僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
対偶
ユーリ「ねーお兄ちゃん。対偶って、数学でよく使うの?」
僕「そうだね。何かを証明しようとして、直接証明するのが難しいとき、対偶を証明してしまえばいいから、よく使うよ。 《命題の言い換え》をするのに対偶はよく使う」
ユーリ「めーだいのいいかえ」
僕「うん。《$P$ならば$Q$》という形のものを証明する代わりに、《$Q$でないならば$P$でない》という対偶の方を証明するってことだね」
命題$P \to Q$の対偶は、命題$(\LNOT P) \gets (\LNOT Q)$である。
命題$P \gets Q$の対偶は、命題$(\LNOT P) \to (\LNOT Q)$である。
ユーリ「$P \to Q$の代わりに$(\LNOT P) \gets (\LNOT Q)$を証明……ってややこしーじゃん」
僕「そうだね。《$P$でないならば$Q$でない》という命題を証明する代わりに、《$Q$ならば$P$》を証明する。これなら簡単になっているよね」
ユーリ「そっか……それは、$\LNOT(\LNOT P) \equiv P$だから?」
僕「そうそう」
$$ \begin{align*} \text{《$P$でないならば$Q$でない》} & \equiv (\LNOT P) \to (\LNOT Q) && \text{《ならば》$\HIRANO$定義から} \\ & \equiv (\LNOT(\LNOT P)) \LOR (\LNOT Q) && \text{$\to$ $\HIRANO$定義から} \\ & \equiv P \LOR (\LNOT Q) && \text{$\LNOT(\LNOT P) \equiv P$だから} \\ & \equiv (\LNOT Q) \LOR P && \text{$\LOR$ $\HIRANO$交換法則から} \\ & \equiv Q \to P && \text{$\to$ $\HIRANO$定義から} \\ & \equiv \text{《$Q$ならば$P$》} && \text{《ならば》 $\HIRANO$定義から} \\ \end{align*} $$僕「たとえば、具体的な話をしようか。数学ではよくこういうのが出てくるよね。 《実数$x$が$1$より大きくないならば、実数$x$は$3$より大きくない》は正しい?」
ユーリ「えーと? 正しい……?」
僕「正しいね。もちろん直接考えてもいいけれど、対偶を考えるとすっきりわかる。 だって《実数$x$が$3$より大きいならば、実数$x$は$1$より大きい》を考えればいいから」 $3$より大きいなら、$1$より大きいというのはすぐわかる」
ユーリ「ふんふん……ん? ダウト!」
僕「なぜダウト?」
ユーリ「ねえ、お兄ちゃん。《実数$x$が$3$より大きい》っていうのは、命題なの?」
僕「ああ、そうかそうか。ユーリは賢いなあ!」
ユーリ「照れるじゃん。そんなことあるけどさ」
僕「否定しないんだ」
ユーリ「命題っていうのは、真か偽か決まるものでしょ? 《実数$x$が$3$より大きい》って、真か偽か決まらないから命題じゃないんじゃない? $x$が$100$なら$3$より大きくて真だけど、 $x$がマイナス$100$億だったら$3$より大きくはないから偽」
僕「マイナス$100$億って……ダイナミックだなあ。でも、ユーリは完全に正しいよ。《実数$x$が$3$より大きい》というのは命題じゃないね。 うん。こういうのは述語っていうんだ」
ユーリ「じゅつご」
僕「うん。《実数$x$が$3$より大きい》には、$x$という変数が出てきている。これが実数の何かだということはわかるけれど、具体的な値は決まっていない。 具体的な値を決めさえすれば、命題と同じように真偽が決まるよね」
ユーリ「マイナス$100$億」
僕「そうそう、そういう具合にね。そのように、$x$に具体的な値を代入したとすれば、《実数$x$が$3$より大きい》という述語は《実数$-100$億は$3$より大きい》という命題になる。 この場合は偽の命題になるけれど」
ユーリ「はー。何だか当たり前のことをくどくど言ってるみたいだけど、わかった」
僕「命題を使ったものは命題論理という。それに対して、こういう述語が出てくるものは述語論理というんだよ。 命題論理と述語論理、両方で共通な考え方もあるけれど、違う考え方もあるよね」
ユーリ「共通な考え方もあるけど、違う考え方もあるって、何も言ってないのでは」
