僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕の部屋
ユーリ「ねーお兄ちゃん。退屈なんだけど」
僕「もう、本は読み終わったの?」
ユーリ「本は飽きちゃった。ねー、退屈退屈!」
僕「ユーリは退屈であることを表明している」
ユーリ「なにそれ」
僕「いや、客観的事実を文章で描写することによる状況分析」
ユーリ「……それ、楽しい?」
僕「特に楽しくはないけど」
ユーリ「どっと疲れた。何かおもしろい話ないの?」
僕「ユーリはおもしろい話を求めている」
ユーリ「ねー、ちょっと叩いてもいい?」
僕「わかった、わかったよ。そうだなあ……ユーリは、こんなクイズを知ってるかなあ」
ユーリ「なになに?」
片面に整数が書いてあり、 その裏側に動物が書いてあるカードがたくさんある。
その中から取り出した四枚のカードが机の上に並べてある。
[$13$]と[$40$]の裏側には動物が書いてあり、 [猫]と[犬]の裏側には整数が書いてある。 同じ動物や同じ整数が書いてあるかもしれないが、 カードをめくらなければ裏側はわからない。
ここに並べられている四枚のカードが、 以下のルールを満たしていることを確かめるには、 どのカードをめくらなければならないか。 めくらなければならないカードをすべて選べ。
ルール:片面が[猫]ならば、その裏側は奇数である。
(※イラストは「いらすとや」さんから)
僕「クイズの意味はわかるよね? カードが……」
ユーリ「わかるわかる! カードがあって、猫とか犬とか書いてあって、めくると整数が書いてあるんでしょ? で、猫の裏側は奇数か?」
僕「そうそう。ざっくり言うとそうだね」
ユーリ「猫の裏側が奇数かどうかを確かめるんだから、奇数の[$13$]と[猫]をめくればいーんじゃないの?」
僕「そう思うよね。でも……」
ユーリ「待った! 待って待って! お兄ちゃんが《そう思うよね》と言ったときはヤバい」
僕「ヤバいとは?」
ユーリ「何か《引っ掛け》が混じってるってこと! も少し考える!」
僕「はいはい」
ユーリ「……このクイズ、おもしろいね」
僕「そう?」
ユーリ「ユーリわかったよ! あのね、めくらなくちゃいけないのは、[猫]と[$40$]でしょ?」
僕「はい、正解です」
ユーリ「やたっ!」
《片面が[猫]ならば、その反対面は奇数である》というルールを満たしていることを確かめるには、 [猫]と[$40$]の二枚をめくらなければならない。
僕「そのようすだと、理由もちゃんとわかっているみたいだね」
ユーリ「わかってるよん。[猫]の裏側が奇数なんだから、[猫]はめくる必要あるじゃん。 でも[$13$]はもともと奇数だからどーでもよくて、 偶数の[$40$]はチェックがいる。[犬]はどーでもいい」
僕「うん、わかっている人が聞いたら、その答え方でユーリがわかっていることはわかるだろうね」
ユーリ「なにその言い方」
僕「順序立てて確かめてみようか。[$13$]をめくらなくてもいい理由は?」
ユーリ「奇数はどーでもいいから!」
僕「どうでもいいというのは?」
ユーリ「えーとね、いま知りたいのは[猫]の裏側が奇数かどうかでしょ?」
僕「そうだね」
ユーリ「[猫]の裏側が奇数かどうかを知りたい。もしも、奇数である[$13$]の裏側が[猫]だったら、 それで問題ないでしょ?」
僕「問題ないね。[猫]の裏側は奇数であるというルールは破られない」
ユーリ「でも、もしも[$13$]の裏側が[犬]でも[ライオン]でも、そんなのは[猫]とは関係ないじゃん?」
僕「そうそう。[$13$]の裏側が[猫]以外だったら、[猫]の裏側は奇数であるというルールはやっぱり破られない」
ユーリ「だから結局、[$13$]の裏側が何であるかなんて、確かめる必要はぜーんぜんない。影響ないもん」
僕「その通り! じゃ、次のカード。[猫]をめくる必要があるのはなぜ?」
ユーリ「これはめくる必要あるよー。あったりまえじゃん。だって[猫]の裏側が奇数だったらいーけど、 偶数だったらアウト!だもん」
僕「そうなるね。[猫]の裏側は奇数であるというルールは、[猫]の裏側が偶数だったら破られた。 でも[猫]の裏側が奇数だったら破られない。 だから、めくって確かめる必要がある」
ユーリ「そだね」
僕「じゃあ、その次のカード。[$40$]をめくる必要があるのはなぜ?」
ユーリ「これ!これがおもしろかった!だって、[$40$]って偶数だから、めくって[猫]ならアウトだもん!」
