第171回 裏の裏は表(前編)

「ややこしーから、おもしろいなんて、あるの?」とユーリが言う。「論理と証明」第1章前編。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
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僕の部屋

ここはの部屋。今日は土曜日。 いつものようにユーリが遊びに来ている。

ユーリ「ねーお兄ちゃん。退屈なんだけど」

「もう、本は読み終わったの?」

ユーリ「本は飽きちゃった。ねー、退屈退屈!」

「ユーリは退屈であることを表明している」

ユーリ「なにそれ」

「いや、客観的事実を文章で描写することによる状況分析」

ユーリ「……それ、楽しい?」

「特に楽しくはないけど」

ユーリ「どっと疲れた。何かおもしろい話ないの?」

「ユーリはおもしろい話を求めている」

ユーリ「ねー、ちょっと叩いてもいい?」

「わかった、わかったよ。そうだなあ……ユーリは、こんなクイズを知ってるかなあ」

ユーリ「なになに?」

クイズ

片面に整数が書いてあり、 その裏側に動物が書いてあるカードがたくさんある。

その中から取り出した四枚のカードが机の上に並べてある。



[$13$]と[$40$]の裏側には動物が書いてあり、 [猫]と[犬]の裏側には整数が書いてある。 同じ動物や同じ整数が書いてあるかもしれないが、 カードをめくらなければ裏側はわからない。

ここに並べられている四枚のカードが、 以下のルールを満たしていることを確かめるには、 どのカードをめくらなければならないか。 めくらなければならないカードをすべて選べ。

ルール:片面が[猫]ならば、その裏側は奇数である。

(※イラストは「いらすとや」さんから)

「クイズの意味はわかるよね? カードが……」

ユーリ「わかるわかる! カードがあって、猫とか犬とか書いてあって、めくると整数が書いてあるんでしょ? で、猫の裏側は奇数か?」

「そうそう。ざっくり言うとそうだね」

ユーリ「猫の裏側が奇数かどうかを確かめるんだから、奇数の[$13$]と[猫]をめくればいーんじゃないの?」

「そう思うよね。でも……」

ユーリ「待った! 待って待って! お兄ちゃんが《そう思うよね》と言ったときはヤバい」

「ヤバいとは?」

ユーリ「何か《引っ掛け》が混じってるってこと! も少し考える!」

「はいはい」

ユーリは改めて真剣に考え始める。 彼女の髪が金色に輝く。

ユーリ「……このクイズ、おもしろいね」

「そう?」

ユーリ「ユーリわかったよ! あのね、めくらなくちゃいけないのは、[猫]と[$40$]でしょ?」

「はい、正解です」

ユーリ「やたっ!」

クイズの答え
《片面が[猫]ならば、その反対面は奇数である》というルールを満たしていることを確かめるには、 [猫]と[$40$]の二枚をめくらなければならない。

「そのようすだと、理由もちゃんとわかっているみたいだね」

ユーリ「わかってるよん。[猫]の裏側が奇数なんだから、[猫]はめくる必要あるじゃん。 でも[$13$]はもともと奇数だからどーでもよくて、 偶数の[$40$]はチェックがいる。[犬]はどーでもいい」

「うん、わかっている人が聞いたら、その答え方でユーリがわかっていることはわかるだろうね」

ユーリ「なにその言い方」

「順序立てて確かめてみようか。[$13$]をめくらなくてもいい理由は?」

ユーリ「奇数はどーでもいいから!」

「どうでもいいというのは?」

ユーリ「えーとね、いま知りたいのは[猫]の裏側が奇数かどうかでしょ?」

「そうだね」

ユーリ「[猫]の裏側が奇数かどうかを知りたい。もしも、奇数である[$13$]の裏側が[猫]だったら、 それで問題ないでしょ?」

「問題ないね。[猫]の裏側は奇数であるというルールは破られない」

ユーリ「でも、もしも[$13$]の裏側が[犬]でも[ライオン]でも、そんなのは[猫]とは関係ないじゃん?」

「そうそう。[$13$]の裏側が[猫]以外だったら、[猫]の裏側は奇数であるというルールはやっぱり破られない」

ユーリ「だから結局、[$13$]の裏側が何であるかなんて、確かめる必要はぜーんぜんない。影響ないもん」

「その通り! じゃ、次のカード。[猫]をめくる必要があるのはなぜ?」

ユーリ「これはめくる必要あるよー。あったりまえじゃん。だって[猫]の裏側が奇数だったらいーけど、 偶数だったらアウト!だもん」

「そうなるね。[猫]の裏側は奇数であるというルールは、[猫]の裏側が偶数だったら破られた。 でも[猫]の裏側が奇数だったら破られない。 だから、めくって確かめる必要がある」

ユーリ「そだね」

「じゃあ、その次のカード。[$40$]をめくる必要があるのはなぜ?」

ユーリ「これ!これがおもしろかった!だって、[$40$]って偶数だから、めくって[猫]ならアウトだもん!」

「そうだね。[猫]の裏側は奇数であるというルールは、偶数である[$40$]の裏側がもしも[猫]だったら破られる。 だって、[$40$]の裏側が[猫]になってるカードは、 [猫]の裏側が偶数になってるカードってことだからね」

