わいは、もうこの家の者ではないのだ

木曽の材木を買い付けることに成功した河村屋七兵衛(河村瑞賢)
時は遡り、13歳の七兵衛の物語が始まる。
ファンドマネージャー・藤野英人さんとの『江戸を造った男』特別対談を掲載中!



 伊勢国の日差しはまぶしい。
 他国に行ったことのある者や、他国からやってくる者によると、熊野なだに面した国々は、山も海もすべてが光に包まれているように見えるという。
げん四年(一六一八)生まれで十三歳になったばかりの七兵衛は、生まれ故郷であるわたらいぐんとうぐうむらを出たことがないので、むろん他国のことは知らない。それでもここは、何となく光に満ちているように感じられる。
「伊勢は光の国だが、江戸は人の国だ。陸からこぼれんばかりに、人が溢れている」
 江戸に行ったことのある大仙寺の住持は、そう言った。
 —いつか、人の国にも行ってみたい。
「江戸には人が溢れている」と言われても、それがどういうものか、七兵衛には見当もつかない。七兵衛にとって、人は山や河川の作り出す隙間に申し訳程度に住んでいるという認識しかない。
 —いつか江戸に行ってやる。
 江戸への憧れは日々、強いものとなっていった。


 日差しが強い分、伊勢国の夏は暑い。
 いくら拭っても、次から次へと汗が滴ってくる。二輪の荷車を上り坂に止めた七兵衛は、首に巻き付けたしゆきんで顔の汗を拭いた。腹掛けとふんどししか身に着けていないのだが、風がないので全身汗まみれである。
 顔を上げると、東宮村の象徴であるふたつか山が、七兵衛をにらんでいた。
 ふたつか山は二つの峰から成り、ちょうど二つの塚のような山容をしていることから、そう呼ばれていた。一方、南に目を転じれば海が見えた。奈屋浦である。
 これが、この時の七兵衛にとっての全世界だった。
 奈屋浦で漁師から仕入れたベラ、アオリ、クロダイといった魚類や、さざえやあわびといった貝類を、東宮川上流の山村に売り歩くのが七兵衛の仕事である。
 冬場は休み休みでもいいが、夏場の魚はすぐに傷むので、早急に山間の村まで運び、売りさばかねばならない。むろん売りさばくと言っても、米や野菜との物々交換である。
 帰りは米や野菜を積んで奈屋浦に戻り、それらを漁師たちに渡し、手間賃代わりに余ったものをもらうのだが、その日によって何をどれだけもらえるか分からないのが、この仕事のつらいところである。
 この日の仕事を終えた七兵衛は、駄賃代わりの魚と野菜を車に載せ、東宮川に面した家に戻った。
 こんなに魚介類が豊富な地でありながら、先祖が武士だったという誇りがあるためか、祖父のまさふさも父のまさつぐも、漁師にはならなかった。だからといって一介の浪人に仕官の口はない。それゆえ小さな畑を耕しながら、近所の子らに読み書きを教えて生計を立てていた。
 そもそも河村家の祖は、俵  たわらのとうたの異名を持つふじわらのひでさとで、その孫のひでたかが相模国の河村に住んだので、河村姓を名乗るようになったという。秀高の子のひできよの時、源頼朝に仕えて功を挙げたことで、伊勢国に所領をもらい、一族郎党と共に移り住んだという。
 その後、室町から戦国期にかけて、伊勢きたばたけ氏に仕えていた河村氏だったが、北畠氏が織田信長に滅ぼされたので、祖父の政房は蒲生がもううじさとに、さらにまるなおまさに仕えたが、直昌が関ヶ原合戦で西軍に付いて没落したため、政房も浪人となった。
 半ば朽ちかけた家に入ると、客の気配が伝わってきた。
「七兵衛か。こちらに来い」
 父に呼ばれて客間に行ってみると、四十代とおぼしき見知らぬ男がいる。
「これが長男の七兵衛だ」
 七兵衛がちょこんと頭を下げると、父の怒声がとどろく。
「武士の子なら、しっかり挨拶せんか!」
「初めてお目にかかります。河村七兵衛と申します」
 驚いた七兵衛は正座して平伏した。
「武士の子は、そこまでせんでいい」
 父が不機嫌そうに言う。しょせん何をやっても、気に入らないのだ。
「ははは、伊勢国随一の英才も、父上には頭が上がりませんか」
 父は客に、七兵衛のことを「伊勢国随一の英才」と言ったらしい。
「わいの名ははち。江戸は浅草でくちいれをやっとります」
「五郎八殿は、さまの弟の子だ」
 父が紹介すると、五郎八と名乗った男は、七兵衛に対しても丁重に言った。
「此度は上方で商用があり、そのついでに墓参を思い立ち、こちらに寄らせていただきました」
 五郎八が、すでに武士の血を引く矜持きようじを欠片も持っていないことは、その流  りゆうちような江戸弁からもうかがえる。
 母のはつが茶をれてきた。
「お前もここに座れ」
「はい」
 母は茶を置くと、その場に座した。
 ふと、その顔を見ると瞳が真赤である。
 —これは何かある。
 七兵衛の直感が、それを告げた。
「七兵衛、聞け」
「はっ」
「そなたは、以前から青雲の志を抱き、いつか江戸に出たいと申していたな」
「はい。仰せの通りです」
「わいも、そなたを、かような鄙の地で終わらせるには、もったいないと思っていた」
 —ということは江戸に行けるのか!
 七兵衛の心が沸き立つ。
「ここにいる五郎八殿は一介の人足から身を起こし、今は江戸で、人を使って手広く商いをしている」
「まあ、それほどの出世でもありませんがね」
 五郎八が頭の後ろに手をやって笑う。
「そこでだ」
 父がせきばらいした。何かを申し渡す時の癖である。

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江戸を造った男

伊東潤
朝日新聞出版
2016-09-07

コルク

この連載について

初回を読む
江戸を造った男

伊東潤

江戸の都市計画・日本大改造の総指揮者、その名は河村瑞賢! 伊勢の貧農に生まれた河村屋七兵衛(のちの瑞賢)は、苦労の末に材木屋を営むようになり、明暦の大火の折に材木を買い占めて莫大な利益を得る。 その知恵と並はずれた胆力を買われ...もっと読む

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