畑にオシャレもなにもない!
「見て、これ。うちの畑だよ」
「へー、もうここまで進んだんだ」
親友のYは、私からしつこいくらいに畑の自慢話を聞かされている。その日も、畑のデザインを見せられていた。
「真ん中に道をつくって、野菜を植える場所を4つに分けたの」
野菜を育てる “
当時の畑のデザインです。
「いいでしょ? ね、いいでしょ?」
「うん」
なんだか面倒くさそうだ。
「で、この広くあいてるところは何?」
「ハーブガーデンだよ」
聞こえはいいが、実態は私好みの無計画ゾーンだ。ハーブと花を適当にはやせばイングリッシュガーデンっぽくなるだろうと、たかをくくっていた。
それっぽくなりました。
「この風車っぽいのって、自分で考えたの?」
「もちろん」
うそである。井の頭線から見下ろした、とある畑のパクリなのだ。
見た瞬間ビビッときて、夫がすべて同じ向きにしていた畝を、むりやり変えさせたのである。
「ここまで作ったのに、やり直しなんてありえないよ!」夫は激しく抗議した。
「わかるよ。でも、よりよいものを追求しないとさ。こっちのデザインのほうが断然オシャレなんだから」
「畑にオシャレもデザインもないよ」
「あのねぇ。私はオシャレな畑でオシャレに野菜を収穫したいんですよ。すてきにデザインされた畑。ところどころに植えられたお花。飛びかうチョウ。きっとウサギやリスも遊びにくるよ。みんなでハーブに囲まれてお弁当を広げるの。食後はミントを摘んで、ハーブティーはいかが? な~んて。くくく」
これ以上何を言っても無駄だと悟ったのだろう。夫はだまって、畝をつくり直した。
このパンツ、私的にはオシャレだと思うのだが、だれもそう言ってくれません。
ライバルは、会員制都市型菜園
とにかくオシャレに野菜作りをしたい。そんな私には、気になってしようがない貸農園があった。
某会員制都市型菜園だ。
「よくまあ、そんなかっこうで畑仕事ができますねぇ」
その日も私は、テレビを見ながら毒づいていた。
そのころ、都内で野菜作りを楽しむ人のようすがしばしばメディアで紹介され、その菜園もよく取材を受けていたのである。
土をいじっているとは思えないほどオシャレな服で野菜の世話をするマダムたち。使っている農具もやけにかっこいい。どうやら英国製らしいのだ。
「あんなクワ、ホームセンターで売ってなかったもん。ちっ!」
要するに、うらやましいのである。
「畑の道具はぜんぶ貸してくれるんだって。お化粧室もあるんだってさ」
うちの農園には、工事現場でおなじみの簡易トイレがあるだけだ。
「いいねぇ、それ。手ぶらで行けるね」と夫。
「常駐スタッフが野菜の育て方を教えてくれて、水やりとかしてくれる 代行サービスまであるんだってさ」
「うちだって、隣のN村さんにたのめば水やりくらいしてくれるよ。毎日畑にいるから、常駐スタッフみたいなもんだ」
「そうだけど……」
常駐スタッフのN村さん。お孫さんのバケツでエンドウ豆を収穫中です。
数日後、私はついにたまらなくなり、その菜園に偵察に行くことにした。
むろん、部外者は畑に入れない。でも、隣接するガーデニングショップなら買い物ができるらしいのだ。
(うっわ~、オッシャレ~!)
店に足を踏み入れたとたん、私は猛烈に興奮した。これこそが私の求めていた世界だ。
(あっ、あのクワだ!)
部屋に飾りたくなるような、美しい農具が並んでいる。ホームセンターで備中グワを買って喜んでいた自分がアホみたいだ。
「いらっしゃいませ」
「うっ。あっ、ども」
不意に店員さんに声をかけられ、動揺してしまう。まずい。このままじゃ、挙動不審だ。
私は必死に、(ちょっと用事があってそこまで来たら、偶然お店が目に入って、寄ってみたんです。ここがうらやましくて、わざわざ電車に乗ってきたわけじゃないんですよ。それにしても、すてきなクワですね~)という表情をしてみせた。
そして、クワのさわり心地を確かめるふうを装って、さりげなく値札を見たのだ。
「うっ……!」1万円近くする。
(高いなぁ。備中グワは3000円で買えたのに。いやいや、こんな美しいクワを買ったところで、うちの畑じゃドロまみれになるだけだ。うー)
ガリガリくんの棒でもさしておけ
何かほかに買えるものはないかな。店内を物色していると、小さな木の札が目にとまった。
タネまきした植物の名前を書いて、土にさしておくアレだ。
ホームセンターでも見かけたが、「卒塔婆じゃあるまいし、こんなものさしてどうするんだ? 自分で植えたもんくらいわかるだろ」とケチをつけていた私だ。
しかしその日、私はそれを手に取り……買ってしまったのである。
午後、私は親友Yにその木札を見せた。
「何それ?」
「野菜の名前を書いて、土にさすやつだよ。例の都市型菜園のショップで買ってきたの」
「そんなの、ガリガリくんの棒でもさしておけばいいでしょ」
「ガリガリくんの棒じゃ、ほそくて書けないでしょ! だいいち、オシャレじゃない」
「それだってオシャレじゃないよ」
その晩、夫もあきれて言った。
「それ、ホームセンターでも売ってたよね?」
私は真っ赤になって反論した。
「これはあの菜園のオリジナル商品ですよ!」
「いいえ、ホームセンターのと同じです」
「似てるけど……、多分これは英国製だよ」
そう言うと、私はその木札に「lettuce」とか「レタス」とか書き、「英語がいいかな。カタカナもかわいいよね」などと浮かれていたのだ。
そのころの私の畑。なんでも真っすぐにしたい夫のせいで、整然としていて、ちっともオシャレじゃない。