僕「突っ込むなよ。いや、突っ込んでいいんだけどね。真と偽とか、逆や対偶とかは両方で共通だけど、述語論理には《すべて》や《ある》が出てくるよね」
ユーリ「《よね》と言われましても」
僕「述語論理には《すべて》や《ある》が出てくるんだよ……まあ、それにしても《実数$x$が$3$より大きい》が命題じゃないってよく気付いたね」
ユーリ「ふふん。お兄ちゃんの秘密兵器を使ったのであるよ」
僕「秘密兵器?」
ユーリ「お兄ちゃんがよくいう《定義にかえれ》のこと。命題は真と偽が定まるものなんだから、あれ?って思ったらそれに当てはめて考えるんでしょ?」
僕「なるほどね。《定義にかえれ》は《ポリヤの問いかけ》の一つだね。もっとも《定義にかえれ》っていうのは問題で行き詰まったときの脱出方法だけど……でも、 ユーリが定義に照らし合わせたのはそもそもすごいよ」
ユーリ「ふふ」
概念と表現
僕「命題論理だと、$P$や$\LNOT P$や$P \to Q$という形の命題を扱うけど、それだと$x > 3$のようなものを扱うことができない」
ユーリ「$x > 3$は命題じゃないから」
僕「そういうこと。でも、$x > 3$が表せないなんて不便でしょうがない。述語論理を使えばもっといろんな概念を式で表すことができる」
ユーリ「がいねん?」
僕「概念っていうのは、うーん、何ていえばいいかな。考えていることや、伝えたいもののこと。別に数学の用語じゃないけどね。 概念は概念のままだときちんと考えられなかったり、 伝えられなかったりする。脳から脳へ概念を伝えるわけにいかないから。 だから概念をどう表現するかに注意しなくちゃいけない」
ユーリ「ひょーげん」
僕「文字や図や数式で表したもののことだね」
ユーリ「あっ! お兄ちゃんが好きなやつだ」
僕「そう?」
ユーリ「お兄ちゃん、すぐ数式書きたがるじゃん? それって表現したがりってこと」
僕「そ、そうだね。確かにそうかも!」
ユーリ「自覚なかったんかい」
述語論理
僕「さっきの話に戻るけど、《実数$x$が$1$より大きくないならば、実数$x$は$3$より大きくない》というのは述語論理を使って表す話になるんだね。 少し分解すると、こうなる」
$$ \text{《実数$x$は$1$より大きくない》} \to \text{《実数$x$は$3$より大きくない》} $$ユーリ「これは《ならば》を$\to$にしたってこと?」
僕「そうだね。長い文章はまちがえやすいし、考えを進めることが難しい。だから、より短いものに分解して、それらを組み合わせて何かを表現していることになる」
ユーリ「表現」
僕「算数でも数学でも文章題ってあるよね」
ユーリ「『たかしくんが$100$円を持ってジュースを買いに行きました』」
僕「そうそう、それそれ。文章題を解くのも同じで、長い文章の中から、考えを進める上で大事なものを抜き出して、数式で表して計算をするよね」
ユーリ「まーね。そんなこと考えたことなかったけど」
僕「たとえばさっきの、$$ \text{《実数$x$は$1$より大きくない》} \to \text{《実数$x$は$3$より大きくない》} $$ だけど、ここまで言い換えると、機械的にこんなふうに書き直せる。対偶だね」
$$ (\LNOT \text{《実数$x$は$3$より大きくない》}) \to (\LNOT \text{《実数$x$は$1$より大きくない》}) $$ユーリ「ふんふん。それ、さっきやったことだね。次は、 $(\LNOT \text{《ナントカじゃない》})$を$\text{《ナントカである》}$にするんでしょ? 否定の$\LNOT$をひっくり返すの」
$$ \text{《実数$x$は$3$より大きい》} \to \text{《実数$x$は$1$より大きい》} $$僕「そうそう。それで、$x > 3$ならば$x > 1$が正しいということがわかりやすい。便利だろう?」
ユーリ「……」
僕「?」
ユーリ「……ねー、お兄ちゃん」
僕「なに?」
ユーリ「ユーリ、馬鹿かも」
僕「何をいうやら。ユーリは馬鹿じゃないよ。どうしてそんなことを言うんだろう」
ユーリ「あのね、ユーリね、$x > 3$ならば$x > 1$は正しいって思うの。正しいってことは真だってことでしょ? それなのにね、《$x > 3$ならば$x > 1$》ってゆーのが、どーしても、命題には見えないの! だって変数$x$があるから、これって述語でしょ?」
《$x > 3$ならば$x > 1$》は真だと決まるから命題のように見えるけれど、変数$x$があるため述語のように見える。 これはどう考えればいいの?
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)