僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕の部屋
真理値表
僕「命題は真か偽か判断できる。真の命題と偽の命題という$2$通りがある。でも、命題が多くなってくると、真と偽の組み合わせはどんどん増える。 それを整理するために真理値表(しんりちひょう)というものがある」
ユーリ「しんりちひょう」
僕「命題$P$は真か偽の$2$通りのどちらか。そのそれぞれに対して、命題$Q$は真か偽の$2$通りのどちらか。だから組み合わせは全部で何通り?」
ユーリ「$4$通り」
僕「そうだね。$2 \times 2 = 4$通りある。それをこんなふうにまとめたものが真理値表」
$$ \begin{array}{|cc|c|} \hline P & Q & P \text{かつ} Q \quad \\ \hline \text{偽} & \text{偽} & \text{偽} \\ \text{偽} & \text{真} & \text{偽} \\ \text{真} & \text{偽} & \text{偽} \\ \text{真} & \text{真} & \text{真} \\ \hline \end{array} $$
ユーリ「ふんふん。これ、見たことある」
僕「まあ、よく書くからね」
ユーリ「……これって、命題$P$が真で、命題$Q$が真のときに限って、$P \text{かつ} Q$が真になるっていってるんでしょ?」
僕「そうだよ」
ユーリ「これって《計算》してるみたい」
僕「そうだね! その通り。その考えで合ってるよ。真と偽という$2$つの値を使って、《かつ》という計算をしていると考えることができる。 《真かつ真》のときだけ計算結果が真になるという計算だね」
ユーリ「んー、だったら、真理値表って、こー書いてもいいね!」
$$ \begin{array}{|c|cc|} \hline \text{かつ} & \text{偽} & \text{真} \\ \hline \text{偽} & \text{偽} & \text{偽} \\ \text{真} & \text{偽} & \text{真} \\ \hline \end{array} $$
僕「いいねえ!」
ユーリ「ね! 九九の表みたい! ……あ、思い出した。ほら、リサ姉のこと」
僕「リサちゃん?」
ユーリ「あのね、双倉図書館でリサ姉からお話聞いたとき、同じ計算が出てきた!」
僕「いつのことだろう……」
ユーリ「お兄ちゃんはいなかったよ。インフルインフル。双倉図書館(ならびくらとしょかん)の《変幻ピクセル》イベント(第103回変幻ピクセル(前編)参照)」
僕「ああ、あのとき?」
ユーリ「そんときは、《ビット単位の論理積》てゆーのがあった。《かつ》と同じだよ」
僕「確かにそうだね。$0$を偽に置き換えて、$1$を真に置き換えて、$\BITAND$を《かつ》に置き換えればぴったり同じだね。 書くのがたいへんだから、偽を《$F$》と書いて、真を《$T$》と書いて、《かつ》を《$\LAND$》にするよ」
$F$は偽、$T$は真、$\LAND$は《かつ》を表す。
ユーリ「同じ計算だ」
僕「そうだね。文字の置き換え、記号の置き換えをするだけで、完全に入れ替わるってことは、同じ計算といえるよね」
ユーリ「『もしかして』」
僕「『わたしたち』」
ユーリ「『いれかわってる〜?』」
僕「時事ネタ自重!」
ユーリ「お兄ちゃんのノリツッコミ初めて見た」
僕「まじめに行こう」
ユーリ「あのね、《変幻ピクセル》イベントで、 リサ姉が機械見せてくれたの。紙をスキャンして、 色が黒いところが$1$になって、白いところが$0$になるとき、 黒と黒が重なるときだけ黒をプリントする……みたいなの。 それが論理積」
僕「なるほどね。それは計算結果を図形の色に対応させてるんだ」
ユーリ「そんな感じ」
または
ユーリ「否定と、《かつ》と、それから《または》でしょ?」
僕「そうだね。命題を扱う命題論理だと、その$3$つは大事だね。《または》の真理値表はわかる?」
ユーリ「お兄ちゃんから聞いたことある。少なくとも片方が真のときだけ、全体が真になるんでしょ?」
$$ \begin{array}{|cc|c|} \hline P & Q & P \text{または} Q \quad \\ \hline \text{偽} & \text{偽} & \text{偽} \\ \text{偽} & \text{真} & \text{真} \\ \text{真} & \text{偽} & \text{真} \\ \text{真} & \text{真} & \text{真} \\ \hline \end{array} $$
