「ゾ☆ノ」や「Hassy〜はっしぃ〜」や「たけぽん」という名前をスクロールしながら、私は大きくため息をついた。
いったいこの中から誰を選べばいいのだろう……。
三週間前、友人にお見合いサイトを登録させられたのだった。その無料期間があと一週間しか残っていない。今週末がリミットだった。
すると、向かいに座っていた博士が「ニケ君は出会い系サイトを使うの?」と話しかけてきた。
彼は
博士はいつものように、小さな体に少し大きめの白衣を着ていた。
「ど、どうしてそれを?」
私は驚いた。
「いや、ニケ君が出会い系サイトを使っていそうな顔をしていたから」
「なんでわかったんですか!」
どういう原理か知らないけれど、博士にはすっかりバレているみたいだった。
「これは違うんですよ! そもそもお見合いサイトですし! 友達に無理やり会員登録させられて、一度も使わないのももったいないなって思ったりして……」
「別に恥ずかしいことじゃない。非常に理にかなっているじゃないか」
「い、いや、恥ずかしいと思ってるわけでもなくて……。もういいです、どうとでも思ってください!」
私は自分の顔が赤くなるのを感じた。
博士は「ちょっと見せてよ」と私のスマホをとって、画面をじっと見つめた。
「ちなみにニケ君は、このプロフィールを見て、どう思った?」
「しょう太」さんという人のプロフィールだった。
画面には光を飛ばして原型がわからなくなった自撮り写真とともに、プロフィール文が書かれていた。
私は「どうですかね……」と呟いた。
「生田斗真に似てるって自称してますけど、本当に生田斗真に似ているならそもそもお見合いの必要なんてないと思いますし」
名前:しょう太
年齢:34歳
身長:172センチ
体重:74キロ
年収:600万
居住地:東京
好きな場所:カフェ
趣味:映画鑑賞
自己紹介:はじめまして! 生田斗真に似てるって言われます! ちょいポチャです!
これが「しょう太」さんのプロフィールだった。
「そうなんだよね。こういったマッチングサイトって、プロフィールをインフレさせていることが多くて、なかなか正確な情報が掴みづらいんだ」
そう言うと、博士はポケットから自分のスマホを取りだして、なにやら操作を始めた。
「何してるんですか?」
「僕の発明品——『ウソフィール発見器』が役に立つんじゃないかと思ってね」
「なんですか、それ」
「いいから、試しに中央のDボタンを押してみて」
博士はそう言って、自分のスマホを渡してきた。
画面の左に「しょう太」さんのプロフィールが表示されていて、右側は空欄になっている。私は「どういうことですか?」と言いながら、博士の指示通りDボタンを押した。
すると、すぐに右側に新しいプロフィールが表示された。
名前:田所勝太
年齢:41歳
身長:167センチ
体重:98キロ
年収:280万
居住地:群馬
好きな場所:2ちゃんねる
趣味:マスターベーション
自己紹介:はじめまして! パパイヤ鈴木に似てるって言われます! クソデブです!
「な、なんですか、これ?」
「これが正しくデフレした『しょう太』氏——改め、『田所』君の本当のプロフィールだよ。最初に表示されたプロフィールは彼が自分で勝手にインフレさせたものだったからね」
「理解が追いつかないんですけど……」
「つまり、本当の田所君のプロフィールは、概ね右側に表示されたものなんだ」
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
「どうして、か」と博士は腕を組んだ。
「それを説明するためには、この『ウソフィール発見器』の仕組みをいちから説明しないといけないね」
「説明してください!」
私は必死だった。お見合いサイトで誰かを選んで会いたいと思っていたけれど、サイト内には自称星野源や自称関ジャニなどイケメンの見本市状態で、どのプロフィールも嘘っぽくて決めきれずにいた。
誰かちょうどいい人がいればなあ、と思っていたのは本心だった。
「そうだね、ニケ君は、『吉原年齢』というものを知ってるかな?」博士がそう聞いた。
「え? 知りませんけど」
「風俗街の吉原では、20歳になった女性は三年に一度しか年を取らないことになっているんだ。もし女の子のプロフィールに20歳と書いてあったら、その女性は実際には20歳から22歳の間だということになる。同様に21歳は23歳〜25歳で、たとえば27歳に至っては41歳〜43歳を意味する」
「ど、どういうことですか?」
「年齢詐称が常態化してるってことだよ」
「でも、それって客を騙しているってことですよね?」
「実はそうとも言いきれないんだ。なぜなら、多くの利用客も、その仕組みを知っているからね。つまり、風俗嬢のプロフィールを見て、そこに24歳と書かれていた場合、利用客は彼女が30代であることを知っているというわけさ。その上でお店に行くんだからね」
