われらの手で、江戸の繁華を取り戻そう

河村屋七兵衛(後の河村瑞賢)は大阪への道中、ある老人と出会い、彼から「万人に一人の骨相」と評される。
時は進み21年後の江戸、瑞賢は明暦の大火後の被災者の遺骸の処理を幕臣・保科正之から任され、その仕事に邁進していた。

『江戸を造った男』第1章の連載は本日までとなります。


十一


 それから二十一年後の明暦三年(一六五七)三月、遺骸の処理も一段落した七兵衛は、保科正之の招きに応じ、しばしんせんの会津藩中屋敷を訪れた。
 会津藩中屋敷は火事で大半が焼けてしまったため、かつて広壮華麗とうたわれたその姿は見る影もなかった。
 焼け残った一棟の前庭で控えていると、保科正之が現れた。
「なぜ、そこにいる」
 正之が怒声を張り上げる。
「はっ、いや—」
 七兵衛は、案内をしてきた取次役の指示に従ったまでである。
「そなたを叱っておるのではない。そなたの値打ちも分からぬ、わが家臣に憤っているのだ」
「もったいない」
 七兵衛がむしろに額を擦り付ける。
「ちこう」
「へっ」
「こちらに来て、共に飲もう」
 顔を上げると、盃を振っている正之の姿が見えた。
「そう仰せになられても—」
「構わぬ」
 致し方なく広縁に上がったが、左右に控える家臣の鋭い視線を感じて、七兵衛はそれ以上、中に入れない。
「何を遠慮しておる。そうか—」
 正之が、ようやく気づいた。
「そなたらは次の間に控えていよ」
 正之が命じると、広縁にいた家臣たちが座を外した。
「これでよいな」
「は、はい」
 七兵衛は額に冷や汗を浮かべながら、正之に相対する座までしつこうした。
「此度は苦労であった」
「ありがとうございます」
 正之のその言葉だけで、あらゆる労苦が報われた気がする。
「しかし、あれだけの大仕事を、よくぞやり遂げたものだ」
 明暦の大火の後始末で、最も困難な仕事が遺骸の処理だった。すでに遺骸は腐敗が始まり、うじが無数に湧いている。こうしたものに触れるのは、誰でも嫌である。それゆえ人を雇って仕事をやらせても、目を離せば怠けるのは明らかだった。だからと言って、それを見計らって大人数を雇えば、予算が足りなくなる。遺骸を運ぶ大八車の数も、そろえられるかどうか分からない。
 そこで、江戸城下のふだの辻に「牛島新田まで遺骸を運んできた者には、一体につき十文出す」というふれがきを掲げたところ、人々は大八車に遺骸を積んで、次々にやってきた。
 損傷が激しいものでも一体と認めたので、皆、遺骸を選ばずに運び込んできた。
 海に浮かぶ遺骸も、漁師たちに集めさせた。それには一体につき二十文出したので、漁師たちも競うように集めてきた。
 一方、焼き場の人足は、口入屋をやっていた頃の知識や眼力を生かし、屈強なだけでなく忍耐強そうな者を集めた。
 七兵衛は必要なことを手控えに書き並べ、それに優先順位を付け、次々にこなしていった。それにより江戸市中に転がっていた遺骸が、瞬く間に片付けられていった。
 結局、牛島新田に集められた遺骸は六万三千四百三十に上った。また水死体は四千六百五十四を数えた。これらを合わせると、犠牲者の総数は六万八千余に上った。
 その無味乾燥な数字の中には、かけがえのない兵之助も入っている。それを思うと、悲しみが込み上げてくる。
 —兵之助、そっちで皆に可愛かわいがってもらえよ。
 こうして遺骸をひとまとめにして供養することで、冥途にもう一つの江戸ができるような気がした。死んでいった人々は、その中で幸せに暮らしていくに違いない。
 それを思うと、七兵衛は幾分か気が楽になった。だが六万八千余という数字は、あまりに重い。
 死んでいった者たちにも、それぞれの人生があった。うれしいことがあれば笑い、腹が減れば飯を食らい、仕事や勉学に精を出して、それぞれに見合った幸せを手に入れようとしていた。
 一人ひとりが誰かを愛し、誰かに愛され、たった一つの生を生きていた。それが突然、奪い去られたのだ。
 —こんなこと、二度とあってはならない。
 膝を握る手の甲に涙が落ちる。

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江戸を造った男

伊東潤
朝日新聞出版
2016-09-07

コルク

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江戸を造った男

伊東潤

江戸の都市計画・日本大改造の総指揮者、その名は河村瑞賢! 伊勢の貧農に生まれた河村屋七兵衛(のちの瑞賢)は、苦労の末に材木屋を営むようになり、明暦の大火の折に材木を買い占めて莫大な利益を得る。 その知恵と並はずれた胆力を買われ...もっと読む

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