「あたし、華子によさそうな相手がいれば紹介するわ。だってここまできたら、病院のことより華子の結婚話をまとめることの方が先決じゃない? 半年がんばってダメだったなら、次の手も考えなきゃ」と麻友子。
「ねえ、お父さん、それでいいかしら?」
京子の言葉に、ついに宗郎は観念したのだった。
そうして麻友子から紹介されたのは、絵に描いたような慶應ボーイだった。自信に溢れて爽やかで礼儀正しく、顔立ちは整って、肌はこんがり焼けていた。社会人十五年目という大人の余裕が匂い立ち、実際ブルガリ・プールオムのいい香りがした。背が高く上腕二頭筋ががっしりして、スーツの上からでも胸筋がかすかに盛り上がっているのがわかるほど鍛えられている。幼稚舎出身、高校からはラグビー部で、夏は毎年菅平で地獄の合宿を経験した根っからの体育会系というが、
「そんなこと説明されなくても見ればわかるよね~」
と仲人役の麻友子が言うとおり、そのプロフィールやバックボーンは、彼の表情や肉体やファッションや立ち振る舞いに、いやというほど完璧に表現されていた。名前は亀井といい、麻友子とは遊び仲間らしい。
「よく六本木で会うよね」
「それ麻友子さんがグラハイに住んでるからじゃないですか?」
「アハハ、根城だからね」
「華子さんは、六本木来ます?」
亀井氏が華子に話を振ったが、
「ときどき」
急だったのでそれしか言えなかった。
再び会話は、麻友子が質問して、亀井氏が答える形に戻る。
「亀ちゃんは南アフリカに行ってたんだよね。何年くらい?」
「三年いましたね」
「南アフリカに赴任って、なんの仕事なの?」
「ウッドチップの取り引きですね」
「ふぅーん。海外赴任って大変じゃない?」
「まあ、大変は大変ですけど、なんでも経験なんで」
「治安はどう? すごい悪いんじゃない?」
「いや、自分が行ったのはワールドカップのあとだったんで、そんな危ないってことはなかったですよ」
「へぇー。休みの日とかなにしてたの?」
「ゴルフっすね」
「あ、ゴルフなんだ」
「めっちゃ安いし、気候いいし、ほかにやることないし」
「アハハ」
「ゴルフの腕だけ上げて帰ってきた感じで」
「アハハ」
「今度行きましょうよ」
「いいね~。行こう行こう!」
二人が楽しそうに笑い合うその会話に、華子はまるで立ち入れない。「お見合いなんて堅苦しいのはやめて、グランドハイアットのフィオレンティーナで軽くランチでも」と誘われてやって来た華子だったが、なんだか恋人同士のデートに付いてきてしまった子供のように場違いな気がした。
「しっかし亀ちゃんがまだ結婚してないなんて思わなかった。フェイスブックのステータス見て、ほんと~? って疑ったもん」
「ああ、俺も海外赴任前に結婚しときたかったんすよ、一応」
「やっぱそうなんだ」
「商社はそういう奴が多いですね。二十代で海外に行かされるから、そのタイミングで結婚して、嫁を連れて行くのが普通かな」
「じゃあなんで独身?」
「いや、プロポーズしたんすけど、断られたんです」
「なんで!?」
「南アフリカには住めないって」
「あぁ~。アハハ。わかるな」
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