28歳の西川美和は「“女の幸せ”は手に入らないとしても良し」と笑顔で言ったけれど。

初回ゲストは映画監督であり作家の西川美和さん。本日10/14公開の映画『永い言い訳』を巡り、芳麗さんが、西川さんが思う幸せを掘り下げます。西川さんの過去作をすべてライターとして取材をしてきた芳麗さんだからこその“永い問いかけ”に、西川さんはどう答えるのでしょうか。
この道20年のベテラン女性誌ライター・作家の芳麗さんが贈る、“ありふれた女”たちのための幸福論です。

 こんにちは、芳麗と申します。
 この連載では「ありふれた女の幸福論」と題して、私が敬愛してやまない女性たちをお招きして、さまざまなお話を聞いていきます。

 たくさんの素晴らしい女性たちに出会い、対話を重ねてきて感じたことがあります。それは、どれほど非凡な才能を持った魅力的な人物であろうとも、みな、“ありふれた女”であるということ。
 人生は人それぞれ異なるけれど、彼女たちが乗り越えてきた困難、味わってきた感情は、似ている。そこに、共感を超えて、心動かされるのです。
 だから、私は、彼女たちの話を聞きたいし、書きたいし、読んでもらいたい。

 初回のゲストは、映画監督であり、作家の西川美和さんです。
 西川さんとの対談に入る前に、すこしだけ西川さんのことを私の言葉で書かせてください。

 西川さんは、20代で監督デビューして以降、『ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』と国内外で高い評価を得ています。その実力は、40過ぎにして、若き巨匠とも呼ばれるほど。

 個人的には、西川さんって見目は美しく可憐だけれど、心の中に老若男女のすべてを住まわせているのではないかと、ずっと前から思っています。
 あらゆる年代や立場の人間の心理を深掘りする観察力は、老成している。一方、それを映画や小説として、細部まで表現する描写力には、みずみずしさがたっぷりとふくまれている。

 私は彼女が描く人間と物語に惹かれ続けています。

 西川さんは私と同世代。初めて会ったのは、監督の商業映画デビュー作『蛇イチゴ』の取材時でした。当時、28歳だった西川さんは、笑顔でさらりとこう言いました。

「22歳で是枝監督のもと、助手として働けることが決まった時に、いわゆる“女の幸せ”は手に入らないとしても良しとしました」

 仕事を始めて数年の駆け出しと言える頃。西川さんには、若い女子特有の甘ったるい自意識や自信は、みじんも感じられませんでした。同世代ながら、すでに、自分の人生を生きる覚悟ができているように見受けられて惚れ惚れ。
 今後もこの人の作品が観たい。彼女がその時々、考えていることを聞きたいと思ったのです。
 あれから、幸運にも、西川さんが作品を発表するごとに対話する機会に恵まれています。

 西川さん、あの時の覚悟に変わりはありませんか?
 近頃は、どんなことに幸せを感じていますか?

 新作『永い言い訳』は、西川さん自身、これまでの人生の集大成とも言える作品だと語っていました。いちファンである私も、最高傑作だと思います。

 作中にも描かれている、「愛」「別れ」「家族」について、今の西川さんの幸福論についてたっぷりお話をしていただきました。

西川美和(以下、西川) お久しぶりです。先日は、丁寧なお手紙をありがとうございます。なんだか以前と雰囲気変わられました?

芳麗 私生活は何も変わっていないのですが(笑)。西川さんはお変わりないですか?

西川 相変わらずです。執筆期間は広島の実家にこもって、ほぼ誰にも会わずに書いてました(笑)。小説を書き終えたら、映画を撮って、今度はこうして売りに出てきて、毎回、その繰り返しです。

麗 毎回、実家にこもって書くというスタイルは、ストイックですよね。

西川 いえいえ。バランスがよくないだけ。東京でほどよく人に会いながら執筆できるなら、それが良いのでしょうが、私には無理。自分を独房のようなところに閉じ込めないと書けないんです(笑)。

人は本当に欲しいものしか手に入らない

芳麗 今日は、新作『永い言い訳』の話はもちろん、西川さんの幸福論ついてお伺できればと思います。いきなり、大きな質問ですが、西川さんにとっての幸せとはなんでしょう?

