二
煙草盆の上に置かれた竹製の灰落としから、先ほど吸った煙草の煙が、いまだ立ち上っていた。
七兵衛は「火の用心、火の用心」と二回唱えると、飲みかけのお茶を少しだけかけた。
「じゅっ」という音とともに火が消える。
——わいも、もう四十か。
齢四十に達し、人の一生というのは竹と同じように節目があることを、七兵衛は覚っていた。
節目で訪れる転機を知り、新たな流れに乗っていくことで、人生は大きく違ってくる。
こうして霊岸島で材木の仲買人を営めるようになったのも、転機に気づいて流れに逆らわなかったからである。
——早いもので、もう明暦三年(一六五七)か。
七兵衛が材木の売買に携わるようになったのは、寛永二十一年(一六四四)なので、すでに十三年の歳月が流れている。店を兼ねた住居も、二年ほど前に裏長屋から表店に移ることができ、「材木卸 河村屋」の暖簾を掛けることができた。
羅宇煙管に細刻みを詰めると、七兵衛は煙を思いきり吸い込んだ。
胸腔いっぱいに煙草が行きわたり、新たなやる気を起こさせる。
——さて今日は、尾張の仲買人から運ばれてくる材木を、千住の大工の許まで運ぶ手配をするんだったな。夜は材木商たちの寄合か。
ちらりと外を見やると、土埃が舞っている。
——今日も風が強そうだ。
ここ数日、風の強い日が続き、江戸では珍しいくらい寒い。
——さて、早めに飯を食って出かけるか。
煙草盆を引き寄せ、煙管に詰まった灰を落とすと、七兵衛は再び茶をかけた。
——火の用心、火の用心、と。
「昼餉の支度ができましたよ」
奥からお脇の声が聞こえてきた。
お脇と夫婦になったのは、慶安元年(一六四八)なので、すでに九年の月日が流れている。夫婦になってすぐにできた長男の万太郎には、乳飲み子のうちに死なれてしまったが、同三年に生まれた次男の伝十郎を頭として、同五年に生まれた三男の兵之助、承応三年(一六五四)に生まれた四男の弥兵衛は、すくすくと育っている。
七兵衛が居間に入ると、三人の子が正座して待っていた。その視線は、湯気を上げている深川めしに釘付けになっている。
深川めしとは、江戸湾で取れた貝や長葱を醤油で味付けてから炊き込んだもので、お脇の得意料理である。
お脇が、椀と箸を盆に載せて運んできた。
「今日も、うまく炊き上がりましたよ」
「こいつは、うまそうだな」
「朝方、河岸に行ったら、いい貝が買えたんですよ」
「そいつはよかった」
神棚に柏手を打ち、七兵衛が座に着くと、伝十郎と兵之助の二人は「食べていいぞ」という言葉がかかるのを、今か今かと待っている。四歳になったばかりの弥兵衛だけが、正座に耐えられないのか、膝をもぞもぞと動かし、今にも泣き出さんばかりである。
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