自慢警察……24時!

友達いーっぱい、恋人とらーぶらぶ、お仕事だーいすき。SNSで自慢ばかりしていると、彼らが動き始めます。その組織の名は『自慢警察』。自慢VS自慢警察。仁義なき抗争の果てに生き延びるのは――
二十歳で「宇宙の解」を知って生きる気力を失った大天才、古見宇(こみう)博士は、「コミュニケーション」に関する発明品を作ることに生きがいを見出し、古見宇発明研究所を設立。今日もニケ助手と共に珍奇な発明を繰り出します。

古見宇こみう博士
23歳男性。生後一週間でマクローリン展開をする。四歳でハーヴァードに入学。六歳で数学の博士号を取る。二十歳で万物理論を完成させたのち、「コミュニケーション」の発明を行う古見宇発明研究所を設立する。

ニケ
32歳女性。古見宇研究所助手。好きなものは竹輪とGINZA。嫌いなものはセリーヌ・ディオン。「宇宙の解」を知って絶望していた博士に「コミュニケーション」という難題を与え、結果的に古見宇研究所の設立に繋げる。



 研究所で手製のお弁当を食べ終えた私は、スマホのフェイスブックを何度も開いたり閉じたりしてから、結局カバンの中にしまった。

 向かいの席でアイスコーヒーを飲んでいた博士がそのことに気がつき「やめたの?」と聞いてきた。

「なんの話ですか?」
「今、自分の手製弁当の写真をフェイスブックに投稿しようとしてたんじゃない?」
「ど、どうしてそれを!」
「ニケ君が弁当をSNSにアップしていそうな顔をしていたからね」
「なんでわかったんですか……」

 博士は造作もないといった顔をしてズズズっとアイスコーヒーを飲み干し、空のカップを机に置いた。

 昼休みに博士が研究所にいるのは久しぶりだった。この一週間、何かの組織立ち上げの仕事があるらしく、博士はよく出張していた。

「いやなんか、自慢してるみたいで恥ずかしくなっちゃって」
「SNSにおける弁当の標準偏差からするとやや下方だし、別に自慢でもないと思うけど」
「そうかもしれないですけど」

 私はちょっとムッとしながら言った。これでもそれなりに手間をかけたのに。

「でも、相手がどう思うかまではわからないじゃないですか」
「たしかにそうだね。君みたいな普通の人間には、何かと生きづらい時代かもしれないね」
「そうなんですよ。私は普通なんです〜」
「ニケ君は、どうしてこんな時代になってしまったか、その真実を知ってるかい?」
「『こんな時代』って?」
「何かと自慢認定されてしまう時代のことさ。SNSへの投稿も、いろんなことを考えなきゃいけなくなっているじゃないか」

「どうしてでしょうね」と私は腕を組んだ。「どうであれ、私みたいに臆病だと、自慢認定されることが怖くて何も投稿できなくなってしまいます……」

「実は、それもこれも『自慢警察』の仕業なんだ」
「じ、じまんけーさつ?」

「やっぱりニケ君も知らないか……」と博士は腕を組んだ。

「やつらは身を隠すのがうまいからね。一般人がその存在を知らないということ自体、そもそも問題なんだけど」
「あの、なんですか、それ?」

「どこから話せばいいものか……。まず、組織の成り立ちから教えようか。
『自慢警察学校』が設立されたのは90年代のこと。校長はジーマン・ユルセンというデンマーク人で、若い日に両親を自慢によって殺されたことから、自慢そのものを憎むようになったんだ。ユルセンによって、最初の学校がアメリカと日本に作られた。はじめはそれほど影響力を持っていなかったんだけど、ゼロ年代あたりからジーマン・チルドレンと呼ばれる、卒業生の第二世代が暗躍を始めて……」
「ジーマン・ユルセン氏の存在も、そんな学校の存在も初耳ですが……。それはそうとして、一体何を目的にした学校なんですか?」