西川 なんでしょう(笑)。……お相撲で言うところの「8勝7敗」ですかね。
 人生の折々、別れとか挫折とか、不幸な要素は絶対に駆除できないと思うんです。たまには悪いことがないと、何が大切なのか気づけないことも多いですしね。だから、せめて勝ち越せるくらいまでは努力したいし、勝ち越せたら、“幸せ”ということにしようと思っています(笑)。

芳麗 欲張らない方が幸せですか?

西川 ……というか、私は不器用だからすべては得られないし、すべてを得ている人が幸せとも限らないですよね。だから、ギリギリ勝ち越しくらいで十分。

芳麗 『永い言い訳』では、主人公の幸夫が「自分の幸せの尺度でモノを言わないでよ」と言う場面がありますけど。西川さんは、他者の幸せは決めつけずとも、自分にとって幸せは何なのか、その物差しがはっきりあるのかなと。だから、勝ち越せれば十分だと言える。


『永い言い訳』劇中より主人公の幸夫(本木雅弘)  ©2016「永い言い訳」製作委員会

西川 そうですかね。

芳麗 やっぱり、西川さんにとっては「映画を作ること」が圧倒的に大切なんじゃないですか? 
 初めてお会いした時、当時28歳だった西川さんは、「22歳で是枝監督のもと、助手として働けることが決まった時に、いわゆる“女の幸せ”は手に入らないとしても良しとした」とおっしゃっていたんです。その潔さに、迷ってばかりの私は驚きつつも、ぐっと引き込まれました。

西川 そんなこと言ってましたか(笑)。それは若さゆえ、自分自身にカッコつけていたんですよ。本当は迷っていましたし、今だってまったく迷わないとは言い切れない。その年齢ごとに、やっぱり結婚した方がいいのだろうかと思ったりもしましたよ。

芳麗 そうだったんですね。

西川 ただ、その欲求の程度は低かったんでしょうね。私の場合、迷ったり悩んだりしたとはいえ、結婚や出産など、一般的な幸せのための努力は一切しなかったですから。

芳麗 ああ、私もです(笑)。

西川 だから、このざまですよ(笑)。仕事にせよ、プライベートにせよ、人間は本当に欲しいものは、案外ちゃんと手に入れていると思うんです。心底、欲しいなら、それを手に入れるだけの努力や行動が伴うはずだから。

芳麗 なるほど。ブータンに取材に行った時、ブータンの人たちは、日本人に多い「結婚したいのに結婚できない」という悩みは皆無だと話していて。それは、「結婚したくなったら、そのために行動をするから」だと。欲しいものがあるなら悩まずに行動するだけのこと。シンプルなんですよね。

西川 そうですよ。努力を怠って、やすやすと手に入る大切なものなんてないと思います。

未熟な大人コンプレックスとその克服法

芳麗 新作『永い言い訳』は、原作小説も映画も素晴らしかったです。痛いところをえぐられて辛いなとも思いましたが(笑)。

永い言い訳 (文春文庫)
『永い言い訳』

西川 主人公は男性ですが、女性でも痛かったですか?

芳麗 はい、とても。主人公の幸夫は、歪んだ自意識と自己愛が強くて身勝手なかなりのダメ人間で、次々と不幸な目に遭いますよね。それでも、あんまり成長しなくて。
 なんだか、私が過去に付き合った男の人にも近くてイライラしたし、でも、私自身にも近くて胸が痛かったです(笑)。

西川 そうですか(笑)。

芳麗 監督自身、幸夫はこれまでの作品で最も自分に近い人物だとおっしゃっていましたよね。

西川 はい。実は、過去の作品の登場人物も自分に近かったんですよ。でも、作者としての照れがあるし、観る人の幅を狭めたら嫌なのでそう言わなかっただけ。
 でも、今作は非常に痛い目にあう主人公だから。なんの罪もない善良な市民より、自分に近い設定や存在にした方が躊躇なくいじめられるかなと(笑)。

芳麗 なるほど。

西川 私も幸夫と同じ物書きの人間独特のアンラバンスさがあるんですよね。自尊心は高いのに、健全な自信は持ち合わせていなかったりする。世間的には脚光を浴びたり、多少の才能がある人間の扱いを受ける機会もあるけれど、実情は全然違う(笑)。
 この作品におけるトラック運転手の陽一のように実業についている人に比べて、社会的にはとても未熟なところがあるから……。


