数回のデートのあとで、幸一郎から軽井沢の別荘に誘われた。
華子も軽井沢には母方の親戚が持っている別荘があったし、子供のころから夏休みになると毎年のように通った土地でもあったので、これを快諾した。それに伴って華子は幸一郎に、両親に自分たちの関係を話してもいいかとたずねた。
「もちろんですよ」
幸一郎が整形外科医でないことは残念ではあったが、すでに恋愛感情は育ってしまっているので、いまさら引き返すわけにもいかない。両親に思い切っていきさつを話すと、
「もう婚前旅行か」
宗郎は驚きながらも、むしろその展開を奨励しているような口ぶりだった。どうやら華子に相応しい相手を紹介できなかったことが、引け目になっているらしい。
軽井沢を愛する別荘族という共通点だけで、宗郎も京子も、まだ会ってもいない娘の彼氏をさっそく信用しているふうである。
旅行当日、シルバーのレンジローバーで自宅まで迎えに来た幸一郎は、玄関先に出てきた華子の両親に丁重に挨拶した。
「はじめまして、華子さんとおつき合いさせていただいております、青木です」
瞬間、華子はこの関係が、正式に「おつき合いしている」ものだと知り、舞い上がった。そうであろうと思いつつ、やはり有耶無耶のうちに交際が進むのと、きちんと言葉にしてもらうのとでは、心持ちがまるで変わってくる。これで公式に、自分たちは恋人なのだと、華子はいよいよ安穏とした気持ちになった。
父は幸一郎と軽井沢話で大いに盛り上がった。幸一郎は、自分の父親が軽井沢ゴルフ俱楽部の会員なので、何度かコースを回ったこともあるが、得意なのはテニスの方である、などと話している。
「へぇ、軽井沢ゴルフ俱楽部の会員か。それはすごいね、君」
宗郎はますます笑顔だ。
幸一郎も、「お嬢さんをお借りします」と愛嬌を交えつつ颯爽と言って、車に乗り込んだ。
「今度ぜひゴルフでも」
父と恋人がそんな約束を交わしているのを、助手席に乗った華子ははにかみながら眺めた。車は両親に見守られながら、軽井沢へと発進した。
富ヶ谷から首都高に乗り、外環から関越自動車道、上信越自動車道と走るが、ところどころ渋滞につかまり、碓氷軽井沢インターチェンジを出るまでに三時間ほどかかってしまう。ようやく下道に降りて旧軽井沢のあたりまで来て、お腹も空いたことだし蕎麦でも食べることに。少し並んで、ようやく席に着いたころには二時近くになっていた。
「やっぱり週末は混むんですね」
メニューを開きながら、華子は移動の疲れをにじませる。
「僕は運転が好きだから苦にならないけど、横に乗ってるだけの方が疲れたでしょう」
と、幸一郎はどこまでもジェントルだ。
鴨南そばを食べ、お茶を啜って一呼吸置くと、いよいよ別荘へ向かった。
青木家の別荘は、新渡戸通りからサナトリウムレーンへと延びる木立の途中にあった。
ゆったりした区画に、どこまでも続くカラマツやアカシアの木々。積み上げられた縁石に瑞々しい苔が絨毯のように広がって、その上に落ち葉がふんわり蓋をするように積もっている。ハンドルを握る幸一郎は、古びたレンガ造りの門を通って、前庭の砂利に車を停めた。
車から降りると、キリッと澄んだ空気が肺いっぱいに満ち、軽井沢に来たことにいよいよ実感が湧いた。建物は板壁の外装がどことなく山小屋風で、周囲の景観にしっくりと調和している。豪邸というほどこれ見よがしではないが、大きく立派なものだった。
幸一郎が荷物を運び、鍵を開けて中に入る。玄関はタイル張りで、内装にも木がふんだんに使われていた。別荘特有の黴臭さや湿気もなく、管理が隅々まで行き届いているのがうかがえる。床には階段の一段一段にいたるまで、目の詰まったベージュのカーペットが敷き詰められ、室内はすでにセントラルヒーティングで適温に暖められていた。管理人にあらかじめ行く日を伝えておけば、気温に合わせてボイラーを焚いておいてくれるのだそうだ。
「いいですねぇ。うちの別荘は南ヶ丘の方なんですけど、行くたびに掃除とか換気に追われて、全然ゆっくりできないんです。冬場はほとんど行かないし」
「僕は冬に来る方が好きかな。暖炉に薪をくべて、友達を呼んで鍋とかやったり」
「友達って、同僚の方ですか?」
「いや、会社の人とは休みの日にまで会わないよ。ほとんど学校の友達」
「大学の?」
「ああ。小学校から一緒の」