この野郎、痛い目に遭いたいのか

1粒の米から大金持ちになった両替商の噂を聞きつけた河村屋七兵衛(のちの河村瑞賢)は、天下の台所・大阪へと向かう。


 寛永十四年(一六三七)の夏、汚れた夜具から擦り切れたじゆばんまで、家財道具一切を処分し、大坂までの最低限の旅支度を整えた七兵衛は、東海道を西に向かった。
 久しぶりに鋭気がおういつし、その日は十五里を歩いて平塚に泊まった。翌日、おおいそを通り過ぎてを経て酒匂川河畔に出たが、渡し賃が惜しい。まだ先は長いのだ。そこで七兵衛は脚絆を解き、草鞋を脱いで川に踏み入った。酒匂川は中ほどでも膝程度の深さだったが、意外に流れは速い。
 それでも何とか渡っていたが、川の中ほどでつまずいてしまった。激痛が走る。傷を負ったことは確かだが、激流を渡るのに必死で確かめている暇はない。ようやく対岸にたどり着き、痛みの激しい左足の爪先を見ると、親指の爪が剥がれてしまっていた。
 —ああ、旅の初めに何たることか。
 しかし嘆いていても仕方がない。七兵衛は手拭いを裂き、親指に厳重に巻いた。それでも痛みが激しく、とても歩けたものではない。これから東海道で最難所の箱根越えであり、この傷では到底、越えられるとは思えない。かといって、傷が癒えるまで小田原に滞在する旅費などない。
 七兵衛が途方に暮れていると、眼前に老人が通りかかった。どうやら旅人らしい。
「どうした」
 老人が慈愛のこもったまなしを向けてきた。
「見ての通りです」
 すると老人は、自分の葛籠を下ろしてなんこうを取り出すと、「これはよく効く薬だ」と言って、七兵衛の爪先に塗ってくれた。
「なぜ、見知らぬ者に、こんな親切をしていただけるのですか」と問うと、老人は「旅人は皆、兄弟。互いに助け合いだ」と言って笑った。
「これでよし」
 老人が立ち上がる。
「ありがとうございました」
「四、五日すればよくなる。それまでは小田原にとうりゆうするがよい。無理して箱根を越えようとすれば、傷が悪化する。くれぐれも養生することだ。わしは先を急ぐので、これにて御免仕る」
 そう言うと、老人は行ってしまった。
 その後ろ姿に頭を下げながら、七兵衛は老人の言に従うことにした。
 —傷が癒えるまでは何とかして食いつなぎ、金がまったら、また旅を続けるか。
 しばらく休んだ後、七兵衛が立ち上がると、道端に何かが落ちていた。
 —紙入れ、か。
 それを拾い上げると、ずしりと重い。
「あっ」と思って中を見ると、小判が十二枚も入っているではないか。
 —たいへんだ。
 先ほどの老人は「先を急ぐので」と言っていたが、何かの商用で使う金に違いない。
 痛い足を引きずりつつ駆け出してみたものの、すでに小半刻は経っており、老人の姿は見つけられない。小田原の奉行所に届けようかと思ったが、そんなことをすれば、小役人に着服されるだけである。
 やがて日も暮れてきた。小田原宿では飯盛り女が表に出て、さかんに客引きをしている。その白くて太い腕を振り払いつつ、七兵衛は老人を捜した。

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江戸を造った男

伊東潤
朝日新聞出版
2016-09-07

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江戸の都市計画・日本大改造の総指揮者、その名は河村瑞賢! 伊勢の貧農に生まれた河村屋七兵衛(のちの瑞賢)は、苦労の末に材木屋を営むようになり、明暦の大火の折に材木を買い占めて莫大な利益を得る。 その知恵と並はずれた胆力を買われ...もっと読む

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