一般的に「おっぱい星人」と聞くと、女性はイヤな顔をする。男性が「おっぱい」に反応すると女性はしらけた反応をするし、男性陣が「おっぱい大好き!!」と騒ぐと女性陣は白い目で見る。「そんなにおっぱいなわけ?」「おっぱいだけかよ」と。
私は、むしろ恋人にする男性は絶対に「おっぱい星人」がいいし、そうじゃないと困る。
男性は言うほどおっぱい好きではない
しかしながら、世の中の男性は、実は全然おっぱい星人ではない。言うほどおっぱいが好きではない。おっぱいが好きと自称している男性陣の9割に対して「その程度で、おっぱい好きとか言ってるの?」と思う。私からしてみると、そんな「おっぱい好き度」では、全然物足りない。
多くの男性は「おっぱいが好き!」と言いながら、いざ、おっぱいを与えると、たいしてエンジョイしない。見たら満足だったり、ちょっと触っただけで満足していて、好きとか言うわりに、おっぱいに対しての滞在時間があまりにも短い。
「綺麗な夜景が見たい!」と言うわりに、夜景が見える場所に到着した瞬間に、わりともう夜景に興味を失っている女性というのは多いけれど、あれによく似ている。まともに夜景を見るのは正味5秒だ。見せてあげた甲斐がないにも程がある。私からすると、ほとんどの男性の、おっぱいの扱いは、あの夜景女たちと同じくらい、与え甲斐がない態度だな、と思う。
そもそも、男の人のおっぱいへの関心は「一度、見てみたい」であることが多い。だから一度見ることができたおっぱいに関しては、途端に、態度が変わる。一目見るところが、そのおっぱいへのピークで、見ることができるようになったおっぱいに対して「今日も、どうしても、見たい!!!」という勢いのある男性は、かなり少ない。
まだ見れたことがないおっぱいに対しては、すごい執念なのに(わりと理性を失うし性欲むき出しになってるし、あと一歩で見れそうなところまでくると「お願い見せて!!!」状態で必死)、いざ一目見れたら「なるほど、こういうおっぱいなんだ!」と落ち着いちゃって「もう大丈夫」みたいな人が多い。
さらには、一目見ることが叶った瞬間から、そのおっぱいへのスタンスが、こちらへのサービスに切り替わっている節があるようにも感じる。見るところまでは、男性本人の意欲なのだけども、その後は「触られると気持ちいいんだよね? 触ってあげるね」という、あくまでもこちらへのサービスとして触っていて、自分が触りたくて触りたくて触っている感じが薄い。
おっぱいは通り道ではない
そのことも原因の一つだと思うのだけども、多くの男性のおっぱいの触り方には、かなり過不足がある。触らなすぎか、たくさん触ってくる場合は、やりすぎな感じになっていて痛い。
また、性行為におけるおっぱいを、通り道かなんかだと思っている男の人が多すぎる。おっぱいは通り道ではなく、おっぱい単体で、ひとつのテーマパークなのに。全然エンジョイせずに、申し訳程度に揉んだり舐めたりして、あっさりと通り過ぎていく。
全然おっぱい星人じゃないよね、と思う。
女性にとって、付き合う、ということは「金輪際、私は、あなたにしかおっぱいを見せません」ということだ。その人専用のおっぱいにする、ということ。
それなのに持ち主がたいしてエンジョイしてくれないのでは、なんだかおっぱいが可哀相というか、「付いてる意味、、、」と思ってしまう。つまらない。
そんな思いもあるからか、私は基本的に、誰かの彼女になりたいという意欲が薄い。
だって、誰か一人の専用にしてしまうと、おっぱいにとっては、むなしい日常が始まる。おっぱいが可哀相。
そんな私が「あなたは、本当に、おっぱい星人だね」と認めた男性が一人だけいた。「おっぱいの触り方に過不足がない」と感じた唯一の人物だ。