棋士とメシ

​ソフト開発者とメシ その2

トップ棋士のソフト指し不正疑惑で揺れる将棋界。そうした間にもまた、ソフトは強くなり続けていきます。

 コンピュータ将棋ソフトの祭典である電王トーナメントは、今年2016年で、4回目を迎えた。初夏の世界コンピュータ将棋選手権と並んで、開発者にとっては、大きなイベントとなる。

 本稿でも再三再四、繰り返し記していることだが、コンピュータ将棋の強さは、既にずいぶん前に、人間を超えた。

 それだけ強くなったのなら、いくらなんでも、もうそろそろ、どこかで頭打ちになるのではないか……。そう思われそうだが、しかし現実は、人間の想像の、はるか上をいく。

 開発者たちは、高度に洗練された技法の上に、さらに新しい技法を模索し、時には泥臭いアプローチを重ね、また少しずつ、開発を進めていく。強くなったソフトは自動学習によって、強くなったソフトの棋譜を学んで解析し、さらにまた、強くなる。

 半年前の自分に7割、8割勝つ、というスピードで強くなり続けることは、既に十分に強くなった人間であれば、無理である。現在のソフトは強くなり過ぎてなお、まだそういう成長段階にある。

 将棋というゲームが持つ、べらぼうに深く広い可能性の分だけ、将棋ソフトは強くなる可能性を秘めている。そして、トップのソフトがどれぐらい強いのかは、もはや人間を尺度して測ることは、事実上、不可能となっている。

 そんなすごいソフトの開発者たちは、どんな人たちだろうか。孤高のマッドサイエンティストか。それとも、大手企業や教育機関の一員として一大プロジェクトを遂行する、理知的なエリート集団か。はたまた、人工知能によって、人類の完全支配を目論む、秘密結社のメンバーか。

 現実は、そうではない。開発者たちのほとんどは、コンピュータ将棋を趣味とする、いたって普通の人たちである。

 「ソフト開発者とメシ」というタイトルを見て、改めて思うのは、将棋ソフトの開発だけではメシが食えない、という、世知辛い話である。

 「メシを食う」というのは比喩表現だ。それを生業(なりわい)として、生きていくことを意味する。現実には、ごくわずかな例外を除けば、現在は将棋ソフトの開発だけではまとまった収入にはならず、したがって、生業にはならない。

 かつて将棋ソフトは、売れに売れた。それが現在のように強かったかといえば、そうではない。人間の上級者にとっては、本気を出すまでもないほどの弱さだった、という点が、皮肉だ。現在は、他のパッケージソフト同様に、将棋ソフトもまた、売れなくなっている。ケタ外れに強いソフトがフリーで公開され、手元のコンピュータだけではなく、スマホでも動く。

 電王トーナメントの現在の優勝賞金は300万円。この種のイベントとしては、破格である。コンピュータ将棋にこれだけの理解を示しているドワンゴは、素晴らしいと思う。

 とはいえ、他にはそんな、賞金大会もない。機材の購入費、クラウドサービスのレンタル費、自宅での電気料金、などなど、諸経費は、趣味というには高額なものとなる。

 そして何よりも、研究開発のため、多くの時間を取られる。

「仕事をやめて、開発に打ち込めたらなあ……」

 ある開発者が、そんなことをつぶやき、笑っていた。冗談なのだけれど、本音でもあろう。

 世界コンピュータ将棋選手権は5月のゴールデンウィークの3連休、電王トーナメントは秋の3連休におこなわれるのが通例である。毎回、家族や恋人から、冷たい視線で見送られるという開発者も、中にはいるようだ。

 熾烈な戦いを勝ち抜いて、2016年の電王トーナメントの決勝に進んだのは、Ponanzaと浮かむ瀬(うかむせ)である。どちらも、現在のコンピュータ将棋界を代表する、強豪ソフトだ。

 モニターに映る解説では、西尾明六段と、藤田綾女流初段が、いなり寿司を食べている。会場の六本木・ニコファーレ近くの「おつな寿司」からテイクアウトされたものだという。これがまた、美味しそうだ。

 前回紹介した、千田翔太五段が開発者にどーんと差し入れしたいなり寿司は、「呼(こ)きつね」のもの。そちらもまた、ニコファーレの近くにある。電王戦が始まって以来、筆者は何度もニコファーレを訪れていたのだが、いなり寿司の激戦区とは知らなかった。

 決勝が始まる前に、おつな寿司まで行き、いなり寿司を購入した。

 会場に持って帰って、ほんの少しではあるが、Ponanzaの山本一成さん、下山晃さん、浮かむ瀬の平岡拓也さんたちに差し入れをした。

 筆者も、おつな寿司のおいなりさんを、いただいてみた。

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松本博文

あの大一番を支えた食は何だったのか―― 現在における将棋対局のネット中継の基礎をつくり、食事の中継の提案も行った松本博文氏がつづる、勝負師メシのエピソード。

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letssaga3 ソフト開発者とメシ その2|松本博文 @mtmtlife | 強すぎて商売にならないという皮肉な話。あとはいかにして指導対局機能に注力するかでしょうか。 #コンピュータ将棋 #shogi 約2年前 replyretweetfavorite

ora109pon ソフト開発者とメシ その2 | 松本博文 https://t.co/wm1m3UcLgf 約2年前 replyretweetfavorite

ginnan81 ソフト開発者とメシ その2|松本博文 @mtmtlife | #shogi 約2年前 replyretweetfavorite

hamakihito 将棋ソフト開発者、それだけではメシが食えないという世知辛いお話し。 ソフト開発者とメシ その2|松本博文 @mtmtlife | 約2年前 replyretweetfavorite