本インタビューの抜粋は、SFマガジン2016年12月号に掲載されます。(インタビュー&翻訳:中原尚哉・編集部)
──初めてのフィリップ・K・ディック体験はどの作品ですか? また、『高い城の男』以外で好きなPKD作品を教えてください。
ピーター・トライアス(以下PT) 初体験は映画で、『ブレードランナー』と『トータル・リコール』です。原作者がおなじだと知って、読まなくてはと思いました。最初に読んだPKD作品は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』です。ショックを受けました。たんなるアンドロイド狩りの話ではなく、もっとメタフィジカルで、デッカードの人間性そのものを揺さぶるスピリチュアルな経験が描かれていたからです。PKDと私には、奇妙な共通点があります。カリフォルニア大学バークレー校に通い、ベイエリアに長く住んでいるのもおなじです。他の多くの作家とはちがう個人的な縁を感じます。科学と、思索要素と、歴史の奇妙なエピソードと、宗教がシームレスに融合していて、あいだに垣根のない書き方が好きです。彼の登場人物はありえないシチュエーションに投げこまれ、かならずしも英雄的な行動はとりません。だから親しみやすく感じます。
デッカードはヒーローでしょうか?
彼は、本来ならステータスシンボルである電気羊を持っていることを恥ずかしく思い、そのためにアンドロイドを殺していきます。そんな自分を嫌悪しながら、“廃棄処理”をやらざるをえない。タイトルの反語的疑問は、この状況全体の愚かしさをあらわしています。この本でとくに印象的なのは次の文です。
「どこへ行こうと、人間はまちがったことをするめぐり合わせになる。それが──おのれの本質にもとる行為をいやいやさせられるのが、人生の基本条件じゃ。生き物であるかぎり、いつかはそうせねばならん。それは究極の影であり、創造の敗北でもある」(浅倉久志訳)
この『アンドロイド~』を読み終えると、矢も楯もたまらず、手にはいる彼の本を片っ端から読みました。そのうち落ち着いて、一部はあとの楽しみとしてとってあります。彼の本はどれも重要な主張がありますが、とくにお気にいりなのは『アンドロイド~』と『高い城の男』です。また『ヴァリス』『ティモシー・アーチャーの転生』『スキャナー・ダークリー』『流れよわが涙、と警官は言った』も好きです。中短篇で好きなのは「マイノリティ・リポート」と「トータル・リコール」ですね。
一言つけ加えたいのは、日本でのフィリップ・K・ディック作品の版元である早川書房から『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』が出版されるのを、本当に名誉に感じていることです。言葉にならないほど感謝し、感激しています。
──日本文化から大きな影響を受けたとのことですが、好きな日本人アーティストや作品を挙げてください。
PT 日本文化からはとても深い影響を受けています。挙げはじめるときりがないので、ここでは一部にとどめます。まずなにより、ゲーム『ファンタシースター』における小玉理恵子(訳注・ゲームデザイナー。セガのプロデューサー。ファンタシースターシリーズ、セブンスドラゴンシリーズなどを手がける)の仕事が私を変えました。とくに『II』と『IV』です。その物語に魂を揺さぶられました。ゲームにかぎらず、サイエンスフィクション全体を通して見ても、これほど強力な物語を他に知りません。セリフを暗唱できますし、世界観を説明できるほどです。もっと大胆で強力な作家になれと鼓舞されている気がします。いまでも憶えていますが、子どものころに『ファンタシースターII』の話を友だちから聞いたときに、ゲームがそんなにすごいわけがない、嘘だろうと思いました。でも実際にプレイしてみると、想像を超えてすごかったのです。
『ファンタシースターII 還らざる時の終わりに』(1989)
好きなメカ・アニメは、前述の『新世紀エヴァンゲリオン』『ガンダム』などたくさんありますが、『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』のメカがもっとも大きな影響を受けているのは、押井守監督の『機動警察パトレイバー2 the Movie』です。あの映画の戦闘にはさまざまな深い意味や伏線がありました。普通のアニメにくらべて戦闘シーンは少ないのですが、いざ戦闘になると、たんなる巨大ロボットの激突ではありません。脳髄における意志の戦いであり、哲学が重要です。手にした武器より、個人的な関係に左右されるのです。
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