一故人

浜田幸一—不器用な暴れん坊のメディア遊泳術

国会の暴れん坊だった浜田幸一氏(愛称は「ハマコー」)が2012年8月に亡くなりました。メデイアでもおなじみだった浜田氏のパーソナリティを、そのメディアとの関わりなどを交えつつ、ライターの近藤正高さんが記します。

政治家時代からテレビを意識

元衆議院議員の「ハマコー」こと浜田幸一が8月5日、83歳で亡くなった。彼についてあらためてその足跡をたどってみると、「古いようで新しい政治家」とも「新しいようで古い政治家」ともいうことができそうだ。

彼が「新しかった」部分としては、メディアとの接し方、メディアでの振る舞いみたいなものがまずあげられる。晩年にツイッターを始めたことは記憶に新しい。フォロワー数は約19万人と政治家時代に選挙で得た票数を超え、ツイートで多用した「だう」という独自のフレーズも流行した。

ツイッターでの発言は『ハマコー だう!』(講談社)という本にまとめられている。それ以前より彼はたくさんの著書を上梓してきたが、なかでも政界を引退した1993年に刊行した『日本をダメにした九人の政治家』(講談社)はベストセラーとなった。この本はタイトルからしてうまい。9人の政治家とは誰か? 彼らがどう日本をダメにしたのか? 興味を惹かれて手に取った人は多いはずだ。

テレビ出演時の振る舞いにもかなり意識的だったように思う。政界引退後は報道番組のみならずバラエティ番組やドラマ、CMにも出演し、タレントとしての才能を発揮した。政治家になったタレントは数あれど、逆にこれほどテレビで特異なキャラを開花させた元政治家というのはほかにいまい。

その片鱗は政治家時代、たとえば自民党の「四十日抗争」での振る舞いからもすでにうかがえた。「四十日抗争」とは、1979年秋の総選挙で自民党が敗北したことから、時の首相・大平正芳の責任をめぐり党内が紛糾した事態を指す。このとき、首相の退陣を求める党の反主流派の若手議員や秘書らが自民党本部内に椅子やテーブルでバリケードを築いた。浜田はこれに激怒、現場に駆けつけると椅子の山を片っ端から崩し始める。その様子はテレビでも中継され、彼の武勇伝のひとつとしてのちのちまで語られるようになった。

あらためて当時の映像を見ると、浜田がテレビというメディアを効果的に利用しようとしていたことがうかがえる。このとき、彼は「いいかよく聞け。かわいい子供たちの未来のために自民党があるんだぞ。おまえたちのためだけに自民党があるんじゃない!」と人差し指を突き出しながら咆哮しているのだが、その指先と目線はバリケードの向こう側ではなくテレビカメラに向けられていた。

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この連載について

一故人

近藤正高

ライターの近藤正高さんが、鬼籍に入られた方を取り上げ、その業績、人柄、そして知られざるエピソードなどを綴る連載です。故人の足跡を知る一助として、じっくりお読みいただければ幸いです。

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