大統領選そもそものルール
11月8日はいよいよ投票日だ。
その日を楽しむために、勝敗を決めるルールについて話そう。
東京で大原ケイさんとの対談では、大原さんがコンピュータを持参して説明してくれたが、ここでも、なるべくわかりやすく説明したい。
アメリカでは、それぞれの国民が、党ではなく大統領候補を選んで投票する。だから、よく「直接選挙」と誤解されるが、そうではない。
各州に「選挙人(elector)」という役割の人がいて、彼らが州を代表して投票することになっている。
選挙人の数は、その州の下院議員の数(人口から割り出した数)に上院議員の数(各州2人)をあわせた数で、全部で538人。アラスカなど人口が少ない州では最低数の3人で、もっとも多いのがカリフォルニアの55人だ。この538人の過半数、つまり270人を獲得した候補が大統領選挙の勝利者になる。
民主党の予備選では、どちらの候補が州で勝っても、得票率に応じて「一般代議員」を得ることができる。だが、本選は、州の勝者が選挙人の全員を獲得する「勝者総取り」のシステムだ(メインとネブラスカは例外)。
「それなら、3人しか選挙人がいないアラスカより55人もいるカリフォルニアのほうが大切だ。候補はカリフォルニアで勝つために努力したほうがいい」と思うだろう。
数字上は論理的だが、現実はそうではない。
なぜかというと、アメリカには「青い州」と「赤い州」があるからだ。
2016 Election Forecast | FiveThirtyEight
通常の大統領選挙では、共和党員が多い「赤い州」では共和党の指名候補が勝ち、民主党員が多い「青い州」では民主党指名候補が勝つ。カリフォルニアは青い州なので、民主党が努力しなくてもすでにヒラリーのものとして数えられている。
両候補が力を入れるのは、保守とリベラルの勢力が拮抗する「スイング・ステート」である。数少ないスイング・ステートの勝敗で、大統領選の勝敗が決まるからだ。
2016年の大統領選挙では、オハイオ、フロリダ、コロラド、ペンシルバニア、ノースカロライナ、ニューハンプシャー、アイオワ、ネバダ、ミシガン、ウィスコンシン、ミネソタ、バージニアがスイング・ステートとみなされていた。
このマップの色が変わり始めたのが、最初のディベートの後だった。
10月8日時点での青い州、赤い州、スイング・ステートはこれらのようになる。
ヒラリー・クリントンよりの青い州(確率が高い順)
※薄い色は青く傾いてきた「スイング・ステート」
ドナルド・トランプよりの赤い州(確率が高い順)
※薄い色は「スイング・ステート」になりそうな州
ゆれうごくスイング・ステート
ヒラリーが狙いはじめたランドスライド勝利
だが、3つの大統領ディベートでのトランプの無残なパフォーマンスに加え、トランプのセクハラ疑惑という「オクトーバー・サプライズ」の影響で、投票日まで1ヶ月を切った時点で、「スイング・ステート」が青くなるどころか、「赤い州」までが青くなる可能性が出てきたのだ。
たとえば、アリゾナ州、ユタ州、テキサス州は、最初のディベート前には、トランプ勝利が確実だと予測され、獲得選挙人のスコア表ではすでにトランプのほうに数えられていた。
だが、第1回のディベートでのトランプの失言が彼の予想以上に尾を引き、アリゾナ州が大きくヒラリーに傾いた。そして、オクトーバー・サプライズと第2回のディベートの後、非常に保守的なことで知られるユタ州でトランプ離れが進んだ。ユタ州はモルモン教徒が多い。彼らは、女性に対して性的かつ下品な発言をし、性暴力まで肯定するかのようなトランプをリーダーとして積極的に拒否しはじめたのだ。
また、ブッシュ大統領のお膝元のテキサスでは共和党が負けたことはないのだが、41代ブッシュ大統領がヒラリーに投票することを公表するなど、「アンチ・トランプ」のメッセージが古くからの共和党員に浸透しつつある。
メディアは、10月なかばから、「ヒラリーは、ランドスライド勝利(地滑り的圧勝)を狙えるかもしれない」とささやき始めた。
