疑心暗鬼

課題

チャンスがやってきたときに崩れるものがある。
それは、かけがえのない仲間との絆。
福岡吉本の門を叩いてから、わずか9ヶ月後につかんだ
地上波テレビのレギュラー2本。
そのうちの1本が、福岡芸人の運命を全て変えた。

 福岡吉本の門を叩いてから、わずか9ヶ月後の1991年4月。

 博多温泉劇場の隔月公演と並行しながら、僕は地上波テレビのレギュラーを早くも2本獲得した。

 ひとつは、現在もフジテレビ系列のテレビ熊本で放送されている、夕方の人気番組。

「若っ人ランド」

 今はタイトルだけ同じで内容は全く違うが、当時は「わかっと」という表現そのままに、熊本の現役高校生を対象にした視聴者参加型番組で、学校対抗のゲーム対決がメインのバラエティー番組だった。

 その新司会者と、対戦する各校の応援団長、計3人の出演枠にコンバット満と華丸大吉が選ばれたのだ。
 最初は華丸が司会者で僕と満さんが応援団長だったが、実は本当の司会者はずっと番組に出演している熊本の女性ローカルタレントさんで、蓋を開けてみれば司会者というよりもアシスタントのような扱いだった華丸と、その女性司会者さんとの息が全く合わず、ほどなくして司会者が満さんに、華丸と大吉が各校の応援団長を務めることになった。

 今になって考えると、僕らの知らないところで多少は揉めたのかなとは思うが、あくまでも主役は高校生という番組で、応援団長といっても要は出場者へのインタビュアー役だったから、特に吉田さんや番組のスタッフさんに怒られたという記憶もない。たぶん、割とそつなくこなせていたのだろう。


 問題は、もうひとつの方だった。

 この年に開局したばかりの、テレビ東京系列の福岡ローカル局・TVQで毎週深夜に放送されることになった、僕たち福岡芸人がメインの新番組。

「どっちもどっち博多っ子倶楽部」

 この番組が、僕たち福岡芸人の運命を全て変えた。


 何の因果か、遠い九州の博多という地で同時期に芸人を目指した僕たちは、どんなに理不尽な目に遭おうと全員で歯を食い縛り、どんなに先が見えない道だろうと全員で手を取り合いながら、ここまで必死に歩いてきた。
 互いに人生を投げ出したからこそ出会えた、かけがえのない仲間だったからこそ、現実世界に出現した心の友だったからこそ、ここで生まれた絆はやがて僕たちの強力な武器になりそうで、そしてこの絆は既に優れた防具になっていて、どんな時でも僕たちを守ってくれた。

 そんな僕たちの絆は、人生を賭けて築き上げた一蓮托生の絆は、この番組のスタートによって無残にも打ち砕かれたのだ。

 この番組が始まっていなかったら。

 この番組の内容が少しでも違っていたら。

 この番組が他局で放送されていたら。

 おそらく、博多華丸・大吉という漫才コンビはこの世に存在していないだろうし、仮に存在していたとしても、随分と違った形になっていることだろう。

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疑心暗鬼

博多大吉

「どうして芸人になろうと思ったんですか?」一番多く投げかけられたこの質問に、いつも心の中で聞き返す。「どうしてみんな、芸人になろうと思わなかったんですか?」ーー時はバブルまっただ中。福岡の片隅で、時代の高揚感に背中を押された少年が抱い...もっと読む

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