僕「そうだね。[猫]の裏側は奇数であるというルールは、偶数である[$40$]の裏側がもしも[猫]だったら破られる。 だって、[$40$]の裏側が[猫]になってるカードは、 [猫]の裏側が偶数になってるカードってことだからね」
ユーリ「[$40$]をめくって[イルカ]だったらセーフ」
僕「なぜにイルカ? でも、その通り。[$40$]をめくって、[猫]以外が出れば問題はない。だって、そのカードは、 [猫]の裏側が奇数というルールとは無関係だから」
ユーリ「最後のカードの[犬]も無関係だから、めくらなくていい」
僕「その通り。[猫]の裏側は奇数であるという主張を確かめるのに、[犬]のカードは関係がない。[犬]の裏側が偶数でも奇数でも、 主張に影響しないからね」
ユーリ「あのね、ユーリがおもしろい!って思ったのは、[$40$]のカードなの。これって偶数なのにめくる必要があるじゃん? 《[猫]の裏側は奇数である》の中に偶数は出てこない。 だから偶数のカードは無関係かと思わせといて、 実はそれをめくる必要があるの。それがおもしろかった!」
僕「いいね! お兄ちゃんもそう思うよ。でもね、いまユーリは《[猫]の裏側は奇数である》の中に偶数は出てこないから、 偶数のカードは無関係って言ったけど、 論理的にいえば、無関係じゃないよね」
ユーリ「へ?」
僕「だって、整数は偶数か奇数かのどちらかなんだから、《奇数である》は《偶数ではない》と言い換えられる。 だから無関係じゃないんだ」
ユーリ「あー……ま、そだね」
僕「論理的な話をするとき、的確に言い換えるのは大事なんだよ。たとえば、《[猫]の裏側は奇数である》は、 《[猫]の裏側は偶数ではない》と言い換えても問題がおきないよね?」
ユーリ「おおー、確かに! そっか……《[猫]の裏側は偶数ではない》を確かめるって考えると、 偶数の[$40$]をめくるのはそんなにおかしくないね」
僕「でも……よく考えてみると、確かにこのクイズはおもしろいな」
ユーリ「なにいまさら」
僕「いや、お兄ちゃんはこのクイズ、何かの本で見かけたんだけど、そのときはあまり気にしてなかったんだ。 でも改めてユーリに出題してみると、このクイズのおもしろさがわかったような気がする」
ユーリ「そなの?」
僕「たとえばね、この二つのルールって、同じことをいってると思う?」
- (A)[猫]の裏側は、偶数である。
- (B)偶数の裏側は、[猫]である。
ユーリ「えーと? うん。同じこと……んにゃっ! 違うにゃっ!」
僕「ユーリは猫にならなくていいから。この(A)と(B)は違うこといってるよね。 [猫と$40$][犬と$40$][イルカと$13$]という三枚のカードがあったとしたら、 ルール(A)は正しいけれど、ルール(B)はまちがっている。 だって、偶数の[$40$]の裏側が[犬]になっているカードがあるから」
ユーリ「そーだね! 順番が入れ替わっただけなのに、意味がちがっちゃうんだ!」
僕「じゃあね、今度はこの二つのルールって同じことをいってると思う?」
- (C)[猫]の裏側は、偶数である。
- (D)奇数の裏側は、[猫]ではない。
ユーリ「うー……たぶん。たぶん、同じこといってると思う」
僕「同じこといってるって断言はできない?」
ユーリ「……断言できる。できる! だってね、[猫]の裏側が必ず偶数だとしたら、奇数の裏側が[猫]になるはずないもん!」
僕「おお。そうだね。そして……」
ユーリ「そして、[猫]の裏側が偶数でないカードがあるとしたら、そのとき、奇数の裏側が[猫]になってるカードがあるってことだから!」
僕「すごいすごい」
ユーリ「へへ……これって、お兄ちゃん教えてくれたことあるよね」
僕「そうだね。よく覚えてたね。論理の話だ」
ユーリ「もう忘れちゃったけど」
僕「がく」
ユーリ「ややこしーんだもん」
僕「いやいや、論理っていうのはもともと《ややこしいものを解きほぐして、整理して、まちがいがないように考える》ためのものだよ。 ひとつひとつはあたりまえのように見えることだけど、 それを積み重ねていくと、うっかりミスを防いだり、 誤解しないようにできる。数学の問題を考えるときも、 論理を使っていることを意識した方がいい」
ユーリ「おー! 《先生トーク》……」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)