研究者の「結婚方程式」とクリエイターの「求愛表現」

予防医学者の石川善樹さんとエッセイストの紫原明子さん、そしてファッションデザイナーの鷺森アグリさん。それぞれ異分野で活躍する三人による鼎談が、実現しました。
前編では一見、接点が無さそうな三人が集まるようになったきっかけから、「求愛」の方法まで話が及びます。石川さんの口から出る驚愕の「結婚方程式」、そして鷺森さんが思い描く「求愛」のかたちとはどのようなものなのでしょうか。

クリエイションをするときの「感情」は?

鷺森アグリ(以下、鷺森) はじめまして。「agris」というブランドでファッションデザイナーをしております鷺森アグリと申します。今回は私がブランドと並行して行っている「abooks」というプロジェクトにちなんで、予防医学の研究者の石川善樹さん、エッセイストの紫原明子さんとお話する機会をいただきました。どうぞよろしくお願いします。

石川善樹(以下、石川) どうも、予防医学という分野の研究をしている石川です。

紫原明子(以下、紫原) みなさん、こんにちは。紫原明子と申します。普段は主にエッセイを書いているんですが、今回、アグリさんの「abooks」プロジェクトの「dintje」という本で文章のライティングを担当しました。

鷺森 私から明子さんに文章のライティングをお願いしたんです。

石川 僕は、アグリさんのブランドの展示会に伺ったことがきっかけで、このような機会になりました。

鷺森 石川さんとはクリエイションをするときに、自分の「感情」はどうなっているのか? という話で盛り上がりましたね。

紫原 わたしもちょうどそこに居合わせて、3人で「感情」やこのプロジェクトのテーマである「求愛」について、突如として深い話が繰り広げられましたよね(笑)。

鷺森 結果、今日はファッションデザイナー、研究者、エッセイストと、まったく分野が違う三人が集まりました。先日のように求愛やクリエイターの裏側についてお話していければと思います。

石川 前にcakesでも「知らない人のなかに飛び込んで、あえて恥をかくことが大事」という話をしたんですが、異分野の方とお話しするのは「恥」の感情を感じる絶好の機会なので、今日は楽しみです。

鷺森 じゃあ、石川さんにも「恥ずかしい」という感情があるってことですね?(笑)

石川 もちろんありますよ!

鷺森 それなら、よかったです(笑)。

紫原 石川さんはすごくロジカルで明晰な方なので、普段接していて、あまり感情の揺れ動きが見られないんです。だから「そもそも石川さんに感情はあるのか?」っていう疑問がアグリさんと私のなかで大きな謎だったんですよね。

石川 まあでもたしかに自分で感情をコントロールはしているかもしれませんね。

鷺森 この前、「かなしいって感情ありますか?」ってお聞きしたときは「ない」っておっしゃってて……。

紫原 ええっ。

石川 そうですね〜。はじめてそんなことを聞かれて、よくよく考えてみましたが、「かなしいって感じないな」と思いました。そもそも切ないとか悲しいとかって感情は、もともとあったものがなくなったときに生まれるメカニズムなんですよね。つまりなにかを「ある」、「所有している」と思って生きている人に生まれやすい感情なんです。
 その点、僕は小さい頃から慎重なのか、いろんなことが基本的に「ない」という前提で生きてるんで、あまり切なくならないんですよ。

紫原 そ、そんなバカな……(笑)。

石川 なんか本当にそうなんですよね。例えば僕は毎朝、家を出るとき、奥さんと子供はもういないかもしれないって本気で思うんです。「愛想をつかして出て行くかもしれない」とか「事件があっていなくなるかもしれない」とか。常に最悪を想定しながら生きています。

結婚には正しい方法があった

鷺森 でも石川さんは現に結婚されていて、奥さんもお子さんもいらっしゃいますよね。「ない」という前提で生きていたら、そもそも「この人を絶対にものにしたい!」って支配欲が生まれにくいから、結婚していないと思うんですけど……。

石川 ああ〜、僕の場合はそういう支配欲はまったくなかったですね。結婚のプロセスも僕は人とはちょっと違うと思うんですよ。ノーベル賞を取った先生の「人はどのように結婚をするのか」という論文を読んで、それにしたがって結婚をしたんです。

紫原 「結婚の方程式」みたいなものが存在するってことですか?

石川 そんな感じですね。ややこしいですが説明してみますね。うーん、まず結論から言うと、「良い人がいたら結婚しよう」と考える人はいつまでたっても結婚できないです。「結婚する」という意思決定が先にあって、その後、良い人に巡りあえるんです。

鷺森 お付き合いしている相手が現時点でいなくても、最初に「結婚する」と心に決めるってことですか。

石川 そうですね。だから僕も当時、結婚相手はいないけど、とりあえず「結婚する」っていうことだけは先に決断したんです。そしたら、今の奥さんが現れたんですね。

紫原 「この人と結婚する!」って決めた理由はなんだったんですか?

石川 そこは完全に直感ですね。結婚相手はロジカルには決まらないってこともわかっていたので。

鷺森 そこは直感なんですね。

紫原 ええ〜、直感とともに、もっといろんな理由があったんじゃないですか? 本当は!

石川 うーん。でも結婚相手を決めるときの直感の使い方も、ちゃんとわかってるんです。
 今までの人生で付き合った人たちがいますよね。あえてその人たちに点数をつけて、比べるとします。点数のつけ方は第一印象の点数や、付き合っていくなかで出てくる他の点数を合わせた総合点ですね。そしたら最高得点を取った人が出てくるじゃないですか。で、その人とほぼ同等の点数だと思える人が現れたら、すぐに結婚を申し込んだほうがいいんです。
 このプロセスはちゃんと数学の問題を解いていくと、導き出されるんですよね。

鷺森 数学の問題……。

紫原 その今まで付き合った人のサンプル数は最低何人ぐらいいたほうがいいんですか?