ユーリ「[$40$]をめくって[イルカ]だったらセーフ」

「なぜにイルカ? でも、その通り。[$40$]をめくって、[猫]以外が出れば問題はない。だって、そのカードは、 [猫]の裏側が奇数というルールとは無関係だから」

ユーリ「最後のカードの[犬]も無関係だから、めくらなくていい」

「その通り。[猫]の裏側は奇数であるという主張を確かめるのに、[犬]のカードは関係がない。[犬]の裏側が偶数でも奇数でも、 主張に影響しないからね」

ユーリ「あのね、ユーリがおもしろい!って思ったのは、[$40$]のカードなの。これって偶数なのにめくる必要があるじゃん? 《[猫]の裏側は奇数である》の中に偶数は出てこない。 だから偶数のカードは無関係かと思わせといて、 実はそれをめくる必要があるの。それがおもしろかった!」

「いいね! お兄ちゃんもそう思うよ。でもね、いまユーリは《[猫]の裏側は奇数である》の中に偶数は出てこないから、 偶数のカードは無関係って言ったけど、 論理的にいえば、無関係じゃないよね」

ユーリ「へ?」

「だって、整数は偶数か奇数かのどちらかなんだから、《奇数である》は《偶数ではない》と言い換えられる。 だから無関係じゃないんだ」

ユーリ「あー……ま、そだね」

「論理的な話をするとき、的確に言い換えるのは大事なんだよ。たとえば、《[猫]の裏側は奇数である》は、 《[猫]の裏側は偶数ではない》と言い換えても問題がおきないよね?」

ユーリ「おおー、確かに! そっか……《[猫]の裏側は偶数ではない》を確かめるって考えると、 偶数の[$40$]をめくるのはそんなにおかしくないね」

「でも……よく考えてみると、確かにこのクイズはおもしろいな」

ユーリ「なにいまさら」

「いや、お兄ちゃんはこのクイズ、何かの本で見かけたんだけど、そのときはあまり気にしてなかったんだ。 でも改めてユーリに出題してみると、このクイズのおもしろさがわかったような気がする」

ユーリ「そなの?」

「たとえばね、この二つのルールって、同じことをいってると思う?」

  • (A)[猫]の裏側は、偶数である。
  • (B)偶数の裏側は、[猫]である。

ユーリ「えーと? うん。同じこと……んにゃっ! 違うにゃっ!」

「ユーリは猫にならなくていいから。この(A)と(B)は違うこといってるよね。 [猫と$40$][犬と$40$][イルカと$13$]という三枚のカードがあったとしたら、 ルール(A)は正しいけれど、ルール(B)はまちがっている。 だって、偶数の[$40$]の裏側が[犬]になっているカードがあるから」

ユーリ「そーだね! 順番が入れ替わっただけなのに、意味がちがっちゃうんだ!」

「じゃあね、今度はこの二つのルールって同じことをいってると思う?」

  • (C)[猫]の裏側は、偶数である。
  • (D)奇数の裏側は、[猫]ではない。

ユーリ「うー……たぶん。たぶん、同じこといってると思う」

「同じこといってるって断言はできない?」

ユーリ「……断言できる。できる! だってね、[猫]の裏側が必ず偶数だとしたら、奇数の裏側が[猫]になるはずないもん!」

「おお。そうだね。そして……」

ユーリ「そして、[猫]の裏側が偶数でないカードがあるとしたら、そのとき、奇数の裏側が[猫]になってるカードがあるってことだから!」

「すごいすごい」

ユーリ「へへ……これって、お兄ちゃん教えてくれたことあるよね」

「そうだね。よく覚えてたね。論理の話だ」

ユーリ「もう忘れちゃったけど」

「がく」

ユーリ「ややこしーんだもん」

「いやいや、論理っていうのはもともと《ややこしいものを解きほぐして、整理して、まちがいがないように考える》ためのものだよ。 ひとつひとつはあたりまえのように見えることだけど、 それを積み重ねていくと、うっかりミスを防いだり、 誤解しないようにできる。数学の問題を考えるときも、 論理を使っていることを意識した方がいい」

ユーリ「おー! 《先生トーク》……」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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hyuki 金曜日は『数学ガールの秘密ノート』の日。最新回はお休み。無料リンク2個をツイート。公式 「論理と証明」第1章(前・後編)12/16 13:37まで無料。 https://t.co/u99dwzjdPO https://t.co/xViUNZkaNY 2年以上前 replyretweetfavorite

inage39 現在、情報数学では命題論理のところを扱っている。 で、ちょうどいいからここも読んでくれれば… https://t.co/AsH4oUZvik 2年以上前 replyretweetfavorite

aramisakihime ようやく読めました。2018年の書籍化、ぜひこのシーズンでお願いします(気が早い) 2年以上前 replyretweetfavorite

kuwahara_jsri 面白かった! https://t.co/7cBhOBIMBJ 2年以上前 replyretweetfavorite