「でも、お互いが了解してるなら、わざわざ嘘を書く必要なんてないんじゃないですか?」
「それは違うよ、ニケ君」と博士が言った。
「お互いが了解しているからこそ、吉原年齢はやめられないんだ」
「どういうことですか?」
「じゃあ仮に、あるお店が『ウチは正直にやろう』と、27歳の女の子のプロフィールに、そのまま27歳と書いたとする。すると、どうなるかな?」
私は「あ!」と声を出した。
「客は、彼女が40代の女性だと思いこんでしまう!」
「そうなんだ。むしろ利用客が『若すぎるじゃないか、話と違う!』と怒ってしまうかもしれないんだよ。これに似た現象は今、吉原以外の場所でも発生している。日本がデフレに苦しんでいた時代、プロフィールはインフレを続けていたのさ」
「そういうことだったんですか」
「今世界中のプロフィールは、まるでバブル経済のようにインフレし続けている。『サッカー部の補欠』だった男が『地区代表』を自称する。『本を一冊出しただけの男』が『作家』を自称する。『ウエスト73』が『ウエスト61』になって、『HIS三泊五日タイ旅行』が『バックパックで世界一周旅行をして世界観が変わった』になっている。専門用語を使うと、僕たち学会員の間では、ウソのプロフィール略して『ウソフィール』と呼ばれているんだ」
「なんの学会ですか」
「出会い経済学会のバブル対策派だよ」
「世の中は広いですね……」
私はそのとき、大変なことに気がついた。
「あ、もしかして、プロフィールのバブルも崩壊する日がくるんですか?」
「そう遠くない未来、崩壊するだろうね」と博士は頷いた。
「基本的にインフレは進行する一方だから。たとえば、ウエスト73センチのアイドルは、インフレ指数に従って、ウエストを61センチだと公表しようとする。もちろんそのアイドルのファンだって、彼女のウエストが61センチじゃないことくらい、みんな知っている」
「そうですね」
「さて、ここで彼女はこう考える。『もう2センチくらいなら、ごまかしてもいっか』と。それで、本来73センチだったウエストは59センチになる。そしてそれが一つの基準として定着する。こうしてインフレが進むんだ。これが進行すれば、いずれ女性のウエストは負の数になってしまう」
「そして、それを止める手段は——」
「——ないね」 博士は即答した。
「たとえば、今の平均的なインフレ度合いによると、『居酒屋で一年バイトをしていた』話が、就活面接の場では『バイトリーダーで居酒屋経営に参加していた』ことになっている。このままインフレが進むと、五年後に『居酒屋でバイトをしようと思ったことがある』だけの人物は、『赤字だった居酒屋を買収して黒字化させていた』ことになるだろうね。就活は自称買収経験者だらけになって、中には自称首相経験者や自称宇宙旅行経験者も出てくるだろう。就活生のTOEICの点数は軒並み10000点を超え、みんなノーベル賞持ちだ。そうなると、もうバブル崩壊と言えるだろうね」
「プロフィールのバブル崩壊を防ぐ手段はないんですか?」
プロフィールがバブル崩壊する——想像するだけでも恐ろしい。おそらく、あらゆるプロフィールを誰も信じなくなる社会だ。崩壊後の世界では、私がいくら「千葉県出身」だと主張しても、「どうせ茨城出身なんだろ?」と思われてしまう。それだけは避けなければならない。
「正直言って、防ぐ手段はない」
「どうしてですか?」
「原理的に無理だからだよ。僕の発明品にできるのは、インフレを元の正しい情報に戻してあげることだ」
「ああ、つまり、さっき『しょう太』さんに使った機能は、インフレしたプロフィールを元に戻したってことなんですか」
「そうさ。このアプリを使えば、今後バブルが崩壊するまで、プロフィールのことで悩まずに生きていけるってことなんだ。ああ、くだらないものを作るつもりが、手が滑って人類の役に立ってしまったよ」
「そういえば、ちょっと、聞きたいことがあるんですけど」
「どうしたの?」
「さっきからずっと気になってたんですけど……博士って、その……風俗に行ったりするんですか?」
「もちろん行ったことないよ。データとして知ってるだけさ」
博士は「なんでそんなことを聞くの?」という顔をしていた。どういうわけか私はホッとした。
「話は戻るけど、これさえあれば、ニケ君も安心してお見合いサイトを使えるはずさ」
「そうですね。博士が発明品まで作ってくれたことですし、とにかく一度、誰かと会ってみようと思います」
「実際に会った人に発明品が正しく機能していたか、きちんと調べてきてよ」
「もちろんです」
私は大義名分ができて安心していた。
知らない人と会うのは「強引な友人」と「発明品の実地調査」のためだから。そう自分に言い聞かせた。
週末にお見合いサイトの誰かと会うことを決めて、私は研究所を出た。
次回10/27更新予定
イラスト:徳永明子