『永い言い訳』劇中より陽一(竹原ピストル)  ©2016「永い言い訳」製作委員会

芳麗 たしかに、実業についている陽一と、虚業についている幸夫は、成熟した箇所と未熟なところが全然違いますよね。

西川 はい。幸夫のように、社会人として不器用で稚拙な部分が多々あるのは、虚業についた人間独特のものがあるなと思うんです。そこは私自身も、非常にコンプレックスがあって……。

芳麗 意外ですけど、わかります。私もこういう仕事ですし、子供も持っていないので、40歳を超えてるのに幼いのではないかという不安はあります。すでに若くないことも、子供を持っていないこともコンプレックスではないけれど、やっぱり、幼くてダメ人間なのかなって(笑)。仕事は一生懸命やっているつもりなんですけどね。

西川 欠落感はありますよね。そのへんも含めて、大人になれない大人のダメさ加減を余すところなく幸夫に投げ込みました(笑)。

良い人間になりたくて、人は言い訳しながら生きている。

芳麗 でも、幸夫が可愛らしいというか、やっぱりダメだなぁと共感してしまうのは、延々と言い訳しているところです(笑)。作品のタイトルも「永い言い訳」になっていますけど。

西川 そうですね(笑)。

芳麗 西川さんは、人間の悪意とかダメな部分を容赦なく描きながらも、ダメな自分に開き直る人物ではなく、苦しんで「言い訳」している人を描いていますよね。それはなぜですか?

西川 あぁ。それは多分、私が一周回って性善説なところがあるからだと思います。私もこう見えてお人好しなところがあるので(笑)、どんな悪人でも、心のどこかで良い人間でいたいと思っているんじゃないか。悪い人間になりたくて仕方ない人はあんまりいないんじゃないかと思っているんです。

芳麗 なるほど。「良い人間でありたい」と思う気持ちが言い訳を長引かせる(笑)。他の西川さんの作品もそうですよね。絶対的な悪人も完璧な善人も登場しないけど、共通点は、善人でありたい人たちだなと。

西川 そう、自分なりの善人でありたい。その善悪の尺度って、社会の善悪の尺度とはズレがあると思うんですけどね。それでも、少しでもまともでありたいと思うのが人情じゃないかな。

芳麗 言い訳しているうちは、悪人になりきれないですものね。

西川 ええ。でも、あくまでも私の仮説です。人間はそんなものでもなく、もっと恐ろしいものかもしれないですけどね(笑)。

次回「7年前、『愛より大切な感情だってあるはずだ』と西川美和は言った。」は10/17(月)更新予定

西川美和(にしかわ・みわ)
1974年広島県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。在学中から映画製作の現場に入り、是枝裕和監督などの作品にスタッフとして参加。2002年脚本・監督デビュー作『蛇イチゴ』で数々の賞を受賞し、06年『ゆれる』で毎日映画コンクール日本映画大賞など様々の国内映画賞を受賞。09年公開の長編第三作『ディア・ドクター』が日本アカデミー賞最優秀脚本賞、芸術選奨新人賞に選ばれ、国内外で絶賛される。

構成:芳麗 撮影:喜多村みか


映画『永い言い訳』本日、10月14日(金)より全国ロードショー!

出演:本木雅弘/竹原ピストル 藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子/池松壮亮 黒木華 山田真歩/深津絵里
原作・脚本・監督:西川美和

©2016「永い言い訳」製作委員会 配給:アスミック・エース

この連載について

ありふれた女の幸福論

芳麗

cakesでも「雑誌が切り取る私たち。」でお馴染み、この道20年のベテラン女性誌ライターであり作家の芳麗さんが贈る“ありふれた女”たちのための幸福論です。芳麗さんが敬愛する女性を招いて、幸せとは、あるいは不幸せとはなにかを探していきます。

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コメント

nyaago0 今さらだけど、いいインタビューだと思いました。おんながプロとして生きるってことを改めて考えさせられた。ちょっとすっきりしました。 |芳麗 @yoshirei0702 | 11ヶ月前 replyretweetfavorite

YoshikoYamamoto いい人間になりたくて人は言い訳しながらいきている https://t.co/eKWMyOzhxJ 11ヶ月前 replyretweetfavorite

ehimemiho 映画「永い言い訳」とてもよかった。監督のこのインタビューみて行こう!と決めたのだった→ 1年以上前 replyretweetfavorite

tetsupee0329 共感するところがいっぱい。 | 2年弱前 replyretweetfavorite