「お脇、どこだ。どこにいる!」
一心不乱に捜したが、お脇の姿はない。
——致し方ない。何とか船まで来てくれ。
このままでは自分と弥兵衛も助からない。七兵衛は、弥兵衛だけでも船に乗せてから取って返そうと思った。しかし人の波は収まることなく、次から次へと押し寄せてくる。
その時である。
「あんた!」
背後からお脇の声が聞こえた。
「ああ、お脇、よかった!」
七兵衛は歓喜したが、お脇の傍らにいるのは伝十郎だけである。
「あんた、兵之助が手を放しちまったんだよ!」
「どうしてだ」
「誰かが間に割って入ったのさ」
泣き崩れるお脇を、七兵衛が抱きかかえた。その間も人の波に押され、七兵衛たちは、兵之助を見失った辺りから遠ざかっていく。
「どの辺りだ」
「もっと向こうだよ」
「捜したのか」
「もちろんさ。でも、この有様じゃ見つけられないよ」
お脇が背後を振り返ったが、人が多すぎて何も見えない。
母とはぐれた兵之助は恐慌状態に陥り、どこかに行ってしまったに違いない。
「分かった。兵之助はわいが捜す。お前らは船へ向かえ」
「船ったって、どの船だい」
——そうだった。
お脇は菱屋の権六を知らない。このままお脇と子らを河岸に向かわせても、どの船に乗っていいのかも分からず、河岸で右往左往するだけである。
「致し方ない。兵之助は後で捜そう。ひとまず付いてこい」
「だってあんた、それじゃ兵之助が——」
お脇は、その場から動こうとしない。
「聞け」
七兵衛が片手でお脇の肩を掴む。
「それじゃ、ここで一家そろって焼け死ぬっていうのか。兵之助はわいが必ず見つける」
「分かったよ。ああ、ごめんね、兵之助」
嗚咽を漏らしながらも、お脇は付いてきた。
四人は、人の波に押されながら豊海橋まで出ると、そのまま橋を渡った。そこを左に行けば、北新堀河岸である。
煙をかき分けるようにして走っていくと、菱屋の船が見えてきた。
「菱屋さん!」
「おお、河村屋さん」
——よかった。間に合った。
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