤクザが今のように追い詰められた原因は、山一抗争や八王子抗争が理由になっていると僕は思います」と言ったこと、あるんです。司さんは、「我々はそういった中でも勝ち抜いていかないと生きていけない」と言ったんですよ。そこは絶対譲らないですね。
——厳罰化の流れは今後も止まらないんでしょうか?
山之内 それも結局は、ヤクザが国民に嫌われるかどうかにかかってますね。今はサラリーマンの娯楽に思われているふしがあるからまだマシなんです。そしてあれですね、今は若い人がヤクザにあこがれないから、なり手がいませんね。ヤクザなんて、世間に嫌われていじめられて、銀行口座も作れないしマンションも借りられない。そのうえ親分に拘束されるわ規律も厳しいわ、何にもいいことがないと思われてるんじゃないかな。
ヤクザにならなかった若者たちは何をしている?
——では、ヤクザにならなかった子たちはどうなるんでしょう?
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