僕「そうだね」
ユーリ「ビット単位の論理和ってゆーのもあったよ!」
僕「それに合わせて、$F$と$T$で書いてみようか。《または》は$\LOR$にして」
ユーリ「こっちも、《$\BITOR$》と《$\LOR$》は同じ計算なんだね!」
僕「そうだね。同じ計算をやってるように見えるね」
ユーリ「あれ? もしかして……」
僕「もう時事ネタはいいよ」
ユーリ「違うの! そーじゃなくて、思いついたの!」
僕「何を?」
ユーリ「同じなの! 《かつ》と《または》って同じ計算じゃん!」
僕「?」
ユーリ「置き換えちゃう。$F$と$T$を置き換えて、$\LAND$と$\LOR$を置き換えるの!」
僕「書いてみようよ」
$$ \begin{array}{ccc} F & \RELATED & T \\ \LAND & \RELATED & \LOR \\ \end{array} $$
真理値表の置き換え
ユーリ「ね? ね? でしょでしょ? $F$と$T$を交換して、$\LAND$と$\LOR$を交換しても、真理値表は正しいじゃん?」
僕「まったくその通り! すごいな!」
ユーリ「ねー、これって大発見?」
僕「そうだね! ユーリのこの発見は、《ド・モルガンの法則》の言い換えになっているよ」
ユーリ「なにそれ」
僕「ド・モルガンの法則っていうのは、論理の法則の一つだよ。 真偽を交換することと、論理和と論理積を交換することの関係を表してる」
ユーリ「へー」
僕「ド・モルガンの法則はいろんな書き方ができるけど、たとえばこんなふうに書ける。$\LNOT P$というのは$P$の否定のこと」
命題$P$と命題$Q$の真偽に関わらず、 $$ P \LAND Q $$ と $$ \LNOT((\LNOT P) \LOR (\LNOT Q)) $$ の真偽はつねに一致する。
このことを $$ P \LAND Q \equiv \LNOT((\LNOT P) \LOR (\LNOT Q)) $$ と書く。
$\equiv$は《論理同値》を表す。
ユーリ「へ?」
僕「何が『へ?』なの? ユーリが発見したことと同じになってるよ」
ユーリ「お兄ちゃん得意の数式が出てきたけど、これってユーリが言ったことと同じなの?」
僕「同じだよ。ユーリは$F$と$T$を交換して、$\LAND$と$\LOR$を交換しても、正しい真理値表ができるっていってたわけだろう?」
ユーリ「まーね」
僕「$F$と$T$を交換するということは、真偽を交換するわけだから、否定$\LNOT$を使えばいいよね。 $P$があったら$\LNOT P$にして、 $Q$があったら$\LNOT Q$にする。 最後に全体の式もまとめて否定$\LNOT$する」
ユーリ「そっか……」
僕「そういうつもりでもう一度式を読んでごらんよ」
ユーリ「じー」
$$ P \LAND Q \equiv \LNOT((\LNOT P) \LOR (\LNOT Q)) $$僕「ね?」
ユーリ「なーるほど! わかった。ほんとだ。左辺の$P$を$\LNOT P$で置き換えて、$Q$を$\LNOT Q$で置き換えて、 $\LAND$を$\LOR$で置き換えて、全体に$\LNOT$付けたのが右辺になってる」
僕「そうそう。それで正しく式を読んでいるよ。左辺$P \LAND Q$の真理値表と、 右辺$\LNOT((\LNOT P) \LOR (\LNOT Q))$の真理値表を比べてみれば、 そうすると、この$2$つの真理値表が一致することがわかるよ」
ユーリ「……両方とも、$F F F T$?」
僕「そうだね。ということは、$P,Q$の真偽に関わらず、この$2$つの式の真偽は一致するといえる。 $P \LAND Q$が$T$のとき、 $\LNOT((\LNOT P) \LOR (\LNOT Q))$も$T$になるし、 片方が$F$なら、他方も$F$」
ユーリ「……」
僕「ド・モルガンの法則はもう一つあるよ。もう一度$\LAND$と$\LOR$を置き換えたものだね。 まとめて書いておこうか」
$$ \begin{align*} P \LAND Q &\equiv \LNOT((\LNOT P) \LOR (\LNOT Q)) \\ P \LOR Q &\equiv \LNOT((\LNOT P) \LAND (\LNOT Q)) \\ \end{align*} $$
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)