 博士は「自慢の取り締まりだよ」と答えた。「ニケ君がフェイスブックに投稿しようとして、やっぱりやめてしまったのも、自慢警察への恐怖からなんだ」

「そうなんですか?」
「そうだね、では、そもそも『自慢』とはなんだと思う?」
「えー? なんだろ……」

 私は少しの間、考えてみた。

「うーん。『自分がすごいってことを、自分から口にすること』とか?」
「まあだいたい正解だね。でも、それは『近代自慢』でしかないんだ。『ポストモダン自慢』的に言うと不十分だね」
「『ポストモダン自慢』って?」
「ゼロ年代に、ジーマン・チルドレンが組織的に近代自慢概念を塗り替えてしまったんだ。今、自慢概念は『自分が何か特徴を持っていると、自分から口にすること』まで広がっている」
「どういうことですか?」
「たとえば『テストで80点以上しか取ったことがない』という主張は、まあ簡単に言えば自慢になる。50年前も自慢だったし、今も自慢だ」
「そうですね」
「でも、『ポストモダン自慢』においては『テストで50点以下しか取ったことがない』という主張も自慢に含まれる」
「ああ、たしかにそう言われると、『勉強してなかった俺カッコイイアピール』というか、そういう自慢と取られてしまうかもしれませんね」

「もともと自慢とは、ある能力値の高さを自称する行為だったはずなんだけど、今ではある能力値の低さを自虐したとしても、逆にそれが自慢になってしまうんだ。『テレビ見ないアピール』とか『少食アピール』とか『病弱自慢』とか。そして、その元祖は『寝てないアピール』という概念を自慢警察が生み出したことにある」
「ああ、たしかにいつからか、寝てないことが自慢の一種になってましたね」
「本来、睡眠不足は自慢でも何でもないはずなのに、自慢警察の工作によって、それが一種の自慢になってしまったんだ。そこから『ポストモダン自慢』が世間に浸透していったのさ。今では友達がいることも自慢だけど、友達がいないことも自慢だ。ホワイト企業に勤めていることが自慢なら、残業ばかりすることも自慢になっている」
「たしかに、そういう側面はあるかもしれません」

「そして自慢警察は『世の中の自慢をなくす』という目的から逸脱し、いかに『自慢のないところに自慢を見出すか』を目的にしはじめた」
「具体的にはどんな活動を?」
「シンプルだよ。何かの主張を発見しては『あ、それ自慢すか? ^^;』みたいなコメントをする」
「それをされると、何も言えなくなっちゃいますね」
「ああ、このままでは、すべての主義主張が自慢になってしまう!」
「そ、そんなことって……」

「現代人は、自慢の海で窒息死しそうになっているのさ。そして、それこそが自慢警察の目的なんだ」
「ひゃぁ! つまり、自慢警察のせいで、勉強ができてもできなくても、悪さをしていてもしていなくても、テレビを見ていても見ていなくても、全部自慢になってしまうってことですか?」
「そういうことさ。もともと日本人は自慢に厳しかったとも言われている。『つまらないものですが』と言って高価なお土産をあげたりする。しかし、今では『高価なお土産をつまらないもの扱いする俺カッコイイアピール』と取られ、むしろ高度な自慢と捉えられてしまうこともある」
「難しいですね……。では、私たちはどうすれば、『ポストモダン自慢』から解放されて、主義主張を自由に話すことができるようになるんですか?」

「答えの鍵は食物連鎖にある」と博士が答えた。

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古見宇博士の珍奇な発明

小川哲

二十歳で「宇宙の解」を知って生きる気力を失った大天才、古見宇(こみう)博士。そんな彼が絶望の果に見出した謎は「人間関係」でした。まだ誰も光を当てていない種類の「コミュニケーション」に関する発明品を作ることに生きがいを見出し、古見宇発明...もっと読む

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コメント

sai0520 これなんだか面白かった(笑) 約3年前 replyretweetfavorite

sizukanarudon 小川哲 https://t.co/pbJKbKbMnX 勉強してなかった俺カッコイイアピール テレビ見ないアピール 少食アピール 病弱自慢 寝てないアピール #クソワロタンバリンシャンシャンカスタネットタンタンプップクプーシャンシャンブーチリリリリリン 約3年前 replyretweetfavorite

hamakihito 要はおっぱいが好きってことですね。 約3年前 replyretweetfavorite

town_b ちょっとしたショートショートで面白かった。エンドレス。 約3年前 replyretweetfavorite