〈元気? 最近どうしてる?〉
風呂あがりに自宅のリビングでくつろいでいた華子は、相楽さんからのLINEを見るなりがばりと身を起こし、慌てて自分の部屋に駆け込んだ。
九月に幸一郎に出会って、十一月にはプロポーズを受け、婚約中の身となった華子。その展開はあまりに急で、幸一郎と出会ったことさえ相楽さんには報告していなかった。相楽さんと予定を合わせて会っていた時間が、すべて幸一郎とのデートに費やされるようになったのだから、仕方のない話である。
あれだけ頻繁に会っていたのに、いざ自分の結婚が決まってみれば、話したいのはシングルの相楽さんよりも、しばらく疎遠になっていた仲良しグループの既婚や婚約組の方だったりするので、自分の身勝手さにはほとほと呆れるが、しかしそれが偽りのない本心なのだった。結婚式のことや、向こうの両親に挨拶に行くときの服装など、訊きたいことは山のようにある。
華子の結婚が決まったことで相楽さんがやっかむとは思えなかったが、仲間が一人減ったようなさびしさを味わわせてしまうであろうことは予想できたし、それだけで気が引けてしまった。しかしそのことを正直に打ち明けて、幸一郎との出会いや人となりを話すことにした。
相楽さんは電話で結婚話を聞くなり、
「そうじゃないかと思ってたんだぁ~」
カラリと明るく言った。
「いやぁ~良かったよ。華子に相手が見つかって。だって相当追い詰められてたじゃん」
連絡しないでごめんと不義理を詫びつつ、華子は顔がにやけてしまう。
「青木幸一郎か、いい名前だね。なにやってる人?」
「うちの義理の兄が勤めてる商社の、顧問弁護士」
「へぇーいいじゃん。家はなにやってるの?」
「それがまだいまいちわからなくて……。流通業って言われて全然ピンとこなくて、詳しく訊いたら、倉庫を貸してるって」
「あぁ~土地持ってるってことなんじゃない?」
「そうなのかなぁ。よくわからない」
「実家は? 行ったことある?」
「ううん。実家は神谷町だって言うんだけど、年明けに年始の集まりがあるから、そこに顔を出してご挨拶することになってる」
「神谷町かぁー。ねえ、青木幸一郎で検索していい? フェイスブックやってるでしょ?」
と言った端から、華子の返事を待たずに調べはじめ、
「あ、青木玲子さんが出てきた。青木幸一郎って、青木玲子さんと血縁ある? もしかして姉弟?」
青木幸一郎のフェイスブックの友達欄に知っている名前を見つけた相楽さんは、俄然面白くなってきたとばかりに声を弾ませた。
「青木玲子さんって、昔よくヴァイオリンのコンクールで見かけたんだけど、すっごい美人なの。背も高くてモデルみたいな。ちょっと憧れてたんだよね~。かなり上手だったしいい先生についてたんだけど、本人はそこまでやる気なかったみたいで、音大とかには進まなかったらしいけど。たしか留学したんじゃなかったっけ?」
「うん、お姉さんはずっとオーストラリアにいるって言ってた」
「え! じゃあそうだよ。絶対そう、青木玲子さんの弟なんだ。青木家って、たしか政治家とかも出てる家系だよ。うちの母親がそんなこと言ってた気がする」
「政治家!?」
華子は思わず大きな声になった。
相楽さんは少し考えて、父親の名前はわかる? と華子にたずねた。
華子は軽井沢の別荘で目にした表札を思い出してみる。青木幸太郎だったか、青木幸次郎だったか。当てずっぽうでいくつかの名前を相楽さんに投げた。そして相楽さんはすぐさま検索にかけて、幸一郎の父親らしき人物をみるみる特定してみせたのだった。
ネット上のいくつかの記事やウィキペディアを見ると、青木家はかなりの家柄であるようだ。
「江戸時代に廻船問屋を営み栄えた青木家の初代当主は、海運王として、越後の石油王と言われた中野貫一に並び称された……とかなんとか書いてあるんだけど、マジ?」
海運王という幕末のロマン漂う言葉に、相楽さんは思わず吹き出している。華子も最初のうちは「なにそれ」と半笑いだったが、記事をいくつか読むうちに、その出自は信憑性を増していった。
青木家はある地方の廻船問屋をルーツに持つ名家で、歴代当主が政治の世界に進出していったのも、どうやら間違いなさそうだった。地元の県議会議員を何代かにわたって務め、やがて衆議院議員となって戦後に運輸大臣にまで上り詰めた人物を出しているという。その人物の妻は子爵の家の生まれだが、華族令廃止によって民間人となったと記されていた。
「ひえぇ~スゴいじゃん。華子、めっちゃ玉の輿!」
相楽さんはゴシップを楽しむ調子で囃し立てるが、
「ちょっと……それはさすがに……引いちゃうな……」
華子は青ざめている。
怖気づく華子に、相楽さんはこう言った。
「なに言ってんの、華子にピッタリじゃん!」
「え……?」
「超しっくりきてるから」
「……そう?」
「そうだよ! 幸一郎さんもそう思ってるから、会ってすぐ華子と結婚しようって決めたんじゃない? 絶対そうだって」
相楽さんは太鼓判を捺すが、華子はなおも自信が持てない。
いじいじしている華子を、相楽さんはこう励ました。
「別にさぁ、見初められたってことでいいんじゃない? わかんないけどほとんどの男の人って、自分よりスペック的に上の相手には、あんま興味ないんだよ。華子みたいに、可愛くて、年齢もちょっと下で、育ちも良くてちゃんとした学校を卒業してて、仕事バリバリってわけでもないタイプが、結婚相手としてはちょうどいいって思うのは、普通のことなんじゃないの? これまでの婚活で出会った男たちの方がダメダメだっただけで。幸一郎さんみたいな人が、華子みたいな子を奥さんにしようと思うのは、すごく順当なチョイスだとあたしは思うよ」
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