石川 5,6人と言われてますね。でも実際、僕はそんなにお付き合いしたことはなかったですけど(笑)。だから数学的には、お付き合いした最初の5,6人とは結婚しないほうがいいです。

紫原 お話をお聞きしてると、本当にすごくロジカルに考えて結婚されたんですね。奥さんは石川さんの結婚観について知ってらっしゃるんですか?

石川 はい。僕はもう出会った瞬間に「この人だな」と思ったので、すぐに言ったんです。「あなたに決めました。結婚してください」と。

紫原 「あなたに決めました」は言われると、女性としては少しうれしいかもしれないですね(笑)。

鷺森 ちょっとグッとくるね。

石川 でも奥さんは戸惑いすぎて、そこから半年間は音信不通でしたね(笑)。結果的には、結婚することができましたが。

鷺森・紫原 すごい……。

ファッションデザイナーが思い描く求愛のかたち

紫原 アグリさんが今回出された本「dintje」は「求愛」がテーマになっていますよね。アグリさんが思い描く求愛のかたちについてもぜひお聞きしたいんです。

7日間にわたり毎日顔の見えない「あの人」に、一方的に言葉のないプレゼントを送り続けるという鷺森アグリの強くストレートな求愛行動と、それを受けて、次第に変様していく受け手の心情とを、写真と、サイドストーリーとで生々しく描き出す作品。

鷺森 はい。ありがとうございます。

紫原 まずは本の説明を私からしましょうか。この「dintje」という本はアグリさんが顔の見えない相手に7日間にわたって毎日言葉のないプレゼントを一方的に贈り続けるという「求愛」の実験をしたんです。そして、それを受け取った相手がどんなリアクションをするのかを写真におさめていった記録なんです。

鷺森 そうですね。この本にこめられてる意味をすべて説明するのは難しいんですけど、私は好きな人には「好き」ってストレートに伝えようって思ったんです。そして私から愛を伝えたら、相手からの反応や見返りは求めない。それがこの本に現れている、一つの私の求愛のかたちですね。

紫原 アグリさんはこの本のなかでファッションデザイナーとしての自分の姿を表現していると私は思ったんですよね。

鷺森 そうですね。この本は私の支配欲が強く現れてます。

紫原 プレゼントが食べ物やレコード、フレグランスなど五感に訴えかけるものばかりなんです。だからこの本は相手の感覚を支配するようなプレゼントを贈り続ける。
 相手のリアクションは関係なく、好きと伝えたいというのはある意味、エゴイスティックな欲望。それは相手のために着飾るファッションと同じ一方的なプレゼンテーションの形というか。

鷺森 はい。そうです。

紫原 石川さんはこの本を読まれましたか?

石川 はい。読ませていただきました。1日目のプレゼントでレターセットが送られてくるじゃないですか。そこがすごく良いなと思いましたね。ぼくも奥さんに手紙をよく書いていたので。

紫原 奥さんに手紙を書くなんて素敵ですね! どんな手紙を書くんですか?

石川 僕が普段、奥さんに対して感じていることを書きますね。そして机の上とか奥さんの目につく場所に置いておきます。

鷺森 意外とロマンチックなんですね(笑)。

石川 ぼく、ロマンチックですか!? 初めて言われました。でも最近書いてないから「昔と違う!」と怒られますが(笑)。

紫原 でも奥さんは手紙をもらったら本当にうれしいと思いますよ。

石川 あと、この本は最後の部分で、相手への執着心が全面に現れるような、驚きの展開をむかえるじゃないですか。そこがぼくはやっぱり理解できなかったんですよね。だから執着や嫉妬のメカニズムについてはもっと研究しなきゃいけないと思いました。

鷺森 たしかに最後はけっこう驚きの展開になっているかもしれませんね。嫉妬の研究、ぜひよろしくお願いします(笑)。

次回「ノーベル賞をとる人は離婚を経験している人が多いワケ」は10/20更新予定

構成:斎藤克成


鷺森アグリの『求愛を巡る夜』Guest 三宅純

日時: 10/21(金) 19:00開場 / 20:00開演
出演: 鷺森 アグリ(agrisデザイナー / abooksディレクター)・三宅 純 (作曲家)
進行: 國崎 晋 (サウンド&レコーディング・マガジン 編集人)
会場: 晴れたら空に豆まいて (渋谷区代官山町20-20 モンシェリー代官山B2)

この連載について

求愛表現の研究—石川善樹×紫原明子×鷺森アグリ

鷺森アグリ /紫原明子 /石川善樹

予防医学者の石川善樹さんとエッセイストの紫原明子さん、そしてファッションデザイナーの鷺森アグリさん。それぞれ異分野で活躍する三人による鼎談が、実現しました。一見、接点が無さそうな三人が集まるようになったきっかけから、「求愛」の方法まで...もっと読む

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コメント

happy_education おもしろい…。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

Singulith >「結論から言うと、「良い人がいたら結婚しよう」と考える人はいつまでたっても結婚できないです。「結婚する」という意思決定が先にあって、その後、良い人に巡りあえるんです」  https://t.co/RJIqxGRCND 7ヶ月前 replyretweetfavorite

aomra_00 |求愛表現の研究――石川善樹×家入明子×鷺森アグリ|鷺森アグリ/紫原明子/石川善樹|cakes(ケイクス) シンプルな話が1番好き。 https://t.co/IL3D620GNd 7ヶ月前 replyretweetfavorite

ayasegiken > ノーベル賞を取った先生の「人はどのように結婚をするのか」という論文 とりあえずこれを早速読みたい。 7ヶ月前 replyretweetfavorite