近年のアメリカの歴史で、もっとも鮮やかなランドスライド勝利は、1972年のニクソン(共和党)と、1984年のレーガン(共和党)の2つの大統領選だった。ニクソンが失ったのはマサチューセッツとワシントンDCのみ、レーガンが失ったのはミネソタとワシントンDCだけだった。1972年のニクソン現役大統領の時代には、まだ、黒人の公民権運動や中絶の権利やそれを擁護する民主党への反感が強かった。そして、ベトナム戦争を悪化させたのが前任のケネディとジョンソンという民主党政権だったことが背景にあった。
1984年の大統領選では、カーター大統領時代の副大統領だったウォルター・モンデールが民主党指名候補として現職のレーガンに挑んだ。だが、副大統領候補に二大政党としては初めての女性のジェラルディン・フェラーロを選んだモンデールは、当時のアメリカ国民にはあまりにもリベラルすぎ、チャーミングなレーガンに勝てる魅力にも欠けていた。
だが、民主党がお手本にしているのは1964年のリンドン・ジョンソン大統領対バリー・ゴールドウォーターの選挙だ。
共和党指名候補になったゴールドウォーターは、マーチン・ルーサー・キング牧師とケネディ大統領が勇敢に運動を広め、ジョンソンが成立させた公民権法について、反対の立場だった。ジョンソン陣営は、人種差別者としてのゴールドウォーターのイメージを広めることに成功したが、これをきっかけに民主党は基盤だった南部を今後失うことになった。ゴールドウォーターの最大の失敗は、ベトナム戦争で核兵器を使う可能性を示唆したことだった。ジョンソンは、ゴールドウォーターが大統領になったら核戦争が勃発することを示唆するテレビコマーシャルを作り、これがジョンソン圧勝のきっかけになったといわれる。
ジョンソンは、公民権法に反対する者が多い南部と西部の6州を失っただけで、ほかの州すべてを獲得したのだが、ヒラリーと民主党が目指しているのは、これほど劇的な勝利ではない。
民主党が強かった南部にゴールドウォーターと共和党が進出して地図を書き換えたように、共和党が強い赤い州に進出し、近い将来に上院と下院での過半数を取り戻すことなのだ。
トランプの2つの失態
10月19日の大統領選で最後のディベートは、急速に支持を失いつつあるトランプにとって、挽回する最後のチャンスだった。
だが、トランプはふたたび感情のコントロールを失い、自分のイメージを損なう次のような話題を、メディアやソーシャルメディアにいくつも提供してしまった。
①ヒラリーが話している最中に、マイクに向かって「Such a nasty woman(なんて嫌な女なんだ)」と口を挟んだ。しかも、女性への性暴力やセクハラのスキャンダルについて司会者から問い詰められ、「自分ほど女性を尊敬している者はいない」と反論したばかりだった。
②11月8日の選挙結果を受け入れるかどうか、という司会者の質問に対して、「結果を見てから決める」と約束を拒んだ。その理由は、「選挙が(ヒラリーが勝つように)不正操作されている」というものだ。トランプは、最近のラリーの演説で、支持者にこのメッセージを繰り返している。
①はディベートの途中から #NastyWomanというハッシュタグで、ソーシャルメディアで盛り上がり、翌朝には売上の半額を「全米家族計画連盟(Planned Parenthood)」に寄付するNasty WomanのTシャツまで発売された。
②については、もっと深刻な問題として、共和党の政治家や保守のジャーナリストからもトランプを非難する厳しい反論が出ている。共和党の予備選でトランプと闘ったオハイオ州知事のケーシックは、「(選挙が不正操作されているという主張は)人類が月に着陸していないという説みたいなものだ。ばかばかしい」と切り捨て、「人々の心に疑いを植え付ける。選挙が終わった後に25%のアメリカ国民は選挙が盗まれたと信じるかもしれない。それが心配だ」、「わが国にとっても、民主主義にとっても良いことではない」と批判した。
保守もリベラルも、根本的に次の意見で一致していた。
「どんなに不満があろうと、選挙の結果を受け入れ、平穏に(大統領)の権力を移行する。それが、わが国の民主主義と憲法の基盤である。それを否定する者には、大統領になる資格がない」
大統領選本番のポイントと見どころ
これらを念頭に、11月8日の投票をリアルタイムで追ってみると面白いだろう。当日についての情報は次のようなものだ。
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