共同幻想論』が示す「女性」の本質

吉本隆明『共同幻想論』評、第三回は本書の構成について見ていきます。目次には、禁制論、憑人論、巫覡論、巫女論、他界論、祭儀論、母制論、対幻想論、罪責論、規範論、起源論――など、ずらりと奇怪な字面が並ぶ本書ですが、吉本はいったい何を論じようとしたのでしょうか。


改訂新版 共同幻想論 (角川ソフィア文庫)

思想書としての『共同幻想論』の特質

 ここから本書の内部に触れていきたい。直観的な理解や魅了といった受容を除いて見つめ直すなら、『共同幻想論』とはいったいどのような思想書なのだろうか。最初に突き当たるのは、決定版とされた1982年の角川文庫版を開くときに現れる、マルクスの『資本論』でも連想するような長く、要領を得ない複数序文の存在である。この序文のなかで重要な点は、実は2点しかない。1つは、この本の主題提示である。

 人間が共同のし組みやシステムをつくって、それが守られたり、慣行となったりしているところでは、どこまでも共同の幻想が存在している。そして国家成立の以前からあったさまざまな共同の幻想は、たくさんの宗教的な習俗や、倫理的な習俗として存在しながら、ひとつの中心に凝縮していったに違いない。この本でとり扱われたのはそういう主題であった。

 つまり、各種の共同幻想が国家に集約されるようすを描くことが、本書の1つの主題である。

 もう1点、重要なことは、同語反復的だが、本書は「幻想」の各種の形態を扱った、ということである。その点で本書が民族学や文化人類学と異なること、また国家学説でも宗教学でもないと明記して、さらにこう述べられている。

 ただ個人の幻想とは異なった次元に想定される共同の幻想のさまざまな形態としてだけ、対象をとりあげようとおもったのである。

 本書は、各種の共同幻想が対象となっている、というのは、当たり前のことのようだが、目次に並ぶ、奇っ怪ともいえる字面の諸論—禁制論、憑人論、巫覡論、巫女論、他界論、祭儀論、母制論、対幻想論、罪責論、規範論、起源論—は、「共同の幻想のさまざな形態」の論なのである。

『共同幻想論』の具体的な構成
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