万人に一人の骨相

一攫千金を狙って、商都・大阪を目指す河村屋七兵衛(のちの河村瑞賢)だったが、道中で足に怪我を負い途方に暮れていた。そこに一人の老人が現れる・・・


「てえことは、御先手組同心というのは嘘で—」
 小田原宿の外れの鄙びた旅籠はたごで、七兵衛と老人は一献、傾けていた。
「大きな声で言うな。これも旅人が身を守る術の一つだ」
 老人は賊に遭った時や紙入れを落とした時のために、紙入れの裏に「御先手組同心」と書き、適当な朱印を捺していた。確かによく見ると、朱印の文字はよく見えない。
「最近は、道中にもああした『護摩の灰』と呼ばれるやからが増えてきた。野盗を働く勇気もないから、旅人に難癖を付けて金を奪おうとする。旅人が代官所に訴え出ないように、奴らは奴らで理屈を考えてるのさ」
 確かに訴え出たところで、逆に「抜かれた」と言われてしまえば、めんどうなことになる。
 —世の中には、こんな悪事にも頭を働かせる者がいるのだな。
 七兵衛は妙なことに感心した。
「あんたに拾われて助かったよ」
 老人が七兵衛の盃を満たす。
「とんでもない。あれほど親切にしていただいたのですから、これくらい当然です」
「そうか。やはり親切はしておくべきだな」
「それで、ご商売は何を」
「大したことはやってない」
 老人は自分のことを、あまり話したがらない。表通りを堂々と歩けるような商売ではないのかもしれない。五郎八の店で商売の表も裏も見てきた七兵衛には、何となくそれが分かる。
「ところで、お前さん」
 老人が盃を干しつつ問う。
「いくつになる」
「二十歳になります」
「そうか。二十歳ね」
 老人は、七兵衛の顔をのぞき込むように言った。
「わしは人相見じゃないが、お前さんのようなこつそうの人には、会ったことがないよ」
 骨相とは、人相だけでなく顔の骨組みまで含めた顔全体のことである。
 七兵衛は意外だった。とりたてて好男子でもないが、顔についてはとくに特徴もなく、平々凡々たるものと思ってきたからだ。
「骨相というのはな、見た目だけじゃないんだ」
 老人が言うには、目の光からその動き、また口端の気品やら歯の並びなど、それらを総合して見るものが骨相だという。
「あんたは万人に一人の骨相をしている。きっと他日、天下を驚かすようなことをするよ」
「それは真で」
 これまで七兵衛は、商売を始めて何がしかの財を成せれば、それでよいと思ってきた。しかし老人が言うには、「己一個の欲心を捨て、万民に尽くす気持ちを持てば、天地の雲気がすべて味方し、六十六国の大名はもとより、将軍でさえ感謝する仕事ができる」と言うのだ。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

江戸を造った男

伊東潤
朝日新聞出版
2016-09-07

コルク

この連載について

初回を読む
江戸を造った男

伊東潤

江戸の都市計画・日本大改造の総指揮者、その名は河村瑞賢! 伊勢の貧農に生まれた河村屋七兵衛(のちの瑞賢)は、苦労の末に材木屋を営むようになり、明暦の大火の折に材木を買い占めて莫大な利益を得る。 その知恵と並はずれた胆力を買われ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード