大統領選の国民の興奮はスポーツ観戦に似ている
アメリカ大統領選挙は、アメリカ国民にとっては4年に一度の「大エンターテイメント」であり、同じ年に開催されるオリンピックやアメリカンフットボールやメジャーリーグ野球よりも国民が熱くなる。
スポーツ観戦の醍醐味は、選手のパフォーマンスを楽しむだけでなく、勝ち負けを予測し、ひいきのチームの応援をする楽しさにあるのだが、それと同じような興奮が大統領選挙でも起こる。
共和党と民主党の二大政党の支持者の関係は、ニューヨーク・ヤンキース対ボストン・レッドソックスに例えるとわかりやすい。「野球を愛する」という点で共通しているのに、どちらも「ライバルを支持している」というだけで相手を敵視する。
共和党員と民主党員も「国と国民の繁栄を願うアメリカ国民」なのに、相手のやることすべてを拒否する。この根底にあるライバル意識が、さらに大統領選挙を盛り上げている。
私は、1995年からアメリカ在住で、長年のアメリカ政治オタクである。そこで、2015年の11月ごろから、「どうせヒラリーが勝つんでしょう」とか「このままでは、トランプが大統領になるのでは?」と尋ねられるようになった。
1年以上も続くアメリカ大統領選のプロセスは複雑で、アメリカ国民でも理解しにくい。日本に住んでいる人にとってわかりにくいのは当然だ。こうして質問してくれる人は少数派で、ほとんどの人は無関心なままで終わる。
上記の質問に対して、私は次のように説明した。
メディアも候補者の陣営も大金をかけて世論調査をする。それで出てきた数字に大差があれば、もう勝敗は決まっていると思うかもしれない。
しかし、アメリカの大統領選挙ほど先が読めない選挙はほかにはない。経験を積んだプロの政治家や政治アナリストでも、大ハズレの予想をする。どれほど人材とお金を投入して分析しても、コンピュータでシミュレーションをしても、それを覆す何かが起こる。
天気のせいで結果が変わった大統領選もある
選挙がある2016年11月8日までに世界のどこかで紛争が起こるかもしれないし、金融危機が起こるかもしれない。誰も知らなかった候補者のスキャンダルが明るみになることもある。その内容とタイミングで有権者の心理は左右に振れる。
天気の良し悪しで結果が変わることだってあり得る。たとえば、キリスト教原理主義や全米ライフル協会の会員は、「なにがあっても投票する」という強い意志を持っている。だから、嵐が来たら、こういう支持基盤を持っている候補のほうが有利だ。
天候で大統領選の雰囲気が一変したのが、4年前の大統領選挙だった。
大統領選挙投票日が目前に近づいた10月29日から30日にかけて、アメリカ北部を超大型ハリケーンが襲った。 特に被害が大きかったのがニュージャージー州だった。知事のクリス・クリスティは国からの援助を要請し、オバマ大統領はそれに迅速に応えた。被災地にかけつけた民主党候補のオバマ大統領を、共和党のクリスティが大歓迎する写真がメディアに溢れ、「オバマ大統領は、政治的立場にかかわらず、国の危機に素早く対応できる信頼できるリーダーだ」という印象が強まった。
投票は、翌週の11月6日だった。10月末の世論調査ではバラック・オバマ大統領に勝っていたロムニー共和党候補は、自分の勝利を確信していた。それなのに、蓋を開けてみたら明らかな敗北だったのだ。これが、クリスティのせいだと考える共和党員は少なくない。
世界経済の基軸通貨ドルを司り、世界平和を揺るがす、日本とも縁の深い大国の一大事が、ハリケーン到来のタイミングで決まったりする。だからこそ、大統領選挙は選挙当日まで目が離せない。世界平和に影響を与えるイベントをこう呼ぶと叱られそうだが、アメリカ大統領選挙は、世界のどんなイベントより胸を躍らせるエンターテイメントなのだ。
上記のような説明をしたところ、みな、大統領選を身近に感じ、さらに興味を抱いてくれた。そこで、私は「大統領選はこんなにおもしろい!」と伝えるコラムを思いついた。
大統領選を好奇心で追いかけているうちに、無味乾燥に思える世界情勢がおもしろくなってくる。それぞれの候補の政策と、彼らの支持者を理解すると、アメリカが見え、そして、日本の置かれた位置づけも見えてくる。楽しみながら時事問題にくわしくなるという、スポーツ観戦にはない「知的オマケ」まであるのだ。
このような動機で2016年の2月に始めたのが、この「アメリカ大統領戦、やじうま観戦記!」という連載である。