あのこは貴族

彼の家族と、驚愕の初顔合わせ

【第16回】
30歳までに結婚したいと願っていたのに、彼氏にフラれた華子。
急に人生の岐路に立たされ、焦りで頭がいっぱいに。
不毛なお見合いを繰り返し、ついに王子様にめぐり合ったが―。
気鋭の作家・山内マリコがアラサー女子の葛藤と解放を描く、渾身の長編小説。

 祖父母の家の呼び鈴を鳴らすと、お手伝いさんが重たそうに引き戸のドアを開けて、中に通してくれる。玄関はキングサイズのベッドが余裕で置けそうなほど広く、沓脱ぎ石には革靴や女性物のハイヒールが並び、上がり框には丈夫で硬そうなスリッパが二人分、きっちり並べてあった。

 華子がコートを脱ごうともたつくと、お手伝いさんがすっと手を貸して、
「こちらでお預かりしますね」
 親しみやすい笑顔とともに言う。

 お手伝いさんはいかにも気のいいおばさんといった感じで、その柔和な対応に、華子はやっと人心地ついた。

「あのこれ……」
 おずおずと手土産を差し出す。

「まあまあありがとうございます。こちらもお預かりして、あとでお出ししますね。みなさんもうお揃いですので、こちらへ」

 通された応接間には、ずらりと年配の親族が揃っていた。詰めれば十二人は座れるダイニングテーブルのセットはオーク材の重苦しいイギリス家具で、壁には田園を描いた風景画が飾られている。いちばん奥の上座に座っている面長の老人が、「おお」と言って手を上げながら、
「やっと来たか」
 くしゃりと相好を崩した。

 おそらくはこの人物が祖父であろう。そして手前に座った和服姿の女性が祖母。華子の両親と同じくらいの年格好の女性が二人と、男性が一人。男性は野暮ったいスーツを、女性陣はひどく地味なツーピースを着ている。一見するとどちらが幸一郎の母親かわからず、華子は少し混乱しながら、誰とも目を合わさずに幸一郎の陰に隠れた。

「じぃじ、結婚相手を連れて来ましたよ」

 幸一郎は祖父を「じぃじ」と呼んだ。じぃじはかなりの高齢だったが、まだ矍鑠としていて、鋭い目を華子にやると、「名前は?」
 威厳たっぷりな太い声でたずねた。

 華子は慌てて背筋を伸ばし、
「榛原華子といいます。はじめてお目にかかります。お招きくださりありがとうございます」
 気に入られたい一心で丁重に頭を下げる。

「まあまあ座りなさい」

 じぃじはそう言って、自分の真横の席を勧めた。それから朝礼でスピーチする校長先生のように、様々な所感を全員に向かって語り、こうして幸一郎のお嫁さんとなる人を迎えられて嬉しいと言って、乾杯の音頭を取った。

 じぃじの号令によってはじめられた食事は仕出しのおせちで、椀物と焼き魚以外はどれもひんやりしていた。数の子、黒豆、伊達巻、田作り……。単に華子に精神的な余裕がないから味がしないのか、それとも本当に美味しくないのか判別しかねる、実にぼんやりとした味であった。

 会話の中心はじぃじであり、じぃじの言ったことに対して、それぞれが感想を述べる形でなんとなく弾んでいる。応接間はガス暖房で暖められているらしく、華子は緊張も相まって、だんだん軽い頭痛がしてきたが、笑顔を絶やさなかった。

 会話がぷつんと途切れ、誰もが次の話題を待っているような間が空くと、華子から見て斜向かいの位置に座った女性が、
「幸一郎の母です」と名乗り、「華子さんは、ご実家にお住まいなのかしら?」とたずねた。

「はい。ずっと松濤の実家にいます」

「お父様はどんな仕事をなさってるのかしら」

 立て続けに質問が飛ぶ。

「開業医です。松濤で、整形外科医院をやっています」
 という華子の答えに、
「母方は会社経営をされているそうです」
 幸一郎が補足する形で言った。

 そこからは、堰を切ったように矢継ぎ早に質問が繰り出された。

「留学の経験などはおありなのかしら?」

「夏休みに一ヶ月だけ、カナダに短期留学したことがあります」

「英語はどのくらい喋れるの?」

「えっと……少しは」

「少し? それじゃあもっとお勉強しなくちゃ、ねえ」

「はあ……」

 華子は小さくなって答えた。

「質問攻めも大概にしなさい」

 隣に座る夫─幸一郎の父にたしなめられるが、女性陣に結婚話ではしゃぐなというのは無理な話だった。

「うちはみんなオークラでしょう?」

「オークラ、年内に本館を建て替えるらしいわよ」と伯母。

「それ本当?」

「東京オリンピックに向けて壊しちゃうんですって」

「あら、噂には聞いてたけど……」

 祖母は残念そうだ。

「だったら建て替え前にお式を挙げるといいわ」

 幸一郎の母が華子に向かって、なんとも断定的なものいいで言った。その何気ない発言だけで彼女がどういう人物であるか、華子には察しがついた。自分がいちばん正しいと信じて疑わない、自分のものさしでしか人をはかれない、狭い世界に君臨してきた女性。そういうおばさまは往々にして、美しいものや文化をこよなく愛し、教養もあるが、なぜかそれが内面の寛容さには一切結びつかないのだ。華子は内心ため息をつきつつ、愛想のいい笑顔でかわす。

「なら、遅くても八月ね」

「ああやだ、真夏の結婚式だなんて。黒留着なきゃいけないのに汗だくになって」

 女性二人はもう着るもののことで揉めている。

「結納はするのかしら?」

 祖母が幸一郎に、心配そうにたずねる。

「さぁ、まだなにも決めてないけど。ばぁばがしろって言うならするよ?」

 幸一郎はにっこりと微笑み、祖母に向かってリップサービスしてみせた。

「華子さん」

 唐突に、じぃじが名前を呼んだ。その一喝で、場の空気がピリッと引き締まる。

「あなたのこと、先に幸一郎から聞いていてね、こっちでしっかり調べさせてもらいました」

「……?」華子はなんのことかわからず、きょとんとしてしまった。

 不思議そうに見回すと、みな共犯者のような空気を放ちながら知らん顔で箸を動かしている。

「この話、進めてもらって構わないから。幸一郎のこと、よろしく頼むよ」

「……こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 華子は、わけもわからず、深々と頭を下げた。

 調べさせてもらったとは、なんのことだったのか。

 あとで幸一郎に訊くと、
「ああ、興信所じゃない?」
 と軽く言われ、あまりに時代錯誤なので、華子は面食らった。

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この連載について

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あのこは貴族

山内マリコ

東京生まれの華子は、箱入り娘として何不自由なく育ったが、20代後半で彼氏に振られ、初めて人生の岐路に立たされた。焦ってお見合いを重ねた末に、イケメン弁護士「青木幸一郎」と出会う。 一方、東京で働く美紀は地方生まれ。大学時代に...もっと読む

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コメント

maibou8 akes山内まりこさんの連載「あのこは貴族」 16話目より男性の絵を使っていただいています。 https://t.co/syXLDTUP6C https://t.co/A5Hy8AyWlv 3年以上前 replyretweetfavorite

flavorry 東京出身のお嬢様の知り合いが絶賛してたから読んで見たけど、 東京こわ。 https://t.co/fIkcxrEiIn 3年以上前 replyretweetfavorite

r_mikasayama おほほほぅ…→ 3年以上前 replyretweetfavorite