顔を伏せていたユウカは、ゆっくりと顔を上げると次の瞬間、大きな声をあげた。
「はぁぁああ? 馬鹿にしないで!! 」
竜平が紹介してくれた【結婚請負人】の幕田は蒼白い童顔をキョロキョロさせていた。
「あれ、ユウカさんどこに行くんですか?」
ユウカは振り返りもせず、早足で尼崎駅の改札方面に向かって歩いていった。幕田はユウカに追いすがる。それでも、ユウカは歩みを止めない。
「もういいから、そういうの!」
「え?! いやだからナンパをして、男に対しての先入観をなくして、また自分の客観的な……」
幕田の言葉を無視して、ユウカは誰に言うともなく歩きながら大きな声で漏らした。
「あ〜、もう本当に時間を無駄にした! 最近、ツイてなさすぎだから、こんな男の言うことを聞こうと一瞬でも思った自分が馬鹿だった」
「ちょ、ちょっとユウカさん行かないでくださいよ」
「こんな所でナンパするなら、私は一生独身でいい」
「そ、そんな!」
「あなたの仕事はなに? 私にいい男を紹介して、結婚させることでしょう。竜平さんからいくらもらってんのよ。私がナンパして男を探したんじゃ、意味ないでしょうが」
「は、はい。すいません」
「どうせ、ショック療法でもしようとしたんでしょう。自己啓発セミナーじゃないんだから、そういうのはいいの。私はいい男と出逢いたいだけ」
早足で歩き去ろうとしているユウカに、しぶとく幕田は食い下がる。
「わかりました。ユウカさん、すいません。私は結婚請負人です。ユウカさんのためにちゃんと準備してあります。ただ、わかってほしいのは、いろいろと調査をした結果、準備するには、まずは心から、と思いまして……」
「調査って?」
「いやいや、女性はセルフイメージが高いんです。だから、自分と釣り合う人を探そうと思ったら、なかなか見つからないんですよね。もちろん、ユウカさんのようにお綺麗な方ならなおさら、……とは思うんですが、一番手っ取り早いのがセルフイメージを下げることなんです」
「何よ! それ」
「特にユウカさんは、誰よりもセルフイメージが高いみたいで……。無職で肩書きもないのに専業主婦願望をお持ちのようですから……」
随分ズケズケと痛い所に入り込んでくる幕田だった。
無神経な童顔の頬をパチンとひっぱたきたかったが、ユウカは、さっきの運命の話といい、このセルフイメージの話といい、ちゃんと幕田が考えて何かをさせようとしていることに気づいていた。一旦歩みを止めて振り返る。
「あなたの言う通り、こんな所で誰かれ構わず声かけてたらセルフイメージが下がるわね。ほんっっとに」
厭味っぽく言ったのに、幕田はそれに気づかず、ユウカに考えを認められたと思ったのか、早口で続ける。
「そうなんです! 駅前でティッシュ配りをしたり、キャッチセールスしたりする行為は、著しく自己評価を下げるという研究結果が……」
「でも! 私はそんなことしないわよ。準備しているなら、早くそっちを案内しなさい!」
「は、はい」
最初こそ緊張したが、幕田はどこかズレている のでハッキリと要望を口にすることにしたユウカ。どん臭いわけではないが、今後、幕田にはこの調子で向き合おうと決めた。ユウカの圧に幕田はたじろぎながら、今日の予定を話した。
「今夜、梅田のホテルで婚活パーティーがあります。そのパーティーには婚活に馴れるために参加してもらいます」
「なんで馴れるため?」
「ああいう場所は特殊ですから。最初からいい男と出逢えると思ってはダメです。自分を高く評価することもダメですが、かといって安売りするのもよくありません……。不動産物件と同じでたくさん見ることで……」
「よくわかんない人ね。セルフイメージを下げようとしたり、上げようとしたり……。でも集団お見合いみたいなやつでしょう。わかったわ。あなたの言う通り、まずはどんな男が来るか確かめてやろうじゃないの」
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