「そなたは何者か」
そう言いつつ、正之が上書を受け取った。
「はっ、霊岸島の材木仲買人、河村屋七兵衛と申します」
「河村屋とな。それで何用か」
「大火の後、民の困窮は見かねるばかり。しかしながら上様のご慈悲により、民は飢え死にからは逃れられそうです。ただ一つ、お願い申し上げたいのは——」
上書を読もうとしていた正之が、七兵衛に視線を据える。
——ここが切所だ。
七兵衛は丹田に力を入れると言った。
「江戸市中には、災いに遭った者たちの遺骸が山のように積まれております。まずは、これらの遺骸を始末せぬことには悪疫や悪疾が蔓延し、大火を生き残った者たちの命まで奪います。それゆえ——」
思い切って顔を上げた七兵衛は、正之と視線を合わせた。
「早急にこれらの始末をつけ、ご供養いただけますよう、お願い申し上げます」
「いかさま、な」
しばしの沈黙の後、正之が言った。
「そなたの申すことは尤もだ。われら柳営(幕閣)は、先へ先へと目が行きすぎていた。最も大切なことは、遺骸を葬り、供養することだった」
「あ、ありがたきお言葉」
「して、どうする」
「まずは、どこにどれほどの遺骸があるかを調べ、それらを一所に集め、火葬せねばなりません」
七兵衛の計画は、遺骸をどこかに集め、大穴を掘って火葬にし、そこに寺を建立して供養させるというものである。
「それは分かっておるが、それを誰が指揮する」
「いや、それは——」
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